第11話 ドラゴン戦
エステルさんは、ボクの目の前で、メイド服のスカートをまくりあげた。
「うわあっ!」
またこれ?
思わず両手で顔を覆ってしまったけど、エステルさんはそんなボクにお構いなしに、はらりと音を立ててメイド服を脱いでしまう。
メイド服を魔導袋にしまいこむエステルさん。
そんな彼女の、黒い色っぽい下着に包まれた肢体があらわになる。その身体は、リリアーヌとは対照的だった。雪のように白く抱きしめれば折れそうな細さだったリリアーヌとは違い、エステルさんの身体は日焼けして薄い小麦色でよく鍛えられ引き締まっていた。それでいて、女性らしい身体のラインはしっかりと自己主張していたし、胸の膨らみはリリアーヌとは比較にならないくらい豊満で、意識しなくても視線が引き寄せられてしまう。
「い、いきなり脱がないでください!」
思わず叫ぶ。
ボクは両手で顔を覆ったままだったけど、つい指の間からちらちらと見てしまうのを止められない。うう……、意志の弱いボクでごめんなさい……。
「たしかに、淑女らしい行動ではないですが非常事態ですし、ここには女性だけで殿方はおられませんし、まぁ構わないでしょう」
「そうじゃ、なにを慌てておる?」
何事も無いように平然と答えるエステルさんと、きょとんとするリリアーヌ。
いや、ここに男がいるんですけど!?
リリアーヌはボクが男だってこと忘れてるんじゃないの??
とはいえ、思っていることを口に出すわけにもいかず、一人ぐぬぬと唸っていると、エステルさんは魔導袋から荷物を一通り出し終えたみたいだった。
そしてエステルさんは膝丈くらいのスカートと、冒険者が着るような長袖のシャツを身に着けてゆく。もっとも、外見は確かに冒険者が着るような格好だけど、上等そうな生地で出来ているうえ袖などには軽くだけど刺繍なんか入ってたりして、やっぱり貴族の方なんだなぁと感じる。
エステルさんの胸の膨らみや下着が隠れてしまったことに、安心した様ながっかりした様な感覚を感じてしまう。
かちゃかちゃと音を立てエステルさんが身に着けるのは、魔物かなにかの皮をなめして作られたレザーアーマーだ。胴体と腕や脚の重要な部分のみを守るように作られた、軽戦士用の皮鎧。一見簡素な装備だが、あまり見たことのない材質でつくられていて、これまた高価な品なんだと感じさせた。
そして、腰には変わらずカタナを身に着ける。
「お待たせしました」
エステルさんがぺこりと頭を下げ、長い黒髪が揺れる。
背が高く大人っぽいエステルさんに、剣士の装備は非常によく似合っているように感じた。
「申し訳ありません。剣士のような野蛮でお見苦しい格好で、申し訳ありません。戦闘が終われば再びメイド服に着替えさせていただきますので」
エステルさんは、ふたたび深々と頭を下げた。
「いや、似合ってるな、とか思ってたところなんですけど……」
剣士や騎士になにか嫌な思い出でもあるのだろうか?
それにボクはべつにメイド服に着替えて欲しいわけでもなんでもないんだけどな……。
「よし、それでは行くかの!」
リリアーヌが言った。
ついさっきはドラゴンがいるという事を思い出して落ち込んでいたのに、やけに乗り気なように見えた。
そのことを聞いてみると、
「うむ、よく考えてみたらの、ここでドラゴンを討伐したとなればお父様もお兄様も妾を見直すに違いないのじゃ! 妾だけでは無理じゃが、幸いエステルに加えてシルリアーヌもおる。これは行けると妾は思うのじゃよ!」
うーん、さすがにそれはどうだろう。
だってドラゴンだよ? ランドドラゴンとはいえ、魔物の頂点と言われる、あのドラゴンだよ?
ついエステルさんに視線を向けるが、彼女はゆるゆると首を横に振った。
言うだけ無駄ってこと!?
「では、行くかの!」
「ああっ、待ってよリリアーヌ!」
「姫様、おひとりで先行はおやめください!」
勝手に進もうとするリリアーヌを追って、ボクとエステルさんも駆け出した。
◇◇◇◇◇
びりびりとダンジョン全体が震えるような、咆吼。
だんだんと近づいてくるそんな咆吼を聞きながら、ボクたちは先を進んでいた。進むにつれて、ドラゴンの咆吼は大きくなり、聞こえてくる間隔も短くなってくる。それにつれて、ドラゴン討伐じゃ、といきまいていたリリアーヌも口数が少なくなってゆく。
「……すごい迫力じゃのう」
ボクの後ろからおっかなびっくり付いて来ていたリリアーヌが、ぼそりと言った。
それとともに、レックス達の事も思い出してくる。
思い出されるのは辛い記憶。そして勇者の称号に一番近いと言われたパーティー『勇者の聖剣』でも逃げ出すしかない相手だという事実。そんな相手に太刀打ちできるのだろうか?
