閑話 レックス3
平民の住む区画でも外れの方の、治安が悪いと言われている区画にその店はあった。
奴隷商という物は特に自慢できるような職業じゃないが、別に法を犯している訳でもなんでもない合法の商会だ。とはいえ価格の安い犯罪奴隷なんかは衛生状態が悪く身なりも汚い場合が多く、周囲に食べ物屋なんかあった日にはそこから良い顔をされないのでこういった外れの方にある場合が多い。奴隷なんてしょっちゅう買うもんじゃないし、だいいち普通の市民は奴隷なんか必要とはしていないから、外れの方の区画でも特に不自由は無いのだ。それにもし売り物の奴隷が不足した場合、もっと奥にあるスラム街から適当に調達してくればいい、といった事情もあるらしい。
最初に足を踏み入れた店は、そんな奴隷商が集まる通りの中でも比較的大店といっていい商会だった。
「いらっしゃいませ」と言いながら揉み手で姿を現したのは、ハゲ頭の小柄な中年のデブだった。
「おお、これはもしや王都でも有名なA級パーティー『勇者の聖剣』のレックス様ではありませんか?!」
「お、分かるのか店主」
店主のデブはオレを見るなり、いかにも驚いたといった声を上げた。
「分かりますとも! 私どものような凡人とは身に纏われる雰囲気が全く違いますからな。いやぁ、やはり高名な冒険者の方となれば特別なのですなぁ」
「ほほう店主、そのような外見だがお前はなかなか分かっているじゃないか」
思わず浮かんだ笑みと共に言うと、店主は「いやぁ、参りましたな」と、ぺちんとハゲ頭を叩いた。
「この店はなかなか見所がある。この店で買うぞ」
後ろのミランダ、オスニエル、ダグラスを振り返り言うと、ミランダは「アンタ……」などと呆れた顔で言いやがった。
「なんだ、なにか不満なのかミランダ」
「いえ、別にいいわ。よく考えてみたら、私もべつに贔屓の店があるわけでもないですし」
「おお! お買い上げ頂けるのですか! ありがとうございます!」
満面の笑みで揉み手をするデブ。
「して、どのような奴隷をお求めでしょうか? ソードマンの天職をもつ屈強な男、メイジの天職をもち計算もできる女、いろいろ扱っております。もちろんアチラの具合の良い女の奴隷も、年増から幼いのまで取り揃えております」
店主のデブに言われ、「ふむ……」と考えてみる。
「戦闘に関しては、オレがいれば十分だ。欲しいのは雑用係だな、戦闘に関してはオレの足を引っ張らない程度の力量があればいい」
「そ、そうですな……A級冒険者であるレックス様の足を引っ張らない程度、というのがどの程度かいまいち分かりませんが……条件に合う奴隷を探してみましょう」
「べつに男でもいいが……やはり女がいいな。ブサイクはダメだぞ、このオレの側に置くに相応しい外見の女でないと駄目だ」
「さ、さようでございますか……」
「あ、中古女は駄目だ、オレは処女にしか興味はない。背のでかい女と小さい女、どちらが好きかと言われればオレは小さめの女の方が好きだな、デカい女は好かん。この辺りは譲れんなぁ。あとは……そうだな、A級パーティーの奴隷なんだ、中位程度の天職は必要だな、クズみたいな天職の奴は必要ない。もちろん出来るだけ安くしろよ? 奴隷とはいえ、A級冒険者でパラディンのオレの率いるA級パーティー『勇者の聖剣』のメンバーになれるんだ。店にとっても良い宣伝になるだろうしな、当然だな」
「………………」
何故か難しい顔で黙り込んでしまう店主のデブ。
条件に合う奴隷が誰もいない、などと言うつもりか? やはり見た目通りの無能か?
