閑話 ミランダ1

 「ちっ! イライラするわね!」


 手に持つ紅茶のカップを、苛立ちに任せ床に叩きつける。


 私の名前はミランダ、ミランダ・ド・モンフォール。

 モンフォール伯爵でもあるお父様の娘で、他に家族は兄が2人と母。レックスがリーダーの『勇者の聖剣』と、私が作った『聖女の兵団』という冒険者パーティーで第一線で活躍する冒険者でもある。


「きゃっ! お、お嬢様?!」

「なにグズグズしているのよ! 早く片付けなさいよ、どんくさいわね!」

「す、すみません! すぐにやらせて頂きます!」


 気が利かないメイドを叱り飛ばすと、メイドはばたばたとカップの破片を片付け始めた。

 まったく、人が悩んでいるというのに、気を利かすことも出来ない無能なメイドだこと。所詮は平民、青い血を持つ選ばれた存在である我々貴族とは比べるべくもない、下等な存在ね。


 そう、私はいまとても重大な問題に直面している。

 今まで様々な努力で築き上げた、一流の冒険者としてのキャリアを揺るがしかねない重大な問題。


 無能なメイドが一歩下がり、これで心安らかに思案にふけることが出来ると思っていると


「ちょっと、ミランダ、あなた!」


 甲高い、ヒステリックな声と共にお母様が部屋に入ってくる。

 はぁ、とまた頭が痛くなってきた。


「あなた、昨日の公爵様のパーティー、出席しなかったんですって? ワタクシ、必ず出席するよう言いましたよね? 貴族にとってパーティーに出席して顔を繋いで情報を集めることは重要なお仕事ですのよ?! あなたは、いつもいつも冒険者みたいな野蛮な趣味にうつつを抜かして、そんなんじゃ貴族令嬢として出来損ないと言われてしまうわ!」

「ちゃんと顔を見せているパーティーもあるわ」

「それは、あなたが冒険者の戦果をお披露目する時だけじゃないの! しかも言いたいことだけ言ってすぐ帰ってしまうじゃありませんか! もっとしっかりしないと、嫁の貰い手もありませんし、ワタクシが母としての役割を果たせてないのではないかと思われてしまうじゃないの!」

「お父様は構わないとおっしゃったわ」

「あの人は、あなたに甘すぎるのです! 跡継ぎの兄たちの教育さえしておけば、自分の責務は果たしていると思っているのです! 娘であるあなたの教育が出来ていないと、ワタクシが笑われるのよ?!」


 頭が痛くなってくる。

 この人は、結局はそうだ。娘である私が貴族令嬢としてふさわしい行動をしないと、自分が貴族夫人として相応しい行いが出来ていないと笑われるから私に注意しているだけなのだ。


 モンフォール家は伯爵家だけども伯爵家としては特に格が高いという訳でもないし、上には公爵家や侯爵家そして王家が存在する。つまり常に行動を他の貴族家から監視され、相応しい行動が求められ、それが出来ていなければ嘲笑される立場にある。

 家によっては独立独歩の家風が強く他家に何を言われても気にしない家もあるけど、うちはそうではないし、特にお母様は他人の評価を特に気にする性格だ。常に自分がどう見られるか、どう言われているかを気にしている。


 そんな人生は嫌よ。


 私は、母を見ていて強くそう思った。

 この先私が結婚するとしても、同程度の伯爵家か、もしくは少し劣る程度の貴族家になるだろう。そうなれば、取り巻く環境は今とそうは変わらない。お母様の様に、他人からの評価を気にして生きていく人生が待っている。

 だから私は冒険者として一流になり、頂点に立つのだ。一流の冒険者ともなれば、下位の名ばかりの貴族よりはよほど裕福な生活をしているし、私は貴族として他人の風下に立つより、冒険者として風上に立つ方がいい。青い血を持つ貴族である、私の能力をもってすれば出来るはずだ。そのためなら何だって使う。


 しかし今、その冒険者としての立場が揺らいでいる。

 お母様を「考え事をしていますから!」と言って追い出すと、ふたたび思案にふける。


 聖遺物レリクス、創炎たるリンドヴルムを失った――


 親指の爪を、がりっと噛む。

 大失態だ。ランドドラゴンの攻撃に動揺し、大切な聖遺物を放り出してしまった。気が付いたのはドラゴンから逃げ切って安全な場所まで辿り着いてから。それもこれも、レックスがしっかりとしないからだ。次代の勇者だなんだと大口をたたく癖に、いざという時には使えない男。


 私は天職を中位職ウィザードだと言っているが、本当は違う。

 本当は天職は下位職のメイジ。上位精霊術が使えるからウィザードだと思われているけど、それは創炎たるリンドヴルムの効力だし、私の代名詞ともなっているファイアボールをいくつも同時に放つ『ファイアボール・アンサンブル』も、ファイアボールを精霊力の消費無しで放てるリンドヴルムの効力のおかげ。


