第17話 お風呂

 鋼の戦斧亭の1階の奥に設置されたお風呂はボクの感覚では広い立派な物だけど、そこはまぁ平民が購入することが出来るような規模のお風呂。規模は2階の宿泊用の部屋より二回りは小さく、人が三人入ると正直狭いと感じるし、湯舟なんて三人入るとぎゅうぎゅう詰めになってしまう。


 その蛇口の部分に埋め込まれた魔石を覗き込む。


「うわぁ、凄い。腕のいい錬金術師が作ったんだなぁ」


 思わず感嘆の声が出てしまう。

 魔導具の作成は村のオババにちょっとだけ教わったけど、この魔導具はよく考えて作られている。


 蛇口の取っ手の横に埋め込まれた、大小2つの魔石。これがお湯を発生させて蛇口から出す構造だ。

 大きい方の魔石を覗き込むと、魔石の中心にある核に複雑な魔導陣が刻み込まれているのが見える。これが魔石から魔力を取り出して様々な効果をもたらす、魔導具の核心と言っていい。

 魔石の外から特殊な用紙とランプを使って、用紙にこれまた特殊なインクを使って書いた魔導陣を転写するのだ。アルケミストの天職を持っている人はスキルのみで複雑な転写が出来るけど、ボクみたいな一般人は専用の道具を使わないと魔石の核への転写は行えない。いかに効率的な魔導陣を考案できるか、どれだけ複雑で多くの魔導陣を転写できる質の良い魔石を用意できるか、が質の良い魔導具を作成するために必要な要素になる。


 一方、小さい方の魔石には覗き込んでも魔導陣は刻み込まれていない。


「これは面白い仕組みだなぁ。お風呂みたいな大きな魔導具ならこの仕組みの方がコストも安くなるかも」


 思わず感心してしまう。


 魔石というのものは、使えば使うほど魔力を消費し小さくなっていき、最終的に消滅してしまう。

 なんだか良く分からないけど、魔石というものはそういう物だ。だから、いくら複雑な魔導陣を苦労して転写しても使えば消えてなくなってしまう。貴族の方みたいにお金持ちの人は気にしないかもしれないけど、ボクたちみたいな平民には死活問題だ。


 だから、この魔導具は魔導陣を刻み込む魔石と、魔力を取り出す魔石を分けているのだ。

 大きい魔石が魔導陣を刻み込んだ、この魔導具の核心部分。それが小さな魔石から魔力を取り出す構造にすることで、大きな魔石の消耗を抑えることが出来る。

 もっとも、消耗を完全に無くすことはたぶん無理だろうし、魔導具自体が大型化してしまうので冒険者が普段使う様な小型の魔導具に応用することは難しい、といった欠点はあるだろうけど。


「すごいなぁ、腕のいい錬金術師の人なんだろうなぁ。アルケミストの天職持ちかなぁ?」


 なんて考えていると


「シルリアーヌ、なにを風呂に向かってぶつぶつ言っておるのじゃ?」


 リリアーヌから声がかかる。


 あううううう。

 せっかく人が現実逃避しているってのに……。


 ちらりと視線を横にやると、そこに見えるのは肌色と肌色。

 リリアーヌの背中を洗っているエステルさんも、気持ちよさそうになすがままにされているリリアーヌも、完全に素っ裸だった。エステルさんが手に持ったタオルでリリアーヌの背中をこするたび、ふたりの胸の双丘がゆらゆらとゆれる。


「!!」


 思わず顔をそらし、気を紛らわすように湯舟に顔を半分沈める。

 ぶくぶくと上がる水泡。


 ボクは自分の身体を隠すように巻き付けている長いタオルを、しっかりと身体が隠れているか確認するように巻き直す。これはボクが男だとバレないように、ロドリゴさんから有料で借りた物だ。

 これが無いと、男のボクは男なのに女の子の格好をして女性と一緒に風呂に入ろうとする変態だと思われしまう。もっとも、タオルがあったとしても、男性と女性の体つきは違うし、ごまかし切れないのではと思うんだけども。


 なんでか何も言われないんだけどね……。

 いや、言われたい訳じゃないけど……。


 ふたたび、ちらと横をうかがう。


 リリアーヌは背丈はボクとほとんど同じだけどその体つきはしっかりと女の子で、白い肌とすらりと伸びた手足、そして控えめだけどしっかりと主張する胸は思わず目が離せなくなる魅力を放っている。

 一方、対照的なのがエステルさん。彼女の肌は健康的な小麦色で、剣士でもある彼女の手足は鍛えられ引き締まっている。でも、それでいて女性らしさを決して失わず、豊満な胸の大きな双丘とあいまって魅力的な大人の女性の色気を放っていた。


