第25話 再会?

 ボクとオジジは、屋台で買ったタルトを王都の広場の噴水に腰かけて食べていた。

 お代を払ったのはオジジだ。ボクは天職を使えるようになってから、それなりのお金を得られるようになった。ボクが払うと言ったのだけども、オジジは「冒険者になれたのでしょう? お祝いですよ」と言って強引に支払ってしまった。


「このタルト、なかなかいけますな」


 笑顔でタルトを頬張るオジジをちらりと見る。


 オジジの名前はセバス。

 村でお世話になったオババ――名前はアンって言うんだけど――の旦那さんで、行商人をしてあちこち旅をしているのだという。そのせいであんまり会えないけど、ボクにとっては祖父のような人。

 旅の途中で魔物にやられたという左目の傷はオジジの波乱に満ちた人生を感じさせてカッコイイし、けっこうな高齢なはずなのに背筋はしゃんと伸びており足取りはしっかりとして迷いがない。ボクが将来歳を取っておじいちゃんになったらこういう風になりたい――そう感じさせる人だった。


「オジジ、王都にいたんだね。村を出る前に話してから会えてなかったし、王都にいればいつか会えるんじゃないか、なんて思ってはいたんだけど、思ったより早く会えたね」

「ほほ、すみませんな。実は最近は王都にいたのですが、いろいろ忙しくてシリルに会いに行けなかったのですよ」

「いやいや! オジジも忙しいだろうし、今日会えただけでボクは嬉しいよ!」


 オジジの言葉に、背筋をすうっと冷たいものが走る。

 今はシリルとしての格好だけど、シルリアーヌの姿をしているときに会ったらどうなっていただろう? ドレスを着るのは今でもやっぱり恥ずかしいのに、幼いころから家族の様に接してきた人に女装を見られるというのは、ちょっと言葉で表せないくらい恥ずかしいよ……。


「王都に来てからの事は聞いてませんが、冒険者になれたのでしょう?」

「うん、そうだね……」


 その、当然とも言うべきオジジの疑問。

 でもボクはその隻眼をまっすぐ見られずに、すこしだけ視線を逸らす。


「最近は、なんとか上手くやっていけるようになった……かな?」


 王都に来たときはなにをやっても上手く出来ずにレックスたちに怒られてばかりだった。

 そしてリリアーヌに出会って天職を発動できるようになってからは、スキルも使えるようになって少しは上手くやれるようになってきたけど、それはシルリアーヌとしてであって、シリルとしてではない。


「ふむ……」


 なんとなくばつが悪くて口ごもってしまったボクを、オジジはじっと見つめる。


「なにか、悩みがおありですかな?」


 そのボクの考えを見透かしたような言葉に、どきりとする。

 それと同時に、この機会に行商人であるオジジに聞いてみよう、とも思った。


「ねぇ、オジジ。ボクが商人になりたいって言ったらどう思う? ボクに出来ると思う?」

「ふむ……、商人になりたいのですかな? 私とアン相手に冒険者になりたいのだと、力説していたではないですか」


 オジジの言葉に苦笑してしまう。


「それはそうなんだけど。……もしかしたら向いていないんじゃないかなぁ、って」

「もちろん、本気で商人を目指すなら知り合いを紹介できますが……シリルはそれで良いのですか?」

「う…………」


 確かに、冒険者になる事は僕の夢だ。

 ベルトランみたいな漢になりたくて、王都に出て来たんだ。


「なんとかやって行けているのでしょう? なら大丈夫ですよ。まだ若いのです、やりたいことを思いっきりやった方がいい。もしダメだったら、村へ戻ってアンの手伝いでもやればいいでしょう。きっとこき使ってくれますよ」

「ふふっ」


 思わず笑ってしまった。

 確かに、オババには家事や薬草の調合や、色々やらされた。もし村に戻ったら、これ幸いと色々手伝わされるだろう。


 それに、女装してシルリアーヌとして冒険者をやることは、恥ずかしい不本意なんだけど、どうしても嫌って訳じゃない。みんな優しくしてくれるし、リリアーヌとも仲良くなれたし、良かったことも多いんだ。


