第10話 迫る竜

 エステルさんの、ボクがこれ以上強くなるためには女らしくならないといけない、という話はボクにとってショックだった。


 思わず視線を動かすと、けらけらと大笑いしているリリアーヌが。

 ついイラっとしてしまったボクは、


「えい」

「いたっ!」


 そんなリリアーヌの額に怒りのチョップを叩き込む。もちろん軽くだけど。


「何をするのじゃ! 王族に手を上げるとは何事じゃ!」

「ふふーん、問題ないよ。だってボクはリリアーヌの『妹』なんでしょ?」


 胸を張って、言ってやった。

 天職が使えるようになった事は感謝しているけど、女物の服を着せられて女性の名前で呼ばれることに何も思わない訳じゃないんだよ!


「ぐぬぬ……」


 ボクのささやかな意思表明に、リリアーヌがうめき声を上げる。


 そうやってリリアーヌとにらみ合っていると、エステルさんがぱんぱんと両手を叩く音がひびく。


「はいはい、仲がよろしいのは結構ですが、魔石も取り終えました。先へ進みますよ」


 いつの間にかエステルさんは全てのオーガの魔石を取り終えていた。

 「ありがとうございます」と頭を下げ、リリアーヌと肩を並べた歩きだした。



◇◇◇◇◇



 そこからは絶好調と言って良かった。

 

土精霊よ貫けロックバレット!」


 ボクが唱えると、地面から複数の土の塊が飛んで行き、こちらに向かっていた4体のオーガに激突する。


「グギャアッ!」


 悲鳴を上げるオーガに、一息で距離を詰めるエステルさん。


九十九杠葉流つくもゆずりはりゅう さざなみ――」


 その瞬間、幾筋も走る剣閃。

 オーガ達の身体のいくつもの場所がぱくんと裂け、血が噴き出る。


 それでも流石魔物、死には至らずよろよろと倒れる様に歩くオーガの、その首を次々に刎ねていく。

 天職によって強化された今のボクは、オーガの首をやすやすと落とせる位になっていた。それに加えて精霊術も神聖術も使えるプリンセスの天職の万能性と、戦いなれたエステルさんの加入で、相手が恐ろしいオーガの様な魔物でも安定して勝てる様になってきていた。


 鮮血と共に崩れ落ちるオーガ。

 剣を収め、エステルさんと声を掛け合う。


「エステルさん、おつかれさまです」

「シルリアーヌ様も、お見事でしたよ」


 魔石も取り、道を進んでいる時にリリアーヌがつぶやく。


「やけにオーガが多いのう。さすが聖遺物レリクスの眠るダンジョンは違うのじゃ」


 たしかに、王都近郊という場所でいろいろな人が挑戦するダンジョンにしては、魔物が強い気はする。

 でも、考えてみるとオーガくらいで驚いていてはいけないのだ。


「オーガどころじゃないよ。なにせここにはドラゴンがいるんだから」

「……そうじゃったの」

 

 言うと、リリアーヌの顔が曇る。

 ボクも天職の事や女装のことですっかり忘れていたけど、ここにはランドドラゴンが出るのだ。


「ドラゴン、ですか?」


 首を傾げるエステルさん。

 そこで、ボクがドラゴンに襲われて下の階に落ちた時にリリアーヌと出会ったことを説明する。

 ボクがシリルだということはバレてはいけないので、レックス達『勇者の聖剣』パーティーに所属していた事や、その……見捨てられて生贄にされた事なんかは……言えないけど。


 辛い事を思い出してちょっと暗い気持ちになっていると、エステルさんが再び首を傾げる。


「ここに来るときは見かけませんでしたが?」

「ボクも来るときには見なかったんです。帰ろうとする時にドラゴンに遭遇して、しかも通らないと帰れない場所にいたので避けられなかったのです」


 「そうですか……」と思案顔のエステルさん。

 ボクも今絶好調だけど、さすがにドラゴンに勝てると思うほど自信家にはなれない。


「まぁ、なるようになるじゃろ!」


 高らかに笑うリリアーヌに、ボクとエステルさんは呆れた視線を向ける。


 そんな時だった


「ギャアオオオオオオオーーーーーーーッ!」

 

 耳をつんざくような咆吼が響き渡り、空気がビリビリと振動する。


「な、なんじゃ?」

「こ、これは……?」

「これは、まさかっ!」


 ごくり、とつばを飲み込む。


「あのときのドラゴン!」


 レックス達に愛想をつかされた時に聞いた咆吼と同じ。

 もちろん、ドラゴンの鳴き声の個体差なんて分からないけど、さすがにドラゴンが何体もいるとは思えない。


 エステルさんが静かにカタナの柄に手をかけた。


「この先からですね。ドラゴンですか……、突破しないと外に出られないとすると……厄介ですね」


 ドラゴンとしては弱い種類なのだろうけど、ボクなんかでは相手にならないし、レックス達でも、難しいかもしれない。

 昨日までは想像もできなかったけど、今のボクはオーガくらいなら比較的楽に倒せるようになった。でもドラゴンはちょっと敵う気がしない。


「……むぅ」


 リリア―ヌも腕を組んで唸る。


「エステルよ。お主、メイド服を脱いで鎧に着替えるのじゃ。メイド服では天職の祝福を得られまい」


 エステルさんに声をかけたリリアーヌの声を聴いて、はっとした。

 