 だから、リンドヴルムは私の生命線。お父様におねだりして買ってもらったし、レックスが使わせてくれと何度も言ってきても決して触らせなかった。これに他人が触れば、私が本当はウィザードではない事がバレてしまう。


 それが、他人の手に渡った――


 イライラする。

 確かにリンドヴルムのおかげではあるけど、B級冒険者となり『炎弾のミランダ』という二つ名で呼ばれるまでになったのは私の努力の成果だ。レックスはいちいちイラつく奴だけど従ってあげているし、自分がリーダーのパーティー『聖女の兵団』も立ち上げた。戦績の宣伝のために、行きたくもない貴族の集まりにも顔を出している。


 それが、失われるかもしれない――


「許せるわけないじゃない!!!!」


 怒りに任せて腕を振ると、机の上の花瓶が落ちて砕け散った。

 悲鳴を上げるメイドに「片付けなさいよぉっ!」と指示を出すと、また考えに没頭する。


 このところ、パーティー『勇者の聖剣』は失敗が続いている。

 先のランドドラゴンとの二度もの敗北が、ケチの付き始め。ドラゴンに負けたのはまぁ、ドラゴン種だから仕方ないということで目をつぶったとしても、それ以外でもなにかと上手くいかない。以前は出来ていたことが出来ない。なぜなのか良く分からないけど、上手く連携できない、なんだか歯車が噛み合わない感じが続いている。


 変わった事といえば、何かと気にくわなかった雑用係のクズがいなくなっただけなのに。


 そう、あのクズも腹が立つ。たいした戦力にもならないのに色々口出しして来て鬱陶しかったクズを処分しようとしただけなのに、ギルドマスターから厳重注意を受けた。今度同じような事が起きれば降格すると。平民の分際で、貴族である私に向かって何様のつもりよ。


 仕事が失敗し街での評判が落ちれば、それは天職の祝福にも影響する。リンドヴルムを失ったこともあって、今の私は多少上等なメイジ程度の力しかない。奴隷商でなかなか使える駒が手に入ったから、今はなんとかカバー出来ているけど。


 冒険者ギルドで見た王女リリアーヌと、王女とよく似たシルリアーヌとかいう女の顔が脳裏に浮かぶ。


 おそらく、リンドヴルムは彼女達が手に入れたはず。確認は取れてないけど、状況から考えると間違いないと思う。

 シルリアーヌはダンジョンで手に入れた剣型の聖遺物、疾風たるファフニールを使っているらしいから、もしかしたらリンドヴルムはリリアーヌ王女が持っているのかもしれない。


 あいつらは、私が本当はウィザードではなくてメイジである事に気が付いただろう。

 ウィザードだなんだと大口を叩いておきながら本当は下位職なのかと、今ごろ私を馬鹿にして笑っているに違いない。本当にイライラする。


「忌々しいわね……」


 親指の爪をがりっと噛む。

 

 この私を差し置いてパーティーで二つも聖遺物を持っているなんて、許せるわけない。

 とはいえ、リリアーヌは王女。第七王女なんて知らないしこの間まで聞いた事なかったけど、仮にも王族だし手出しすれば王家は黙っていないだろう。さすがにお父様も庇い切れないかもしれない。


 では、シルリアーヌは?


 リリアーヌ王女は自分の『妹分』だと言っていた。妹分という事は本当の妹ではないのだろうし、あれから少しは反省して王族の名前くらいは調べたのだ。現在、王家の王位継承者は第十一位までいるけど、その中にシルリアーヌなどという名前は無い。

 家名を名乗っていなかった事から考えると、貴族ですらないだろう。おそらく平民。平民の分際で、頭の弱い王女に取り入って大きな顔をしているのだ。


 腹が立つ。腹が立って仕方ないけど――


「シルリアーヌ、使えるわね……」


 視線を部屋のすみの棚へとやると、そこにあるのは覊束きそくの円環。

 奴隷商で手に入れたあのバーサーカーの奴隷が思ったより便利だったから、お父様に言ってもう一つ買ってもらったのだ。お母様はぎゃあぎゃあ煩かったけど、私は使えるものは使う。


 立ち上がり棚へと歩みより、覊束の円環を手に取った。


 にんまりと、口角が吊り上がってくるのを感じる。

 王女には手が出せないけど、シルリアーヌをこの覊束の円環で私のものにしてしまえばいい。そうすれば聖遺物、疾風たるファフニールは私のものだし、上手くやれば創炎たるリンドヴルムも取り戻せるかもしれない。


 運が回ってきた――


 そうすれば、私は一気に名を上げ、AランクどころかSランクも夢じゃないかもしれない。

 シルリアーヌはあのバーサーカーの奴隷を気にしていたから、彼女を盾にすれば屈服してくれるかもしれない。


「あははははははははは!」


 笑いが止まらない。

 楽しくなってきた。


 見ていなさい、私を馬鹿にした報いを受けさせてあげるわ。

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