第26話 尊厳

「えーっと、ゴメン、よく聞こえなかった。今なんて言ったの?」


 聞き間違いかな? 今どんな下着をつけているか聞かれた様な?


「む、聞こえなんだか? 今どんな下着をはいているのか聞いたのじゃが」

「なんでさ?! なんでそんなこと聞くの?!」

「大事なことなのじゃ! どんなのをはいているのじゃ!」


 わけが分からなくて抗議の声を上げるけど、そのボクの声はリリアーヌの凛とした声でかき消された。


 どんなって、そりゃ…………


「……ふつうの、下着……だけど…………」


 大きな声で言うのは恥ずかしくて、小さな声で答える。

 なんとなく両手の人差し指を合わせてこねこねしてみたり。

 

「ふつう、というのは普通の男性の下着という事かの?」

「……そりゃ、まぁ……そうだけど…………」


 ボクはなにを言わされているんだろう……。


「ふふふ、そんな事だろうと思ったのじゃ。じゃが安心せい、そんなお主のために持ってきてやったぞ」


 リリアーヌは腰の魔導袋に手を突っ込みごそごそすると、あるものを取り出しこちらに突き出した。


 それは、女性用のブラジャーとショーツ。


 以前リリアーヌと出会って服を交換する時に、指の隙間からこっそり覗き見たリリアーヌの着けていた下着。あれにによく似た精緻なレースに彩られた純白の下着、それがブラジャーとショーツのワンセット、リリアーヌの両手に握られていた。


「これはすこし前に妾が身に着けていた下着じゃ。お古で悪いがの、お主と妾は体型がよく似ているのでな、使わせてもらう事にしたのじゃ」


 昔の話とはいえ、リリアーヌが実際に着ていた下着と聞いて自分の顔が赤くなるのを感じる。


 そしてリリアーヌは恐ろしい事を口走った。


「これを今からお主が着るのじゃ」

「なんで?!」


 出たのは悲鳴のような声。


 リリアーヌの今からボクに女性用の下着を着せるという宣言に、驚きを隠せない。

 確かに最近のボクはほとんどの時間をドレスを着てシルリアーヌとして過ごしている。でもボクは本当は男だし、女性の格好なんてしたくない。だからドレスを着ていたとしても、その下の男性用下着はボクの男としての最後の抵抗、最終防衛ラインなのだ。


「なんでって、妾の妹ともあろう者が男物の下着を着ているとか許せる訳ないじゃろ。妾の妹ともなれば王族も同然。王族ともなれば見えない場所であろうとも、相応しい身嗜みというものがあるのじゃ」

「最終防衛ラインが?!」


 ボクの男としての最後の尊厳が、いま侵されようとしているよ!


「ええい、ごちゃごちゃ五月蠅いのじゃ! 早くしないとエステルが来てしまうじゃろうが!」

「うきゃあっ!」


 ボクに覆いかぶさるように襲いかかってくるリリアーヌ。

 そのままの勢いでボクの着ていたドレスのスカート部分をまくり上げる。そしてボクの履いているパンツを掴み、ずり下ろそうと力を込める。


「ほれ、早く脱いでこのショーツを履いてみるのじゃ」

「やめてやめてやめて! 見えちゃう、見えちゃうから!」

「うるさいのう、見えたから何だというのじゃ。時間がないから早くしろと言うておるのに!」

「ごめんなさいごめんなさい! せめて自分で、せめて自分で着替えるから!」

「いっしょに風呂にも入ったではないか。いまさらごちゃごちゃ言うでない!」


 確かにいっしょにお風呂にも入ったけど!

 でもあの時は、見られないようにタオルで隠してたし!


「よいではないか、よいではないか……。ほれ、観念せいーーーーーっ!」

「いやあああああっ!」


 どたばたと、もつれあうボクとリリアーヌ。


「獲ったのじゃーーーーーーっ!」


 そして、リリアーヌの腕がまるで激闘のすえ獲得した首級を掲げるかのように高々と振り上げられる。

 その手の中で翻るのは、ボクのパンツ。


「あうあうあぅあぅ……」


 ボクはいま、生まれたままの下半身をリリアーヌの目の前にさらけ出していた。


 自分でこの状況を作り出したにもかかわらず、ぽかんとした顔でボクの下半身を見つめているリリアーヌ。スースーと肌寒い下半身はリリアーヌのような綺麗な女の子に見られていることの羞恥もあいまって縮こまっていて、それと対照的にボクの顔はどんどんと紅潮していくのを感じていた。


 なぜかリリアーヌは呆けた顔のまま何も言わず、ボクも何を言えばよいか分からず、数秒とも数十秒ともしれない時間が流れる。

 そして、みるみる赤くなっていくリリアーヌの顔。


「…………これが男子の身体? 妾とは……違うのじゃな……」

「当たり前じゃないか! なんだと思ってたのさ!」


 自分で脱がしておいて真っ赤な顔でつぶやくリリアーヌに、突っ込みを入れてしまう。


 でも、リリアーヌの動きが止まっている今のうちに……、と思い彼女の腕の中から逃れようとすると


「まぁ、それはそれとしてじゃ。早う履くのじゃ」

「いやあああ!」


 切り替え早あぃ!


