第9話 メイド2
「出来ました」
エステルさんが手を止めて言った。
思わず「ごくろうさまです」と頭を下げる。
「御髪が痛んでいたようですので、しっかりと汚れを落として梳いたあと、簡単ですが香油を塗り込ませていただきました。どうでしょうか?」
エステルさんが魔導袋の中から手鏡を取り出し手渡してくる。
これがまた精緻な装飾の施された一目で高級品だと分かる物で、緊張しながら受け取り覗き込む。
「……え?」
一瞬、鏡の中に映るのが誰だか分からなかった。
最初に目に飛び込んでくるのは、リリアーヌを連想させる艶やかな銀色の髪。つややかな輝きを放つ銀色の髪はゆるやかなウェーブを描き、背中まで伸びている。ボクの髪は灰色だとばっかり思っていた。王都に来てからは忙しくてあまり髪を洗ったりしていなかったし、村にいたころはもっと短髪だったし鏡なんて高価な品持ってなかったから分からなかった。
「……これが、ボク?」
「まぁ、この位の身なりはして頂きませんと、姫様の妹分を名乗るには不足というものでしょう。……それに、まぁ、認めたくはありませんが、姫様によく似ていらっしゃいます。姫様が妹などという言葉を使われる程には」
思わず漏れた言葉に、ボクの着ているドレスの着付けを直していたエステルさんが答える。
鏡に映る顔は確かにボクの顔なんだけど、線が細く男らしくならない事が悩みのそのボクの顔は、身に着けたドレスと整えられた艶やかな銀色の髪とあわさって、どこから見ても女の子にしか見えなかった。
しかも確かにリリアーヌとよく似ている。リリアーヌみたいな天真爛漫な明るさは感じられないけど、おしとやかなお姫様みたいな――
「――いやいや!」
思わずぶんぶんと頭を振る。
ボクは男だ!
「おお! やはり思った通りじゃ、見違えたではないか!」
いつの間にか戻って来ていたリリアーヌが明るい声を上げた。
そうだ、リリアーヌ!
思わず、救いを求める視線を向ける。
ボクは漢の中の漢を目指すんだ! こんなのおかしいよ!
視線で訴えかけるが
「さすが妾の妹! これは美人姉妹だと王国中で話題になること間違いなしじゃの!」
「姫様の妹であることを認めるわけにはいけませんが……、姫様の妹分を名乗れるだけの器量はある様です」
胸を張り高笑いするリリアーヌと、呆れながらも満足げに頷くエステルさん。
あれれ?
ボクの訴えは、どこにも届きはしなかった。
◇◇◇◇◇
洞窟のむこうの暗がりから、のそりと顔を出したのは3体のオーガ。
ついさっき苦戦した相手だけど、今のボクは絶好調と言って良かった。
エステルさんに髪を整えてもらってから、ボクの体からは力が沸き上がり、イメージ以上の精度で体が動く。
「
レイピアを振るうと衝撃波が放たれ、オーガの首を拍子抜けするほどあっさりと切り落とす。
視界の端で揺れる純白のドレスと銀色の綺麗な髪はやっぱり抵抗あるけど、ボクは今までないほどの高揚感に包まれていた。
「
叫ぶとボクの体は、飛ぶような踏み込みと同時にレイピアを突き出す。
「ゴアアッッ!」
オーガの胸に突き刺さるレイピア。
血しぶきが上がり、崩れ落ちるオーガ。
「お見事です」
エステルさんはボクの方を見てにっこりと微笑んだ。
そして、残る一体のオーガの方へすたすたと歩いてゆく。カタナを腰の鞘にしまったまま。
仲間が殺されたことを怒っているのか、雄たけびを上げるオーガ。
あぶない、そんな声をボクが上げそうになった時、
エステルさんが、ささやく様に口にする
「
その瞬間ボクの目に映ったのは、片目を大きく切り裂かれ血しぶきを上げるオーガと、いつの間にかカタナを抜いていたエステルさん。
いつカタナを抜いたのか、
「……ガアアッッ」
さすがのオーガでも片目を失えば痛いだろう、痛みで反射的に身を縮めるオーガ。
たんっ、という軽快な音とともに、オーガの懐に一足で潜り込むエステルさん。
「
身をかがめたその喉元に向けて、飛び上がりざまカタナを振り上げる。
首を切り落とされ、オーガの胴体から血しぶきが上がる。
「……すごい!」
思わず声が漏れる。
その剣術は見事の一言だった。
たとえばソードマンの天職を得ると、それまで農作業しかしたことがなかった子供でも剣技スキルが使えるようになる。「
でもやっぱり、どうしても天職の祝福で得られた身体能力と勝手に動く体による力任せの攻撃、という側面が大きくなるのだそうだ。
天職を発動出来たばかりのボクにはまだピンと来ないけど、ベルトランはそう言っていた。
そこで重視されてくるのが剣術。スキルに頼らない、純粋に鍛練でのみ身につく技術。
