第4話 出会い
ボクの目に飛び込んで来たのは、銀色の髪の女の子だった。
歳はボクと同じくらいだろうか?
背の高さもたぶん同じくらい。村はもちろん王都に出てきてからも、見たことがないほどに綺麗な女の子。その女の子が、倒れたボクの顔を興味深げに覗き込んでいた。
まず目に飛び込んでくるのは、銀色に輝く絹のように艶やかな腰まで届く髪。その顔はきれいな左右対称で見たことがないほど整っているけど、同時に何かどこかで見る顔によく似ているとも思わされた。ぴんと長い睫毛に彩られた
「おお、目覚めたのじゃ! 上から落ちてきたのじゃ、死んだかと思うたぞ!」
女の子はがばりと身を起こすと、上を見上げた。
その視線の上では、はるか頭上の洞窟の天井が大穴を開けていた。
あそこから落ちてきたのか? よく死ななかったな、などと考えていると、女の子の恰好とその言葉遣いが気になった。
女の子が身に着けていたのは、あちらこちら汚れ破れてはいたが、純白のドレスだった。女の子の身長はボクと同じかもしかしたら少し低いくらいなので、小柄な彼女に良く似合う清楚な雰囲気がありつつも可愛らしいドレス。
王都では女の人はみんな綺麗で仕立ての良い服を着ていると思ったけど、それはそんな物ではなかった。その生地は見たことがないほど艶やかで、驚くほど精緻なレースや刺繍であちらこちらが彩られていた。
一目で、平民が着る服ではないと分かる。
「……き、貴族様!? す、すみません、無礼をお許しください!」
急いで平伏し、頭を下げる。
偉い貴族様だったら、大変だから。
貴族様に失礼な事をすると、無礼打ちで命を奪われることだってある。もちろん貴族だからって何でも許される訳じゃないけど、平民が貴族になんだかんだ理由を付けて殺されることは、聞いた事がないほど稀な出来事って訳でもない。
「……むぅ」
だけど、その瞬間その子の機嫌は見るからに悪くなった。
「妾が貴族などに見えると。お主はそういうわけじゃな? ほぉう?」
「……えっと」
じとっとした眼で見つめてくる女の子。
だけど、ボクは何が悪かったのか全然分からなかった。
貴族ではない? でも明らかに平民じゃないよね?
それとも礼儀がなってなかった? でもさっきの言葉だとそういう事でも無いような……?
視線を彷徨わせていると、女の子がはぁ、とため息をついた。
「まぁ、良い。……良くは無いが、今は良いのじゃ。今はそれより大事な事があるのじゃ」
「何だろう?」
「この部屋は出入口は一か所しかないじゃ。それは分かるかの?」
立ち上がり、周囲をぐるりと見回す。
ボクが落とされたドラゴンがいた空間と同じような、王都の噴水広場みたいな大きさのある広い空間。
そして、そこから出る横穴は一か所だけ。
「うん、そうみたいだね。状況把握が遅くてゴメン」
「うむ、殊勝で良いのじゃ。それで、じゃ、妾はその先から来た。……まぁ、なんじゃ、行き止まりだとは思っておらなんだし? メイドともはぐれてしもうたし? そもそもあのゴブリン共のせいで……」
視線をそらし、もごもごと呟く女の子。
えっと、それはつまり――
「ひとりで道に迷ったってこと?」
思わず言うと、彼女は形の良い眉を吊り上げて叫んだ。
「違うのじゃ! 幼子でもあるまいに、迷子になどならんわ! 魔物じゃ、魔物の群れに襲われたのじゃ。汚らわしいゴブリン共が何匹もうろついておった」
――ゴブリン。
二足歩行をする緑色の魔物。知能は低く、常に集団で行動する。一対一なら、故郷にいた村一番体の大きな猟師のドギさんが斧で殴りつけたら殺せた程度の魔物だけど、その性質は集団性と多様性。
常に集団で行動し、個体によって剣が得意だったり弓を使ったり、場合によっては魔法と呼ばれる魔物独自の術を使ってくる奴もいるとベルトランは言っていた。
ベテラン冒険者でも不運が重なると殺されることもある魔物、それがゴブリンだ。
……今のボクの力では、一匹、いやがんばれば二匹くらいは殺せるかも、その程度だ。ダンジョン内のゴブリンの群れという事は6~8匹くらいはいるだろう。ボクの力では無理だ。
――ではこの女の子は?
