第18話 ふたたび

 ボク達は朝早く起きて、ダンジョンの前まで来ていた。


 ボクとリリアーヌ達が出会った、あのダンジョンだ。ボクの格好は腰に差したレイピアと……結局リリアーヌがボクにくれることになったあのドレス。不本意だけど、ボクはこのドレスが無いと魔物相手に戦うことが出来ない。それといろいろ細々とした小道具を入れた魔導袋。


「……よし!」


 ダンジョンの入口を前に、拳を握りしめる。

 これから危険な場所に向かおうという時は、自然と気合が入る。

 

「こんどこそ、聖遺物レリクスを手に入れてお父様に認めてもらうのじゃ!」

「姫様、あまり無茶なことはされませんように……」


 横には両手を振り上げて気合を入れるリリアーヌと、それを心配そうに諫めるエステルさんの姿も。

 今回はリリアーヌが聖遺物を手に入れる気まんまんな事と、ドラゴンにまた遭遇する可能性が高いという事を考慮してエステルさんは最初からメイド服ではなく剣士装備で来ている。


 リリアーヌはもしかしたら気に入ったのか、初めて会った時ボクが着ていた古びたローブを羽織っていたけど、その下にはちゃんと今ボクが着ているような綺麗なドレスを身に着けていた。最初に目に入るのがボクの着ていたローブだから冒険者みたいな格好に見えるけど、脱いだらちゃんと王女様に見える格好だ。なんせ、ボクなんかと違って本物の王女様なんだから。


 ボクはそっと腰のレイピアを手の平で撫でる。

 そこにあるのは、折れてしまった国王陛下の宝剣ではなく、新たに購入した新品だ。もちろん宝剣ほどの物ではないけど、一般的に冒険者が使用する武器屋で売っている品物の中では、けっこう高価な部類に入る品だ。宝剣が折れてしまって使う武器が無かったので購入したんだ。


 当然、結構なお値段がした。


 魔石とドラゴンの爪を売って得たお金は、ボク・リリアーヌ・エステルさんで三等分したんだけど、そのお金を全部つぎ込めば買えたけどそうすればボクは一文無しになってしまう。もっと安い物にするかリリアーヌに借金するかを迫られた結果、ボクは安い物にしようとしたんだけど、金を貸すからもっと良い武器を持つべきだとリリアーヌに言われてこっちにしてしまった。


 折ってしまった宝剣に加えて、またしてもリリアーヌに貸しが出来てしまった……。


 レイピアを抜いて軽く振り回してみる。


「新しいレイピアの具合はどうじゃ?」

「うん、いい感じだよ。軽いし、重心のバランスがいいから振りやすいね」


 腰に手を当てて聞いてきたリリアーヌに、答える。

 本当はかっこいいバスタードソードが売ってたから、そっちが良かったんだけど。いかにもベテランの冒険者が持つような切れ味良さそうなバスターソードだったんだけど……。


「……エサを取り上げられたような子犬のような顔をするでない。そんなにあのバスタードソードが欲しかったのかの?」

「いや、だってカッコ良かったし……」

「無理じゃろ。重くてぜんぜん振れておらんかったではないか」

「それはそうなんだけど……」


 確かに、ものすごく重くて持ち上げるだけで精一杯だった。

 有名な鍛冶師が作ったそれなりの値段のするバスタードソードだ。中位以上の天職を持つベテラン冒険者が振り回すことを前提に作られているから、重量もそれなりの物がある。


「あ、そうだ。お金貸してくれてありがとうね」

「なぁに、構わないのじゃ。それに……、お主には妾の……わがままに付き合ってもらって……感謝しておるのじゃ」


 顔を赤くして視線をそらしながら、リリアーヌは呟くようにそんなことを言った。


 思わず、くすりと笑みがもれる。


「わ、笑うことないじゃろ!」

「ご、ごめんごめん」


 リリアーヌはわがままに好きなように振舞っているように見えて、しっかり周りを見ている。

 基本的には優しい人なんだと思う。


「ボクの方こそ、リリアーヌには感謝してるよ。だからリリアーヌが聖遺物を持って帰って国王陛下に認めてもらえるように、少しでも手助けが出来ればいいなって思ってる」

「う、うむ……。いつもお主はストレートに感情を伝えてくるの……」


 まだ顔の赤いリリアーヌを見ていると、頑張らないと、という感情が湧いてくる。


「さぁ、行こうか!」


 レイピアを鞘に戻し、リリアーヌとエステルさんに声をかけた。



◇◇◇◇◇



「プギイィィィッ!」


 ダンジョンの奥から襲ってきたのは、オークの群れ。


飛燕斬スラッシュ!」


 ボクの振るうレイピアから衝撃波が飛び、オークが真っ二つになる。


火精霊よ集えファイアボール!」

「九十九杠葉流、さざなみ――」


 リリアーヌのファイアボールで黒焦げになるオークと、エステルさんの剣術で多数の傷を負い倒れるオークが見える。


「ふう、オーク程度なら問題なく倒せるようになってるね」

「妾の精霊術の威力も上がっておる気がするのじゃ! やはりダンジョンに来て正解じゃったの!」

「私としましては、あまり危ない事はして欲しくないのですが……」


 胸を張るリリアーヌに心配そうに言うエステルさん。

 たしかに、リリアーヌの精霊術の威力は以前よりほんの少しだけど向上しているみたいだ。天職によって得られる能力の向上は、その天職らしい外見や能力以外にもその人の評判や評価も影響する。よりその天職らしく、そしてより高い名声を。


 冒険者登録しギルドの人に顔を覚えてもらったことで、リリアーヌのメイジの天職は効力を増したんだろう。それに、ボクも天職を発動したばかりの時より、使える術が増しているような気がする。


「それに私までこんな剣士の格好しないといけなくなってますし……」

「それは別に構わぬじゃろ。いちいちうるさいのぅ……」


 思わず、くすりと笑ってしまう。

 エステルさんはやはり剣士装備を身に着けることは抵抗があるみたい。


 そんなとき、奥の方でなにかが近づいてくるような音が聞こえてきた。


「なにか来るよ!」

「むぅ、またか」

「分かりました!」


 ダンジョンの陰から現れたのは、今まで見たのよりもひときわ大きなオーガ。

 通常のオーガより一回り大きく3メートルはあるだろうか、狭いダンジョンの横穴の天井まで届きそうな巨体。膨れ上がった筋肉と、額から伸びた大きな角、そして手に持つ巨大なバスタードソード。


 明らかに今までのオーガとは違う。


「大きい! なに、これ!?」

「なにやら、ものすごく強そうなのじゃが……」

「これは、変異種ですか……。おそらくオーガロードですね。通常のオーガよりはるかに強力な個体です」


 オーガロード!?

 確かB級冒険者でないと倒すことが難しいと言われている魔物!


「ゴガアアアアアッ!」


 オーガロードが雄たけびを上げ、振り上げられるバスタードソード。


「来るよ!」

「!! 散って下さい!」

「うわわわわっ!」


 ドガアアアアアアン!


 ボクたちが思い思いの方向に飛び出した瞬間、いままで立っていた場所に轟音と共にバスタードソードが降り降ろされた。石礫をまき散らし、半ばまで地面に埋まるバスターソード。


 ひゅうっ、と背筋が凍る。

 とんでもない力だ。とてもじゃないけど、ボクのレイピアでは受けきれない。


 でも


「まともに受けなければいいだけだよ! 貫通殺ペネトレイト!」


 様子見もかねて放ったペネトレイトだけど、なんとオーガロードはバスタードソードを手放し、一歩後ろに下がった。


「?!」


 空を切るレイピア。

 そしてこちらに向けて振るわれる、その巨大な拳。


 まずい!


 とっさにレイピアを引き戻し、その刃で滑らせるようにして威力をそらせようと試みるが


「うわあッ!」


 その人外の膂力から放たれる拳の威力を殺し切れず、弾き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 衝撃で頭がぐわんぐわんしてくる。


「シルリアーヌ! よくもやってくれたの、火精霊よ集えファイアボール!」

「生半可な攻撃は通らないでしょうね……。流剣星貫シューティング・グリッター!」


 リリアーヌの手から火球が、エステルさんの放つ流星のような剣閃が、オーガロードに放たれる。

 しかし、ふたたびバスタードソードを手にしたオーガロードは、問題ない攻撃はその身に受け急所を狙った攻撃は武器で防ぎ、そしてその大剣による斬撃を2人に向かって繰り出していく。


「ううっ、早くもどらないと……」


 ボクは立ち上がろうとするが、頭がくらくらしてなかなか立ち上がれない。


「はやく、はやく……」


 思えば、天職を発動してからまともに攻撃を受けたのは初めてなような気がする。

 そしてよくよく考えてみれば、才能なんてない落ちこぼれのボクがB級冒険者でないと相手が出来ないような魔物相手に様子見の攻撃、なんてのが間違っていたのかもしれない。


 ボクは天職の力を得て調子に乗っていたのかも?


 ふるふると頭を振る。

 そんな事では駄目だ。

 ベルトランも言っていた。自信と慢心は違う。自分の力や技に自信を持つことは大事だけど、常に謙虚に受け止め相手と自分の力量を冷静に見極める目が必要だと。


 ぱんぱん、と頬を叩き気合を入れ、立ち上がる。


 ならば、繰り出すのは今のボクの全力。


「精霊佩帯、疾風纏ヴァン・アルム!」


 精霊術、ウインドプレッシャーを剣に纏わせる。

 ボクの周りに風が舞い、風精霊の力がボクを包み込んだ。髪がばたばたと舞い、ドレスの裾が舞い上がる。


 そのまま纏う風の圧力を背に受けて、走り込む。

 いつもより速い速度で走り込み、レイピアを握りしめる。


「 四連斬オービット・クアッド!!」


 繰り出すのは、下位剣技スキル『オービット・クアッド』。ほぼ同時に四連続の攻撃を繰り出すスキルだ。


「いけえええええっっ!」

「ウ、ウガアッ!」


 四連撃のうち二連目までは防がれたけど、オーガロードは風精霊の力によって加速されたボクの速さについてこられず、左手と胸に攻撃が入る。吹き出す鮮血。


 けっこう深く入った!


「そこです! 九十九杠葉流つくもゆずりはりゅうおぼろ!」


 半身に構えなおしたエステルさんの腕から高速の抜刀が放たれる。

 ボクがつけたオーガロードの腕の切り傷を、その剣閃は狙いたがわず正確に断ち切った。


「ウガアアアアアアアアアッッッ!!」


 オーガロードの左腕が途中から両断され、その左手が鮮血と共に宙を舞う。


「とどめっ! 貫通殺ペネトレイトッ!」


 痛みに耐えられず、腕から先を失った左腕を抱え込みうずくまったオーガロードの額をボクのレイピアが貫いた。

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