第19話 勇者の聖剣

 なんとかオーガロードを倒したボク達は、オーガロードの魔石を取り出したあと先を進んでいた。


 ちなみのオーガロードの魔石は、けっこうデコボコしていたけど透明度が普通のオーガとは段違いでいい魔導具が作れそうな魔石だった。そういえば最近はお金も時間も無くて、あんまり魔導具作ったりしてないなぁ。


「お、なにやら開けた場所に出てきたのじゃー!」

「ひ、姫様! ひとりで走り出さないでください!」


 顔を上げると、確かに横穴のような通路から広い場所に出てきていた。薄暗くて向こうの端まではよく見えないけど、かなりの広さを持った空間だった。

 狭くて変わり映えしない通路に飽き飽きしていたのか、はしゃいで走り出すリリアーヌと、それを追って駆けだすエステルさん。


 くすりと苦笑し、ふたりに続く。

 でも確かに、狭い横穴から広い場所に出てくると、開放感につつまれた様な気分になる。


「まったく、エステルは心配性じゃのう……」

「なにを言うのですか! そんなこと言って迷子になったのを忘れたのですか! シルリアーヌ様と出会わなかったらどうなっていたか……」

「迷子というでない! あれは……そう、ちょっと道が分からなくなっただけというかのぅ……」

「それを迷子を言わないでなんと言うのですか」


 エステルさんがうなだれるリリアーヌを引っ張って歩いてくるのを見ると、また笑みが浮かんでくる。

 この二人と一緒にいると、賑やかで楽しい。リリアーヌは王女様だしいつまで一緒にこうして冒険したりできるか分からないけど、いつまでもこうしていられればいいな、なんて思う。


「うん?」


 なんて考えていると、向こうの端が見えてきた。

 よく見ると、向こうの端は壁ではなかった。いや、もっと向こうの方に壁はみえるのだけど、地面は途中で途切れ崖のようになっていた。


 リリアーヌ達と一緒に近づき、下を覗き込んでみる。

 するとそこは、崖、は言い過ぎかな? 45度ほどの傾斜になっていて、10メートルほど下には今ボクたちがいる場所よりもっと広い空間が広がっていた。


 そしてそこには


「グワオオオオオオッッッ!!」

「ちっ、押されてるじゃないか! しっかりしろ奴隷!」

火精霊よ集えファイアボール多重奏アンサンブル! ちょっと、全然効いてる気がしないんだけど?」

邪悪を誅す神の雷ジャッジメント! ふむ、神聖術の通りも悪いようだな……」

重撃侵命ヘヴィ・インヴェイド! ……硬すぎる」


 咆哮を上げ尻尾を振り回すランドドラゴンと、それと戦う冒険者パーティー。

 雨あられと降り注ぐファイアボールと、上位下段の神聖術のジャッジメントがランドドラゴンへと叩き込まれる。


「またあのドラゴンではないか!」

「だれか戦闘中のようですね……」

「あ、あれはレックスと勇者の聖剣だ!」


 それはレックスと『勇者の聖剣』のメンバーたちだった。

 でも、一人知らない顔があった。ランドドラゴンと正面から戦っている、ひとりの女の子。紫色の髪と黒い瞳を持つ小柄な女の子で、身に着けたみすぼらしい奴隷が着せられるような古い貫頭衣と、手に持つ彼女の身長より大きなウォーハンマーが対照的で異彩を放っていた。


「ヴオオオオオオオオーーーッ!」


 そして彼女はその小さな口から発せられたとは思えない、濁った声の雄叫びを上げながらウォーハンマーをドラゴンに叩きつけていた。狙いとか型とかそんな事はお構いなしに、破壊衝動のまま力任せに叩きつけるような攻撃。

 ドラゴンの尻尾や爪によって彼女の身体は深い傷が刻まれ、そして赤く腫れあがっていく。それでもそれを気にも留めないように、ウォーハンマーを振り上げ叩きつける叩きつける叩きつける……。


「なに……あれ……」


 ぞっ、とする。

 あの女の子、まともな状態じゃない。


「なんじゃ、あの娘は?」

「あれはもしや、狂戦士バーサーカーの天職では?」


 バーサーカー……あれが……。

 狂戦士バーサーカーは上位の戦闘系天職で、最上位天職のキング勇者ブレイバーと並び全天職中で最高の攻撃力と体力を持つ天職だ。でも欠点と言える点が多く、ひとつめが術スキルも技スキルも使用できないこと。これは最高の攻撃力を持つ代償であると言われれば納得は出来るんだけど、ふたつめで最大の欠点と言える事が、いま目の前で展開されていた。


 バーサーカーの天職が発動すると、自我を失い敵味方見境なく攻撃し、体力を失うまで暴れまわるという。


「ヴアアアアアアアアアーーーーーッ!」


 目の前の女の子も、他の事はまるで考えられないとでもいうようにウォーハンマーを振るい続ける。

 幸い他の『勇者の聖剣』メンバーに攻撃する様子は無いけど、彼女の身体はもう傷だらけで左腕はおかしな方向に曲がっていた。


「……ひどい。こんなの酷すぎるよ」


 思わず、ぎゅっと拳を握り締めていた。

 レックス達は、彼女の身体を気遣うそぶりはない。


 そのとき、ミランダが手に持つ杖をすうっと振り上げた。

 先端に女神様の像の付いた美しい造りの杖――ミランダがよく自慢していた聖遺物レリクス、創炎たるリンドヴルム。その先端に嵌め込まれた宝珠が淡い光を放つ。


火精霊よ集えファイアボール多重奏アンサンブル!」


 ミランダの周りに20を超えるファイアボールが浮かびあがる。


「なあっ! なんじゃアレは! 下位下段とはいえ、なんでファイアボールをあれほど同時に使用できる?!」

「あれが、炎弾という二つ名も持っているミランダの得意技、ファイアボールアンサンブルだよ。彼女はウィザードの天職持ちだけど、上位の精霊術はほとんど使わないんだ。その代わり、無尽蔵の精霊力を持っているんじゃないかってくらい大量のファイアボールを同時に使用できるんだよ。すごいよね」