「どんだけ厚かましいのよ、アンタ」
ミランダが呆れたような声を出す。
うるさい女だな。こっちは金を払う客なんだ、当然の要求をして何が悪い。
「……俺はどうでもいい。好きにしろ」
「ンンッ、わ、私は……レックスの言う事にも一理あると思うぞ? 特にその……なんだ、やはり処女というのは大事だな? 迷信と言われているが、術というのには古来から処女性というものが重要視されていてな……?」
どうでも良さそうなダグラスと、何故か咳払いなんかしながら、オレの言うことに同意を示すオスニエル。思った通りだ、このムッツリ野郎はオレの考えに賛成すると思っていた。
「という訳でオレの案で問題ないな。おい店主、条件に合う奴隷はいないのか」
問い詰めると、店主の目がきらりと光った気がした。
「……1人、ございます」
◇◇◇◇◇
その奴隷は店の一番奥で、太い鉄格子に閉ざされた檻に入れられていた。
「……何しに来たのよ、ハゲ。帰れ」
そして、その奴隷の女は店主に吐き捨てた。
「口の利き方に気をつけろといつも言っているだろう、ジゼル。お前を買ってくれるかもしれないお方が現れたんだ、ちょっとは愛想よくしたらどうだ?」
「……奴隷の女を買おうとする男なんてロクなもんじゃない。帰れ」
ぼそぼそと喋るジゼルと呼ばれたその女は、歳は13くらいか? いや、もうちょっと下か? 女と言うよりは少女といった感じで幼い未成熟さを感じさせる女だった。肩にかかる程度の紫の髪と、黒曜石の様な黒い瞳が印象的な美少女――そう、幼いが美しい少女。不満があるとすれば、発育が悪いようで手足はまるで棒のようだし、胸も腰もまるでふくらみが足らない所か。
その少女は表情に乏しい顔で、他人を拒絶するような雰囲気を放っていた。まぁ、そういう女を屈服させる趣向も悪くない。
「す、すみませんレックス様。このジゼル、顔の造りは悪くないし戦闘系天職持ちではあるのですが……、お恥ずかしながら教育が行き届いておりませんで……」
「ふん、確かに顔は悪くないな。胸がもう少しある方が良かったが……まぁ及第点だな」
「わ、私はあのくらいでも悪くはないと思うぞ? 青い蕾の方が興奮するというものだ」
「アンタたち……雑用係を買いに来たんじゃないの? 愛玩奴隷を買いに来たのなら、自分のお金で払いなさいよ?」
ミランダは相変わらずやかましいが、無視だ。
「戦闘系天職持ちだと言ったな? 天職は何だ?」
ショボい天職だったら少し残念だが他の奴隷にした方がいいか、と思いながら問いかけると、店主はなにやら言いづらそうに答えた。
「はい、実は……
「バーサーカーだと?」
思わず問い返していた。
戦闘系の上位天職、バーサーカー。術スキルも技スキルも一切使えないが、その体力と攻撃力は最上位天職の
非常に扱いづらい天職で、戦闘系上位にもかかわらずハズレ扱いされる天職でもある。
聞いた話では、全天職中で唯一天職の発動を自分で制御できるという。
天職を発動していなければただの少女だが、この少女が天職を発動すればたちまち周囲を破壊して回るだろう。
「なるほど、それでこの分厚い鉄格子か」
「はい、ジゼルは過去の事件のせいで天職を使いたがりませんが、もし天職を使えば通常の檻や鎖など破壊してしまうでしょうからな……」
「過去の事件?」
「はい、実はですな……」
そして店主は話し始めた。
ジゼルの住んでいた村が盗賊団に襲われたこと。
そして盗賊団に両親を殺され、怒りで我を忘れたジゼルはバーサーカーの天職を発動し盗賊団を壊滅させた。しかしバーサーカー状態で敵味方の区別の出来なくなったジゼルは、村の人々も惨殺し村を壊滅させてしまったこと。
騎士団が駆け付けた時には、壊滅した村でジゼルはひとり呆然としていたという。
その後ジゼルは騎士団に村人殺害の罪で逮捕されたが、同情の余地があるという事で死罪を免れ犯罪奴隷となったらしい。
「なんと不憫な……」
「ふん、バーサーカーの天職は珍しいが、盗賊などよくある話だろう」
同情の視線でジゼルを見ていたダグラスを鼻で笑ってやる。
この国はこのところ魔人や魔物どもとの戦争に戦力の大部分を投入し続けているから、国内の治安は悪化する一方。盗賊に田舎の村が襲われた、みたいな話は本当にどこにでもある話だ。
これだから国内情勢もわからない脳筋は。
「とはいえ、そんな危険な奴をパーティーに入れるのは難しいか……」
腕を組み、思案する。
今までバーサーカーの天職持ちに会ったことは無いから詳しくは分からないが、発動したら我を忘れて自分の故郷を壊滅させてしまうような力、危なくて使えたもんじゃないぞ。
「え、A級冒険者であるレックス様達ならなんとか活用できるのではないかと思いまして……。お安くしておきますので……」
店主は汗をかきながら笑顔で薦めてくるが、そうは言ってもな……。
考えていると、背後のミランダから声がかかる。
「アンタ、自分が取りに行かせた物を忘れたの? 呆れたわね」
「あん?」
振り向くと、ミランダは細い鎖で装飾された黒い首輪を取り出しひらひらと振っていた。
「
ほほぅ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます