閑話 ジゼル
わたしなんて死んじゃえばいい。
わたし――ジゼルはそんなことをずっと考えていた。どうしてわたしはバーサーカーなんていう天職なんだろう? 天職は女神様からの授かり物だなんて言う人もいるけど、こんな天職ならわたしは要らなかった。女神様は性悪だ。
お父さんやお母さんとおんなじ、
死ね。
死んじゃえ。
女神様なんて死んじゃえ。
わたしは幼いころ、お人形を買ってくれないお母さんに癇癪を起して天職を発動してしまったことがある。
幸い子供だったからすぐ体力がなくなって天職は解除されたけど、お父さんとお母さんはけっこう大きな怪我をしてしまった。しかも酷いのは、天職を発動しているときは何が何だか分からなくなるのに、天職が解除されて冷静になると自分が何をやってしまったのかはっきりと思い出せるのだ。
これは何かの罰なんだろうか?
ごめんなさいごめんなさいと、わんわん泣くわたしをお母さんとお父さんは優しく抱きしめてくれた。
だからわたしは、もう一生天職なんて使わないって決めた。
わたしがバーサーカーだって言うことは村では有名になっていてみんな遠巻きにわたしの事を見るけど、わたしは自分の天職はファーマーだって思って生きるんだ。お父さんとお母さんと一緒のファーマーとして。
なのに
あの日、村に盗賊団がやってきた日。
目の前でお父さんとお母さんが殺されるのを見た時、わたしは思ってしまった。
殺す
殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
そう思ったとたん、バーサーカーの天職は発動してしまった。
天職を発動し我を忘れたわたしは、天災と呼べるような圧倒的な暴力で盗賊団をとてもヒトとは呼べないような肉塊に変えた。そしてそのままわたしは、村のみんなに襲い掛かった。
となりの優しくしてくれたおじいさん、川の向こうのいばった男の子、屈強な木こりのおじさん、みんなみんな一瞬で吹き飛んで動かなくなった。
ごめんなさい、生きていてごめんなさい。
ごめんなさい、生まれてきてごめんなさい。
そこからは良く覚えてない。
気が付けば、わたしは犯罪奴隷として奴隷商の牢獄に入れられていた。
わたしを買ったのは、ハゲでチビでデブの卑屈で昏い目をした男。
そして、いろんな人が商品となったわたしを見にやってきた。人をアクセサリーか何かとしか思ってない傲慢な女、わたしの胸やお尻しか見ない気持ち悪い笑みを浮かべる男、すべての元凶のバーサーカーという天職にしか興味が無くわたしという人間には興味の無いやつ。
わたしを見に来る奴は、この中のどれかだった。
この世界は腐っている。
こんな不幸しか呼ばない天職を作ってよこした女神も、その女神に生み出されたという人間も、どいつもこいつも腐っている。
わたしには、この世界が色の無い暗闇にしか見えなかった。
結局、わたしはある冒険者パーティーに買われた。
パーティーのリーダーはレックスという男だけど、わたしの主人となるのはミランダという女の人らしい。そして彼らはわたしに首輪を付けた。なんでもこの首輪は魔導具で、これを付けられると主人として設定された人の命令には逆らえなくなるらしい。
「やれ! 天職を使え!」
彼らがそう命じると、わたしは自分の意志に反して天職を発動する。
「ガアアアアアアアアアアッ!」
それが自分の口から出てきた叫び声だとは、考えたくない。
拳を振るうたびに、魔物が血をまき散らし吹き飛んでいく。そして、魔物を何度も何度も殴りつける。
飛び散る血液と潰れる肉の感触が、わたしが殺してしまった村のみんなを嫌でも思いださせる。
やめて!
もうやめて!