「……なにか、人の声もしますね」
エステルさんの声で、はっと思考が中断される。
確かに耳をすませば、ドラゴンの咆吼に加えて人の叫ぶ声や金属音なども聞こえてくる。
「まさか人が戦っているの?」
思わず声を上げる。あのドラゴンと戦っている人がいるなんて!
気づけば早足で先を急ぐボクがいた。
「待つのじゃ! 焦って突っ込んで良い相手ではないのじゃ!」
「そんなこと言っても、相手はドラゴンだよ! 危ないよ、助けてあげないと!」
リリアーヌが制止してくるけど、きっと苦戦しているはずだ。放っておくなんて出来ない。
早足で歩いて行くと、視線の先に開けた場所が見えてくる。
そして、聞こえてくる男たちの声。
「ジメイの様子はどうだ!」
「ダメだ! 気を失っているし、ケガもやばい! 早く治療してもらわないと!」
「どうする! もう持ちこたえられねぇぞ!」
緊迫した様子が伝わってくる。
全体の様子が見渡せるところまで来たので足を止めると、嫌でも目に入るのは5メートル以上はあるだろうランドドラゴンの巨体。ドラゴンはまるで矮小な人間が自らに楯突くことを許さないとばかりに、怒りの咆吼をあげる。
声を上げた人たちもすぐに見つかった。
ドラゴンの正面に向かい合うように、4人の男の冒険者。傷を負い気を失っているらしい術師風の男を守るように、3人の男が身を寄せ合っている。でも、その3人もあちこちに怪我をしている様だったし、手に持つ剣や槍は折れたり欠けたりしており、満身創痍と言っていい状態だった。
「くそおっ、来るぞ!」
正面に立つ盾を構える大柄な男が叫ぶ。
戦士系の天職を持っているのだろうけど、右手に持つ剣は途中で折れており、天職の祝福の効果は半減しているはずだ。しかもよく見ると怪我をしているのか左足を引きずるようにしていて、踏ん張りのきかないあんな状態ではドラゴンの攻撃に耐えられるとは思えない。
「グギャオオオオオッッッッ!」
ドラゴンが雄たけびを上げ、鋭い爪のついた右前足を振り上げた。
「あぶない!」
気づけば身を躍らせて、男たちの前に立ち塞がっていた。
「
唱えると目の前に光の壁が出現するが、振り下ろされた龍の爪によってあっさりと砕け散る。
ドラゴンの攻撃はプロテクションを粉砕してもなおも勢いを衰えさせず、ボクを引き裂こうと迫り来る。
「くっ……、
剣技スキルによる衝撃波を龍の爪の側面に叩き付ける。
イメージするのは、パリィと呼ばれる相手の攻撃を受け流す高等技。ベルトランは器用に使いこなしていたけど、ボクはまだそこまでは使いこなせない。でも、巨大なドラゴンなら当てるくらいなら……!
なんとか爪の攻撃をそらすことに成功したが、そらされた爪により地面が大きくえぐられる。
あんなものを受けたら、人間なんてひとたまりもない!
「今のうちに後退してください!」
後ろを振り返り、男たちに声をかける。
でも
「…………これは夢か」
「天使だ……」
「もう天国に来ちまったのか……?」
なぜか赤い顔で、ぼーっとこちらを見つめる男たち。
ど、どうしたの? 早く逃げないと!
「は、早く! 次の攻撃が来ます!」
「……はっ! す、すまねぇ。だが、怪我人がいるんだ! すぐには移動できねぇ!」
確かに、気を失った術士の人を抱えている上に、みな怪我人ばかりだ。このままだと少し厳しいかもしれない。
「わかりました、
唱えると、男たちの頭上にきらきらとした光が降り注ぐ。
下位下段の神聖術、ヒール。あまり重い怪我は治せないけど、軽い怪我なら治せるし体力だって回復する。
「これは……神聖術……」
「教会の金の亡者どもは、結構な金をとりやがるのに……」
「やはり天使……」
また天使?
なんなの??
めいめいにお礼をいいながら後退していく冒険者たち。
でも、「俺、デーダっていいます! 天使様のお名前は?」「オレはズーラン、独身です!」「オレ達いつも鋼の戦斧、って酒場にいますんで!」とか言いながら下がっていくのはなんでだろう?
「
「グギャアァァッ!」
リリアーヌの声と、岩の砕けるような音と、そしてドラゴンの若干ひるんだ様な咆吼。
いけない、ぼーっとしてた。
「どうしてくれるのじゃ! ドラゴンと正面から戦うことになったではないか!」
リリアーヌが岩場の陰から右手を振り上げて、ぷりぷりと怒っているのが見える。
ご、ごめんよ。放ってはおけなかったんだよ……。
「こうなっては、やるしかありません。姫様は精霊術で牽制をお願いします!」
皮鎧を身に着けたエステルさんが、腰のカタナに手を添えたまま駆け込んでくる。
なんとか上手く逃げられればいいなぁ、と思う思うけど、見上げればドラゴンは怒りの形相でボクたちを見下ろしていた。
こ、これは確かに腹をくくってやるしかないかも。
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