思わず彼女の顔を見つめてしまうが、その青紫色の瞳は曇っていた。
ふるふる、と少女は首を振った。
「駄目なのじゃ、偉そうにしておっても妾は自分一人ではゴブリン一人倒すことも出来ぬ。まったく、情けないのじゃ……」
女の子はしゃがみ込み、膝を抱え込んで顔を伏せる。
怒ったり落ち込んだり、その表情は山の天気の様にころころと変わる。
「この際じゃから正直にいうがの、妾の
顔を伏せ、いやいやをするかの様に首を振る彼女を見て、そうか、と思った。
優れた天職を持つ者の子供は、優れた天職を得られる可能性が高いらしい。
というのはこの国では貴族の子供が優れた天職を得られる可能性が高い、というのと同義だ。
そう――可能性が高いんだ。
ということは必然貴族にだって低い天職しか得られない者はいる。……ボクは今までそんな人達がいるかもしれないなんて、ちっとも考えやしなかった。それが、いま目の前の少女だったのだろう。
今まで、貴族は膨大なお金を持っている上に上位の天職までもらって、好き勝手悠々と生きているのだと勝手に思っていた。貴族の中にだって、ボクみたいに自分の弱い力に絶望し打ちひしがれた人もいるなんて、考えもしなかった。
――共感?
そう、ボクは身の程知らずと言われるかもしれないけど、彼女に共感し同情していたんだ。
だから、つい口にしていた。
「下位職のメイジだって十分使い勝手のいい天職じゃないか、ボクよりはマシだよ。なんたってボクの天職は……プリンセス、なんだからね」
「プリンセス……じゃと?」
言って……しまった。ためらいはあったけど、言ってしまった。
ぽかんとする彼女に、ボクは再度説明する。
自分の天職がプリンセス、だという事を。男のくせにプリンセスなんていう天職なのが恥ずかしくて、今まで誰にも言ったことは無いし天職の力を使った事もない事を。
恥ずかしい事は今でも何も変わらないけど、少しでも彼女を元気付けられればいい、そう考えて話したのだけど
彼女の反応は――
「あはははははははははは!
――思いっきり笑われた。
恥ずかしい、顔が赤くなるのを感じる。
「わはははははははは、う、うひっ、げほげほっ、妾を笑い殺す気か! うはははははははは!」
女の子は遠慮もなにもなく、お腹を抱えて爆笑していた。
……さっきまでボクの感じていた同情を返して欲しい。
「……そんなに笑わなくても……」
「わははははっ、ふひっ、そ、そうむくれるでない。確かにお主、
「……それも、ボク的にはすごく気にしてるんだけど……」
「わはははは! そうかそうかすまぬすまぬ」
肩をばしばし叩くのはやめて欲しいなぁ。
「そうか、ふーむ、しかしな、プリンセスは上位職じゃ。ゴブリンごとき相手にならぬのではないか?」
「……そうかもしれないけど、さっきも言ったけどボクは天職の祝福を使った事は無いんだ。だからどうなるか分からないよ」
首を傾げる女の子に答える。
確かにプリンセスは上位職。本来ならゴブリン程度相手にもならないんだろうけど、ボクは男だ。プリンセスの祝福が正常に発現するかは分からない。
いや、発現しない、と考える方が自然だと思う。
なにせ、プリンセスの天職が発現するには
男のボクが使えるとは思えない。
「そうかの? ふ~む」
女の子はボクをじろじろと眺めながら、ボクの周囲をぐるりと回った。
「……な、なんなの?」
「これはひょっとするのじゃ。お主、持っておけ」
彼女はそう言うと、腰に付けていたポーチをベルトごと外し無造作に投げてくる。
「わわっ」
慌てて受け取ったそのポーチは、こちらも腕の良い職人が作ったであろう作りで、そのフタの部分には緑色に輝く魔石が嵌め込まれていた。
――魔導具だ。
魔導袋と呼ばれる、見た目からは想像も出来ないほどたくさんの物の入る魔導具。ボクみたいな落ちこぼれの平民には手が出ないが、一人前と認められた冒険者は大抵持っている、そんな程度には普及している魔道具だ。
しかも付いている魔石は、A級冒険者であるレックスが持っている魔導袋に付いていた物よりも、透明度が高く放つ輝きが段違いだった。魔石を覗き込むと、精緻な魔導陣が刻み込まれていて、腕の良いアルケミストが手掛けたのだろう事が分かる。
さすが貴族。これを買うとなると相当な値段になるんじゃないだろうか。
すごい魔導袋だね、なんて事を言おうとしたボクの目の前で、女の子が自分の着ている純白のドレスをまくり上げた。
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