ぼろぼろと涙をこぼしていた。
でも彼らはやめてはくれない。いくら憎いと思っても、命令で彼らへの攻撃は禁止されている。このまま涸れ果ててしまうんじゃないかと思えるくらい流れ続ける涙は、「泣かないでよ、辛気臭いわね」そう言われると、ぴたりと止まった。
わたしは泣くことさえ出来ない。
死んじゃえ。
みんな死んじゃえ。
今すぐ世界が滅んで、みんな死んじゃえばいい。
「ハハハハ! なかなか使えるじゃないか! これはいい買い物をしたぞ!」
「……しかし、あまりにも危なっかしい」
「確かに、それは問題かもしれんな。こちらに攻撃はしないとはいえ、やたら暴れまわるせいで危なくて近づけん。使いどころは考えた方がいいだろう」
「……私はそれより、食事が美味しくない事が気に入らないんだけど?」
わたしの意志を無視して天職を使わせておいて、彼らは好きなことを言う。
「それはオレも思っていた。オイ奴隷、もうちょっと美味い飯は作れないのか!」
「……無理……です。村ではこんな食事しか……」
「チッ、天職以外は使えないな。家畜の餌じゃねぇぞ」
わたしの作った山菜を煮込んだスープを、彼らは嫌そうに飲む。
これでも村ではお母さんのお手伝いとかした方だった。お母さんはわたしの作ったスープ、おいしそうに飲んでくれたのに。
「シリルはどこからか食材を取って来てそれなりの物を作っていたわよ。田舎者ならみんな出来るんじゃないの? なんであなたは出来ないの?」
「戦闘もだ。シリルは魔物を倒せないまでも、相手の気を引いて足止めする程度は出来ていた。ジゼルでは怯えるだけで、天職を使わなければ戦闘の足しにはならない」
「チッ、所詮奴隷か」
彼らは事あるごとに、シリルって人と比べてわたしを馬鹿にする。
わたしは今まで何もない田舎の村で家族でひっそりと暮らしていたのに。
舌の肥えた裕福な冒険者を満足させるような食事なんて作れるわけが無いし、ましてや天職を使わず素手で魔物を足止めとか出来るわけないじゃない。馬鹿なのかな?
そんなにシリルって人が良かったのなら、その人を連れてくればいいのに。
「よし、戦力の確認は出来たな。
わたしに一通り戦わせたり色々とやらせたあと、レックスがそう言った。
とはいえ、やる事と言えばわたしにバーサーカーの天職を使わせて、彼らは後からついてくるだけだ。
ドカッ! グシャッ! バキイッ!
わたしの身体は、わたし自身の意志を無視して魔物を殴りつけ、蹴り飛ばし、吹き飛ばす。武器は与えてもらっていないので素手で。
やめて!
もうやめて!
心の中で泣き叫ぶけど、だれも聞き届けてはくれない。
「ハハハ、これは楽でいいな!」
「しかし、素手で殴りつけるだけではいくらバーサーカーの天職とはいえ、戦力としては限度があるぞ」
「でもこの子、天職発動してないとナイフくらいしか持ちあげられないじゃない。斧かハンマーとか持たせたらもっと使えるようになるでしょうけど、常にバーサーカー状態でいさせる訳にもいかないし」
「チッ、いまいち使い勝手の悪い奴隷だな」
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い、こいつら嫌い。
この勢いのまま殴りつけてやりたいけど、身体は言うことを聞かない。
そのあとも、出会う魔物と戦わせられ続けた。
わたしの身体は血だらけになり、手の平の皮は剥げ、あちこち怪我して痛くて仕方がない。
痛い。
痛いよ。
助けてよ。
途中で倒した魔物が持っていたウォーハンマを奪い、ずるずると引きずりながら歩く。
重い、痛い、重い、痛い…………
彼らからの命令なので、立ち止まることもウォーハンマーを手放すことも出来ない。
死んじゃえ、みんな死んじゃえ。
「お、終わりが見えて来たな……おおっ! あれはもしかして!!」
見ると、奥に見える広い空間の一番奥、少し盛り上がった所に人がひとり入れるくらいのこぢんまりとした祭壇が立っている。そして、その中には一本の剣が置かれていた。
それは、真っ白な美しいロングソード。その細身の刀身が放つ光はどこか神聖なものを感じさせ、竜を模して作られた柄は、とても人の手による物だとは思えないほど精巧に作られていた。
「あった! あったぞ! あれこそ
レックスが喜びのあまり飛び跳ねるようにして、奥に走っていく。
そこへ――
「ギャオオオオオオオン!」
頭上から舞い降りる影。
人間の倍以上ある巨大な巨体と、蜥蜴のような顔と手足、全身を覆う鱗。おとぎ話のなかでしか聞いたことの無い、人知を超越した生物。
「またドラゴンかっ!」
「いいじゃないか! ドラゴン討伐してギルドマスターや王女を見返してやる! ジゼル、天職を使え!」
レックスが叫ぶと、わたしは聞くに堪えない汚い声で雄叫びを上げた。
引きずっていたウォーハンマ―を片手で軽々と持ち上げ、ドラゴンに叩きつける。
「グギャオオオオオオオオオーーーーー!」
「ヴオオオオオオオーーーーーー!」
咆哮を上げ尻尾や長い爪の生えた腕を振るうドラゴンと、流れる血をまき散らしながらウォーハンマーを振るい続けるわたし。
そこへ――
「
ミランダから精霊術の火球がいくつも放たれる。
10か20か数えきれないほどの火球は、わたしがいるのにお構いなしに、わたしごとドラゴンを包み込む。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!
