閑話 レックス2

「なんで王族なんかが出て来るんだ!」


 冒険者ギルドから出てきたオレは、怒鳴らずには居られなかった。

 

 目の前の露店の商品を蹴り飛ばす。

 店番のガキが慌てて立ち上がろうとするが、そのガキも蹴り飛ばしてやる。いつもならやらないようにしているんだが、イライラしてどうでもよくなっていた。


「他人に当たらないでよ、見苦しいわねぇ。王族の事は知らないわよ?」

「お前、貴族なんだろ! なにか知らないのか!」

「あのね、貴族だからってなんでも知ってるわけないでしょ。それに、第七王女なんかがどこで何してるかなんて、知らないわよ。顔見たのも初めてだったし」


 怒鳴りつけてやるが、ミランダはひょいと肩をすくめただけだった。

 イライラする!


「あの女、私の手をふりほどいただと……? 私が声をかけてやったのに……ちょっと可愛いからって調子にのりやがって……」


 ミランダの後ろから、うつむいてブツブツと言いながらついてくるオスニエルがキメェ。

 あのシルリアーヌとかいう女に声をかけて断られてから、ずっとあの調子だ。いきなり、私の子供を産んでくれ、なんて言い出したのは爆笑ものだったぜ。あんな口説き文句があるかよ、だからお前はモテねぇんだよ、カス。


 シルリアーヌという名の女のことが思い浮かぶ。

 

 確かに美しい女だった。

 背中まで届く銀の髪と青紫色の瞳は印象的で、確かにオスニエルが執着するのもまぁ分からんでもない程だった。それに、その髪と瞳そしてその顔立ちは後ろにいた第七王女と瓜二つといって良かったが、後ろの女の方が王女だと言っていたからシルリアーヌは王族とかではないはずだし、家名も名乗っていなかったから貴族でもないだろう。

 

 つまり平民。


「くくく……」


 思わず笑みが漏れる。

 オレに正面から逆らってきたムカつく女だが、あの女がオレに屈服しオレの下で喘ぐ様子を想像すると、たまらなく滾ってくる。このA級冒険者でパラディンのオレの横で侍るに相応しい女と言ってもいい。


「……それより、雑用係はどうする? やはり雑用係は必要だという話ではなかったか?」


 相変わらずの仏頂面のダグラスが言う。

 この男は相変わらずの面白みのない野郎だが、すぐ話が脱線するミランダやオスニエルと違ってそこそこ話の分かる野郎だ。まぁまぁ使える男だと言ってもいい。


「そうだな……。前回はギルドなんかに紹介を頼んだからあんなクズを紹介されたんだ。次は奴隷なんてどうだ?」

「むぅ……奴隷、か……」


 このオレが前々から考えていた考えを披露すると、ダグラスは何が不満なのか表情をしかめる。


「一応ギルドで正式なメンバーとなっていたあのクズには分け前を支払わないといけない決まりになっていた。その点、奴隷は安くはないし初めはそれなりの金がいるが、それ以降は分け前は必要ないし水とパンでも与えときゃいい。長い目で見れば割安ってわけだ」


 A級冒険者のオレは、剣を振るうことしか能の無いお前と違って金銭感覚も一流ってことだよ。

 オレの名案を聞いても、ダグラスは渋い表情のまま。その表情を見てピンときたオレは、にやりと笑う。


「なるほど、お前の言いたいことは分かったぞ。買った奴隷に逃げられたら払った金が無駄になるって事だろ?」

「いや、俺の言いたいのはそういう事ではないが……」

「分かってる分かってる、オレに名案があるんだよ。おい、ミランダ!」


 シルリアーヌがどうだとか優秀な私がどうだとかと、オスニエルにウザ絡みされていたミランダに声をかける。


「なによ?」

「お前の家、覊束きそくの円環あったよな? 持って来いよ」


 覊束きそくの円環――


 それは有名な錬金術師が作り上げたという魔導具の首輪で、それを首につけてやると相手は自分の言葉に絶対に逆らえないようになるという。そのとんでもない性能から名前だけは有名だが、えらく希少な品で実際に見たことある奴はこの女以外には会った事が無い。前にミランダが、父親がアレを買ってきたのだと自慢話で話していたのを思い出したのだ。


「はぁ?! アンタ、あれがいくらすると思ってんのよ! A級だろうと冒険者なんかに支払えるような金額じゃないのよ?!」

「いいじゃねぇか、別にくれって言ってるわけじゃねぇよ。これから買う奴隷につけてオレたちに逆らえないように出来りゃいい。お前、オヤジの伯爵様にはスゲェ可愛がられてるんだろ? 可愛い娘の頼みなら断らねぇよ」

「ちっ、簡単に言うわね……」


 そう言いながら、考え込むミランダ。


「念を押しとくけど、あげる、ってのは無理よ。いくらなんでも」

「分かってる、分かってるよ。しつけぇなぁ」

「あと条件として買う奴隷はパーティーの共有資金から出して、覊束の円環の貸出代金の代わりとしてその奴隷は私にちょうだい? 自分のパーティーの方でも使いたいの」

「ちっ、ケチ臭い女だな」

「あんたに言われたくないわよ……」


 この女は『勇者の聖剣』とは別のパーティーも持っていて、そこのリーダーをやっている。まぁ『勇者の聖剣』で使ってない時に使うのは別に構わないが……。それにパーティーの共有資金もあのクズが共有資金が必要だ必要だうるさいから作ったが、あのクズももういないしそこそこ貯まってるから全部使ってしまっても構わないだろう。


「よし、それでいいぞ。なら今すぐ取りにって来い」

「ちっ、言われなくても行くわよ。ホント偉そうね、アンタ」

「当たり前だろう、このパーティーでオレだけが個人でAランクなんだぞ。Bランクのお前らはオレとパーティーを組めるのを光栄に思うんだな」

「ちっ」


 舌打ちをするとミランダは、貴族区画にある自分の屋敷の方に向かって歩いて行った。

 ぐだぐだ言わず、早く行けよブス。

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