 やっぱり、エステルさんは天職を持っているんだ。


 たぶん、普通に考えれば剣士系の天職だろう。

 天職の祝福を得られる格好と実際の仕事の格好が違うという人は、王都なんかではあんまり見かけないけど田舎の村なんかではたまにいる。ファイターやソードマンの天職を持っているのに毎日畑を耕している、といった風だ。たまに害獣やゴブリンなんかの駆除をしてその村では頼りにされるようになるけど、剣で生きてくだけの力量も情熱も無い、という人達。田舎の村では剣士として生計を立てていくのは難しいし、大きな街に行くのも大変なのだ。


 エステルさんは貴族だからボクたちとは違うだろうけど、いろいろ事情があるのかもしれない。メイド服という天職の祝福を得られない服装であれだけの剣術を使えるんだ、もし天職どおりの格好をしたらどれだけの強さになるのだろう。


 わくわくしながらエステルさんの方を見ると、エステルさんは手のひらをこちらに突き出してキッパリと言った。


「お断りします」


 「え?」と思わず声が出た。

 

「私は姫様のメイドであることに、誇りを持っております。メイドとして主人を護れるよう、祝福なしの非力な状態でも扱いやすい武器として、刀の修練もしました」


 カタナを使っているのはそんな理由だったんだ……。


「私にとって剣士の装備を身に着けることは、メイドとしての私の努力とキャリアの敗北を意味します。絶対にお断りします」


 彼女は迷いなくハッキリと言ってのけた。

 エステルさんはリリアーヌを尊敬しているようだったから、その命令に背くと言うのは正直あまりイメージできなかったんだけど。


「えっと……」


 つい声が漏れたボクの横で、リリアーヌが「はーあ……」と大きなため息をついた。


「言うと思ったのじゃ。相変わらず強情じゃのう……」

「当然です。これは私の人としての尊厳の問題です」


 エステルさんは、ふたたび手の平をこちらに向けた。

 人としての尊厳……? そんなに重大な問題なのかな……?


 なんだか話についていけなくて目を白黒させるボク。

 その横で、さすがリリアーヌは主人だけあってこうなることを予想していたのだろう、エステルさんに次々と話しかけていく。


「じゃがのう、現に主人の妾に身の危険が迫っておるのじゃぞ?」


 リリアーヌが言うと、エステルさんは「うっ」と少し身を引いた。


「持てる力のすべてを出し切って奮闘してなお力が及ばなんだ、というなら妾もなにも言わぬ。じゃがの、そなたは中位職ソードマスターの天職という力を持っていながら、それを使おうとせぬ。それで主人である妾に危害が及んだなら、それは使用人として、メイドとして怠慢と言わずしてなんと言う?」

「うう……」


 あ、ソードマスターの天職なんだ。いいなぁ。

 中位職だけど、ボクのプリンセスなんかよりよっぽど扱いやすい天職だ。


 ボクがそんなことを考えている間にも、エステルさんはじりじりと後退していく。

 リリアーヌが、にやりと嫌らしい笑顔を浮かべる。


「そうじゃのぅ、メイドとして怠慢というならガルドスに報告せぬとなぁ?」

「そ、そんな! 父にそんなことを吹き込まれれば、私は騎士団みたいなむさ苦しい場所に放り込まれてしまいます!!」


 エステルさんは、青い顔でまるでこの世の終わりが訪れるかのような悲鳴を上げた。

 騎士団みたいな場所って……。ボクの住んでたような田舎の村では王都の騎士様ってのは、はるか雲の上のあこがれの方達だったんだけどな……。


「……分かりました。分かりましたよ。仕方ないですね……」


 エステルさんはため息をつき、がっくりと肩を落とした。

 「妾の勝ちじゃな!」と万歳三唱するリリアーヌ。


 さらにうなだれるエステルさん。


「あ、あの、良く分かりませんが、そんなに嫌なら無理しなくても……」

「いえ、構いません。確かに、メイドとして主人を危険にさらすわけにはまいりません」


 思わず声をかけるが、エステルさんはゆるゆると首を横に振った。


「シルリアーヌ様はお優しいですね。……大人げない私の主人とは違って」


 エステルさんはきっ、とリリアーヌを睨みつけるが、おかまいなしに高笑いをするリリアーヌ。


 もういちど、エステルさんは、はぁとため息をついた。


「確かに、ドラゴンなどと言う敵がいる以上、持てる力は全て使うべきなのかもしません」


 そして、そう言うとエステルさんはメイド服のスカートをまくり上げた。

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