「グギャオオオッ!」
「グオアッ?」
あまりの熱さにウォーハンマーを振るう腕が弱まったわたしを、ドラゴンの尻尾が吹き飛ばす。わたしはそのまま壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「ジゼル! ちっ、やはり奴隷1人増えたくらいでドラゴンは厳しいという事か……」
「何を言っている! オレの聖遺物を手に入れるまで帰れるか! くらえ!
「アンタ、ちゃんと引き際は考えてるんでしょうね?
レックスたちが戦いに入るのを、ぼーっとして働かない頭で眺めていた。
ドラゴンに吹き飛ばされ壁に叩きつけられた体は、麻痺したようになかなか動かない。わたしは戦いたいなんて思った事ないし痛いし熱いし全然いい事ないのに、それでもなんとか手足を動かし戦闘に戻ろうと勝手に動く体。
いやだ。
もういやだ。
幼いころ、お母さんに童話を読んでもらった事がある。
悪い魔物に襲われて窮地に陥った女の子を、王子様が助けにくる話。王子様がわたし達平民を助けに来るわけないと幼心に思っていたし、そう言ったらお母さんも苦笑するだけで否定はしなかった。みんな分かっている、そんな都合の良い事は起こらない。
でも。
でも。
王子様とは言わない、誰でもいいからちょっとだけ優しくして欲しい、そんな希望さえ打ち砕かれた。
奴隷商のハゲも、このパーティーのメンバーもクズだらけだ。なにが勇者の聖剣だ、人間のクズだらけで農民の使うクワほどの価値も無い。みんなみんな魔王に攻め滅ぼされて死んじゃえばいい。がんばって魔王、わたしごとこの腐った世界を滅ぼして。
お母さんに読んでもらった童話が頭から離れない。
さっそうと現れ、助けてくれる王子様。
助けて。
助けてよ。
だれかわたしを助けてよ。
「
誰かの声が聞こえ、わたしの身体が白い神々しい光に包まれる。
え?
いままで霧に包まれていたようなわたしの思考は、その光に包まれるとはっきりとしたものに戻った。バーサーカー状態が解除されているのだと分かる。
わたしの側に、一人の女の人が駆け寄ってくる。背中まで届く綺麗でさらさらとした銀の髪と、透き通るような輝きを放つ青紫の瞳を持った、とても綺麗な女の人。その人は今まで見たことも無いような綺麗なドレスを身にまとっていた。
「すごい怪我してるじゃない!
女の人が声を上げると、わたしの身体はまた白い光に包まれる。
白く透き通る様な、それでいてあたたかい光。
その光に包まれると、わたしの全身の傷や体中を駆け回っていた痛みや熱さは、すうっと消えるように無くなった。
「頑張ったね、遅くなってごめんね」
そう言うと、わたしの身体をそっと抱きしめてくれた。
その女の人の体温が、服を通じて伝わってくる。だれかに抱きしめられるのは、いつ以来だろう? 優しかったお母さんとお父さんが思い浮かぶ。
あったかい。
あったかい、って感じたのはいつぶりだろう?
はらはらと涙がこぼれる。
世界が色づいた、そんな気がした。
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