攻撃力はスキルには及ばないが、完全に自分の意志で放てるため精密な動きが出来る事と、天職によって使用できる技があらかじめ決まっているスキルと違い、剣術の技のバリエーションは豊富だし才能がある人なら自分で新たな技を開発することだってできる。
実力のある人は、スキルと剣術の技を状況によって使い分けるのだそうだ。
冒険者の剣士とかは剣術を習っていることはほどんど無いそうだけど、騎士様などは必ず剣術も修めているのだとか。
ボクもベルトランに簡単な型を習っただけで、剣術の技は使えない。
剣術というのは反復練習だ。剣術の技はスキルと違い簡単には身につかない。何年もの鍛練を必要とする。
そんな剣術を身に着けていて、天職の祝福無しでオーガを倒せるエステルさんはすごい、そう思った。
「剣術が使えるんですね! 流派とかは良く分かりませんが凄かったです!」
「母は王国の人ではないのですが、その母の国に伝わる流派です。昔はこの九十九杠葉流を教わるつもりはなかったのですが、このメイド服のままでも使いやすい武器と流派がこの刀と九十九杠葉流でしたので」
ボクとエステルさんはオーガの死体の横にしゃがみこみ、オーガの胸元から魔石を抉り出す作業の真っ最中。
ボクの感動を素直に伝えると、エステルさんは使う流派の事を教えてくれた。
オーガは肌も筋肉も硬くて、魔石が取り出しにくいな……。
「エステルは凄いじゃろう! なにせこの妾のメイドじゃからな!」
しゃがみこんで作業中のボクたちの前に、仁王立ちしてリリアーヌが言った。
「メイドとしての力量も確かじゃし、剣の腕も立つ。王宮にもエステルほどのメイドはそうはおらぬのじゃ!」
控えめな胸を張り、得意満面のリリアーヌ。
エステルさんも「まぁ、それほどでもありますが」と得意気な顔。
……どうでもいいけど、手が空いてるなら手伝って欲しいんだけどなぁ。
とはいえ、気安く接してもらっているけど相手は王女殿下。さすがに手伝えとは言えないし、リリアーヌのメイドであるエステルさんはまさか主人に手伝えとは言わないだろう。
……あ、魔石が見えてきた。
オーガの魔石はゴブリンとは違い、宝石のよう、とまでは言わないけど綺麗な黄色い魔石だ。
「恐れながら、シルリアーヌ様も素晴らしい腕前でしたよ」
エステルさんが口にしたシルリアーヌ様、という名前に一瞬「誰の事だろう」とか思ってしまったけど、そうだ、ボクの事だ……。
「さすが妾の妹じゃの! なにせシルリアーヌの天職は上位職プリンセスじゃからの!」
「ああっ! なんで言うの!?」
思わず声を上げる。
勝手に人の天職をバラされた! しかも天職がプリンセスなのはコンプレックスなのに!
「エステルは妾のメイドで、お主は妾の妹じゃ。ならばエステルはお主のメイドも同然じゃ。普通は側に仕える使用人にくらいは天職を言っておくものじゃぞ?」
リリアーヌは平然と言うが、ボクは知られたくなかったし、そもそもエステルさんもボクなんかの使用人にならされたら嫌だろう。
ボクがわざとらしく怒るしぐさをして憤りを表現していると、エステルさんが合点がいったという表情で「ああ」と呟いた。
「だから最初にお見かけした時よりも動きのキレが良くなっているような気がしたのですね。プリンセスの天職をお持ちだったのであれば納得です」
「?」
「?」
首を傾げる、ボクとリリアーヌ。
天職の祝福を得てから、自分の身体がボクの想像以上に自由自在に動くので驚いてばかりだ。確かについさっきオーガを倒した時の動きは、これまでで特に一番パワーもスピードも乗っていた気がする。
でも、それが何だろう?
「ご存じないのですか?」
エステルさんもこてんと首を傾げる。
「天職の祝福は、その職業らしい容姿・人格になればなるほどその祝福は強力になり身体能力は増加します。プリンセスの天職の祝福は他者から見て
え?
それって?
「つまり、失礼ですがまるで男性のようだった最初と違って、淑女らしい容姿になった今では更に天職の力を引き出せます。とはいえプリンセスらしい、というレベルにはまだまだ足りませんし、なにより動作がガサツすぎます。御化粧などして容姿を整えて、礼儀作法と言葉遣いを正して淑女らしい動きを身に付ければ、その時は真に上位職の力を発揮できると思います」
ボクが強くなるためには、もっと女らしくならないといけないって事?
……ベルトラン、ボクはベルトランみたいな漢になるために王都に出て来たのに、もう挫けそうだよ……。
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