「ううむ、やはりエステルの胸は大きいのぅ。それとくらべて妾は……」


 自分の胸をふにふにと揉むリリアーヌに、エステルさんがくすりと笑う。


「リリアーヌ様も、きっとこれから大きくなりますよ」

「小さい子供のような扱いをするでない。2歳しか違わぬではないか」

「まぁ、それはそうなのですが……」

「やはり、妾はこのまま小さいままなのではないか? むぅ、この大きな胸が羨ましいのじゃ!」

「きゃあっ! 姫様! なにをするのですか!」


 振り返りエステルさんの胸を鷲掴みにするリリアーヌと、悲鳴を上げ身をよじるエステルさん。


「よいではないか、よいではないか。使用人の胸は、妾の胸じゃ!」

「何を言っているのですか! 主人だからといって何をしても許される訳ではありませんよ!」


 じゃれ合うようにもつれ合う二人からは、主人とメイド、王族と使用人という間柄でありながらまるで姉妹のようで、二人が本当にお互いに気を許しているのだという事が伝わってくる。

 なんだか羨ましくなるような関係だな、と思う。

 ボクは『勇者の聖剣』のメンバーとは上手くいかなかったから。


「ええい! おとなしく揉まれておくのじゃ!」

「きゃあっ!」


 じゃれあう二人の、下半身の茂みが見えそうになり思わず顔を背ける。


 なんでそんなに無防備なんだよ!

 エステルさんは仕方ないとして、リリアーヌはボクが男だって知ってるはずだよね!


 ふたたび顔を半分湯舟に沈め、ぶくぶくと水泡を吐き出す置物と化していたボクにエスエルさんが声をかけてくる。


「よろしければ、シルリアーヌ様もお背中お流ししますが?」


 ちらりと横を見ると、リリアーヌはエステルさんに鎮圧されて大人しく手足を洗われていた。

 若干拗ねたような顔のリリアーヌも、「シルリアーヌも洗ってもらうと良いのじゃ。気持ち良いぞ」などと言ってくる。


 出来るわけないじゃないか!


「い、いや、いいです。ボクはお湯に浸かっているのが好きなので……」

「そうですか? それならば構いませんが」


 エステルさんはそれ以上言っては来ず、ふたたびリリアーヌへと視線を戻す。


「シルリアーヌ様はきちんと身体を隠し大人しくお湯に浸かっていて、素晴らしいです。王族の淑女たるもの、こうでなくてはいけませんよ?」

「うう、構わぬじゃろ、別に……」


 なんだかお説教モードになって言うエステルさんに、リリアーヌは苦々し気にうめく。


 ボクは王族でも淑女でもないんだけどな……。


「身体を隠せ隠せと言うがの、そもそもエステルも素っ裸じゃろうが!」

「私はメイドだから良いのです。入浴中の貴人に衣類を着用した使用人が近づくなどあってはなりません。身に着ける物を全て放棄することは、自分の忠誠心を表しているのです」


 どこか誇らしげにエステルさんが言う。


 エステルさんが言うには、王族のリリアーヌは下々の者に肌をさらすことは好ましくないので身体を隠すべき。しかし使用人のエステルさんは、入浴中の王族に近づくときは裸の方が良いらしい。なんでも、身に着けた衣服やタオルに刃物など王族を害する物を隠してある可能性もあるので、そのような可能性を排除した全裸になることで自分の忠誠心を表現するのだとか。


 言ってることは分かる、分かるけどね!

 ボクとしてはそんなしきたりどうでもいいから、二人に身体を隠して欲しいんだけどな……。


「では、お湯に浸かりましょうか」


 リリアーヌの身体についた泡をざぱーっと洗い流したエステルさんが言う。


 そして、2人が湯舟に入ってくる。

 2人のなめらかな脚が、視線を吸い付かせるような胸の双丘が、目の前を通り過ぎお湯の中に沈んでゆく。


 湯舟からお湯があふれ、流れ出す。


「ああー-、気持ち良いのじゃー-」

「姫様、淑女らしくありませんよ」


 気持ちよさそうな声を上げたリリアーヌに、エステルさんが苦笑する。


 でもボクは、それどころではなかった。


 このお風呂はとても狭い。いや、狭くは無いけど人3人がゆったりと入れるような広さは無い。

 となると、3人は密着し詰めて入るようになる。つまりボクの背中や手足には2人の柔らかい感触が伝わってきていた。しかも、背中に感じるこのすごく柔らかい感触はエステルさんのアレなのだろうか……?


 あああああっ!


 自分の顔が紅潮し赤くなるのを感じる。

 しかも、赤くなるだけならまだしも、血液が集まってはいけない場所に集まってくる。


 静まれ静まれ静まれ!


 目を閉じ、深呼吸して唱える。

 一刻も早くこの場から逃れたかったけど、お風呂から出たら女性らしくない身体のボクはすぐに男だとバレてしまうかもしれないし、それに正直今ボクの下半身は今お風呂から出られる状態じゃなかった。


 早くリリアーヌもエステルさんも出てくれないかな? 正直、お湯に浸かりすぎてのぼせて来たんだけど……。


 頭がぼーっとしてきた。

 でもリリアーヌとエステルさんは、楽しそうになにやらお喋りしている。

 そして、2人が笑うたびに身じろぎし、ボクに柔らかい感触が伝わってくる。


 ボクのこの夢のような針のむしろは、まだしばらく続きそうだった。

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