「ありがとうオジジ。ちょっと気が楽になったよ」

「ほほ、それは良かったです。私もアンもシリルには元気でいて欲しいですからな」


 オジジは、そういうと立ち上がりズボンの砂を払う。


「あれ? もう行っちゃうの? 一緒にごはんでも食べようよ」

「すみませんな、色々と忙しいものでして。行かないといけない所があるのですよ」

「そうなんだ……残念だけど仕方ないね……」


 オジジはもう一度「すみませんな」と言うと、軽く手をふり踵を返して歩き出す。


 ボクがじゃあね、とお別れを言おうとすると、オジジは「あ、そうです」とこちらを振り返り言った。


「シリル、いま楽しいですか?」


 オジジは、優しい目で問いかけてきた。


 今、楽しいか――考えてみる。

 確かに王都に来たときは色々大変なこともあったけど、それはボクの至らなさが原因だ。それに今は女装をしてだけど冒険者としてそれなりの実績を出せているし、お金に不自由もしなくなった。リリアーヌと仲良くなれたし、ギルドや宿の人達も良くしてくれている。


「うん、楽しいよ」


 その言葉はすっとボクの中から出てきた。


「ほほ、ならきっと上手くやって行けますよ。シリルなら大丈夫です」


 オジジは笑ってそう言うと、王都の雑踏の中へと消えていった。



◇◇◇◇◇



 オジジと会って話してちょっと気が楽になったけど、まだ心配なことはあるんだ。


 あれからまた王都から出て近くの森でドレスに着替えて、シルリアーヌとして王都に戻ってきた。今はもう夕方で、鋼の戦斧亭の自室でベッドに腰掛けて外を見るともなしに見ながら、ボクは考え込んでいた。


 考えているのは、ジゼルちゃんのこと。


 ジゼルちゃんは、覊束きそくの円環という命令に逆らえなくする魔導具を付けられ、天職のバーサーカーの力を無理矢理使わされていた。自分の身体が傷つこうが壊れようが、お構いなしで一心にウォーハンマーを振るい続けるジゼルちゃんの姿が脳裏から離れない。

 ドラゴンとの戦闘では辛かったろうに自分から天職を使ってくれて、少しだけ共闘もしたけど、彼女は覊束の円環の影響下にあるからレックス達の所に戻ったんだと思う。


 彼女が今もつらい目にあっているのではないかと思うと、心配で仕方がない。


 ボクがもっと気をつけて見ておけばよかった、リリアーヌは否定してくれたけど、どうしてもそう考えてしまう。


「そういえば、リリアーヌは元気かなぁ」


 そのリリアーヌとも、あれから半月、一度も会えていない。

 

 リリアーヌは王女殿下だし色々忙しいのかもしれないから、会おうと思ったらボクが会いに行った方がいいのかもしれないけど、王女殿下ってのは会おうと思って会えるもんじゃない。それに、そもそもどこへ行けば会えるのかも分からない。


「王城の門番さんに言えば会わせてくれたり……はしないか」


 ふつうに考えたら、追い返されるだけだよね。

 エステルさんも元気かなぁ?


 リリアーヌに会いたいな、そんなことを考えていた時だった


「シルリアーヌー-------ッ!!」

「うひゃあっ!」


 バアンとすごい音と共に部屋の扉が開かれ、飛び上がってしまう。


 振り向いたボクの目に飛び込んで来たのは、なびく銀色の美しい髪。そこにいたのは、いま会いたいと思っていたリリアーヌその人だった。


「リリアーヌ! 会いたかっ……た……よ?」


 でも、そのリリアーヌは息を切らし、真剣な表情でボクを見つめていた。


 なにかあった?


 どくん、と鼓動が早くなる。

 見れば、常にリリアーヌのそばにいたエステルさんの姿はない。もしかしてエステルさんの身に何か――


 そう思った時、リリアーヌがその口を開いた。


「お主、どんな下着をつけておるのじゃ?」

「へ?」

 

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