「ブラも着けてみるのじゃぞ。サイズが合うかどうか分らぬのでな、着けて見せてみるのじゃ」

「ブラジャーのサイズとか無いからああああぁぁ!」


 リリアーヌはショーツを履かせようとしつつ、現在下半身をたくし上げるような形になっているドレスを完全に脱がそうとしてくる。その手際は、ボクが今まで見たどのリリアーヌよりもテキパキとしているように見えた。


「ブラジャーは、ブラジャーはいやだよぉ!」


 思わず叫びをあげる。

 ショーツはまぁ、確かに女性用なんだけども『パンツ』という大まかな括りでは同じ分類の衣類だし、そういう変わった形のパンツなんだと思えばまぁなんとか妥協できなくもない様な気がする。

 

 でもブラジャーは駄目。

 男性用の衣類で似た分類のものは無いし、胸元にぴったりと張り付く下着なんて付けたこと無い。


「そもそもボクはブラジャーなんて付ける必要ないじゃないか! ふくらんでないし!」


 両手で体を隠すように包み込みながら訴えるボクの声は、若干涙声になっていた。

 それに対し、両手をわきわきと動かしながら迫るリリアーヌは、ハスハスとなんだか荒い息で迫ってくる。


「何を言うか! あった方が…………あった方が興奮するじゃろ!」

「身だしなみの話だって言ったじゃないかーーーーーーーー!」



◇◇◇◇◇



「くすん、くすん……」


 ボクは泣いた。床に座り込み、さめざめと泣いた。


 乱れたドレスの裾を整える。

 そのドレスの下には、無理矢理つけさせられたショーツとブラジャー。ショーツは王女殿下が使用した物だけあって生地がいいから履き心地は凄くいいんだけど、なんというか……布地が少ないから、その……はみ出そうになるというか……。

 それに加えて、胸に着けたブラジャーは、やっぱりすごく違和感がある。ぴっちりしていて落ち着かないし、それに胸のカップの部分は当たり前だけどボクに胸は無いからスカスカで、これまた落ち着かない。


「はっはっは! これでいつどこでだれに見られても安心じゃな!」


 対照的に、部屋のテーブルの横で腰に手をやり高笑いするリリアーヌ。

 彼女の顔は上気して赤らんでいて、こころなしかツヤツヤとして見えた。


「しかしアレじゃな。王宮の嫌がるメイドに手を出す貴族は後を絶たなくての、なにゆえそんな事をするのか理解出来なんだが……彼らの気持ちが少し理解出来た気がするのぅ」

「そんな事知らなくていいよ……」


 ぜったい王女殿下は理解しなくていい事だと思うんだ。


「それに、天職の方はどうじゃ? なにか変わったのでないかの?」


 にやり、と笑いかけてくるリリアーヌ。


 ……そう、そうなんだよね…………。


「うん……天職の祝福の効果が増してるよ。身体能力が向上しているような感覚がする……」

「やはりの。男物の下着を着けているプリンセスなどいるわけないからの。思った通りじゃ」

「うう、この天職と自分の身体がうらめしいよ……」


 満足げに、うんうんと頷くリリアーヌ。


 そうなのだ。

 このショーツとブラジャーを付けてから、ボクのプリンセスの天職の祝福は少しだけど効果を増していた。身体能力がさらに向上していると、ボクの感覚が訴えていた。

 オジジと会って話をして、ボクの本意じゃないけどシルリアーヌとしての今の生活も悪くはないかも、と思ったとこなのに……。

 やっぱり男として、シリルとして一人前の冒険者になってベルトランみたいな漢になりたいよ……。


 と思っていると、部屋の扉がコンコン、と控えめな音でノックされる。


 誰だろう、エステルさんかな? パメラちゃんはいまお仕事忙しい時間だし。

 とか考えていると、リリアーヌが「入ってよいのじゃ」と当たり前のように返事をした。ここ、ボクの部屋なんだけど……。


「失礼します」


 そう言って入ってきたのは、やっぱりエステルさん。

 トレードマークといえるいつものメイド服に身をつつみ腰にカタナを差した彼女は、丁寧にお辞儀をした。 

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