「ううむ……非常識じゃ……。それが中位天職の力ということなのか?」


 「行きなさいっ!」とミランダが叫ぶと、浮かんでいたファイアボールの群れが競うようにランドドラゴンへと殺到する。ランドドラゴンと戦闘中の女の子を気にも留めずに――


 ドドドドドドドドッ

「ギャオオオオオオオン!」

「ガアアアアアッ?!」


 一心不乱にウォーハンマーを振るう女の子もろとも、ドラゴンは炎に包まれた。

 いくつものファイアボールがドラゴンに直撃し爆音をあげるけど、それと同じくらいの数のファイアボールが女の子にも激突する。その綺麗な髪に火が燃え移り、白い肌が火傷し水ぶくれが出来る。


 ひどい! 


 いくらなんでも、これはあんまりだよ!


 女の子の方は炎にのまれ動きが鈍くなったけど、相手の方はさすがドラゴン、若干ひるんだ程度でそこまで効いている様には見えない。そして、ドラゴンは動きの鈍くなった相手を見逃すような相手ではない。その太い尻尾の一撃が女の子に直撃し、吹き飛ばされる女の子。


「ああっ?!」


 女の子は壁に叩きつけられ、今までの暴走ぶりが嘘のように力を失い崩れ落ちる。

 その腕や脚はおかしな方向に曲がり、どくどくと流れる鮮血。しかしバーサーカーの天職は効力を失っていないのか、それでも立ち上がり戦闘を再開しようと女の子の手は地面をガリガリと掻きむしっていた。


「ダメだ、死んじゃうよ!」


 気が付けば、身を乗り出し斜面を駆け下りていた。


「あ、こら! シルリアーヌ、どこへ行くのじゃ!」

「シルリアーヌ様! 不用意に飛び出しては!」


 リリアーヌとエステルさんが静止の声を上げるけど、ごめん、黙って見ているなんて出来ないよ。


 まずは、とりあえずバーサーカーの天職の暴走を解除して正気に戻ってもらわないと!

 今日になって新しく使えるようになったいくつかの神聖術の中で、一つの術を思い浮かべる。


祓い給え神の聖歌ピュリフィケイション!」


 斜面を駆け下りながら唱えるのは、下位上段の神聖術、ピュリフィケイション。精神異常や呪い・洗脳を解除し対象を平静に戻す効果がある術だ。バーサーカーの天職で我を失うのは呪いでも洗脳でもないから、効果があるかは分からないけど、お願い、効いて!


「……う、あ……」


 そばに駆け寄ると、女の子は小さくうめき声をあげた。

 今までの狂ったような叫び声じゃない、ちゃんとした女の子の声だ!


「すごい怪我してるじゃない! 癒し給え神の慈愛ヒーリング!」


 近くで見ると、彼女の状態は酷いものだった。このまま放っておくと死んでしまいそうな程に。

 下位上段の神聖術ヒーリングを唱えると、女の子は白い光に包まれ、そのケガはみるみる塞がっていく。ヒーリングは下位下段のヒールと違って、欠損以外はたいていどんな怪我でも治すことが出来る。


 ゆるゆるとした動作でこちらを見上げて来る女の子。


 ボクもあらためて彼女を見ると、思った以上に幼い印象の女の子だと思った。もしかしたらボクとあまり変わらない歳かもしれないけど、小柄で幼い印象。そしてそれ以上に印象的なのは、あまり良い物を食べさせてもらってないのか、起伏が少なく棒のような手足と体つきだった。


 肩にかかるくらいの短い紫の髪と黒い瞳を持つ、ちょっと眠たげだけど整った顔つきの女の子。その黒曜石のような綺麗な瞳は、深く昏い輝きを湛えて他人を拒絶し世界を憎むような色を放っていた。今見たレックスたちの扱いを見ても、彼女が幸せな人生を送っていないだろうことは、明らかだった。


 ずきん、と心が痛む。


 ボクはいろいろと辛いこともあったけど、村の両親やオババは良くしてくれたし、村のみんなもいい人ばかりだった。この王都だっていい人もいっぱいいた。だけど、この子にとってはどうだったんだろう?


 そう思ったとたん、彼女をそっと抱きしめていた。


「頑張ったね、遅くなってごめんね」


 女の子は、ぴくりと反応したけど拒絶はしなかった。

 大きく見開かれ、ボクを見上げる黒い瞳。そして、その瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。いちど零れ落ちた涙は、決壊した堤のように次から次へと溢れてきた。


「…………おかあさん」


 ボクを見ているのか見ていないのか、女の子から小さな呟きがもれる。


 お母さんじゃなくてごめんね、なんて思いながら彼女を強く抱きしめた。

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