第297話 PTA会長、校長先生に企画提案をしてきたの巻

 春うらら。桜の花は咲き乱れ、心地よい春風がふわりと頬を撫でる昼下がり。和響は中学校の玄関でインターフォンを押した。


 子供が通う中学校。来年度PTA会長になってしまった和響はぎゅっと肩掛け鞄の持ち手を握る。インターフォンはしばし沈黙したのち、「ご用件をどうぞ」と女性の声で応答した。


 ——よし。


 和響は心の中でそう呟くと、「PTA会長、和響です」とだけ答える。すぐに「どうぞ、空いています」と声がして、和響は通用口のガラス戸を開けた。


 春休みの中学校。もちろん賑やかな子供の声はしないし、先生方の姿も見えない。外気温よりも少し肌寒い玄関で靴を脱ぎ緑色のスリッパに履き替えていると、すらっとしたイケオジ、校長先生が現れた。


「お待ちしていました」と校長先生。「お忙しいのにめんどくさいこと考えてしまってごめんなさい〜」と和響。


「いえいえ、子供たちのためにと思って考えてくださっていることなので。どうぞ、こちらで話しましょうか」


 定年まであと少しだと思われる校長先生はグレーのお洒落なスーツを着ている。「どうぞ、こちら」の言葉を聞き、和響は一瞬妄想をする。


 ——もしかして校長室で二人きり……?


 もしそうだとしたらどうしよう。愛するパパがそれを聞いたら嫉妬してPTA会長をやめてしまえと言うかもしれない。校長先生の後に続き廊下を歩きながらそんなことを思っていたら、校長室の前を通り過ぎた。


 ほっとした。良かった、二人きりで校長室。それって結構いいシチュエーション。ちょいまて。何設定のいいシチュエーションだというのか。かぶりを振り、目的を思い出す。今日和響が校長先生に会いにきたのは、防災宿泊研修を提案するためなのだ。何としてもこの企画を押し通したいと企画書や参考資料まで持ってきている。


 通された場所は『相談室3』と書かれた部屋だった。会議テーブルがひとつ。椅子が四脚。和響はこういう部屋には見覚えがある。高校時代よく引っ張っていかれた生徒指導室だ。


 校長先生は部屋のドアと窓を開放し、奥の椅子に座る。和響もその向かい側に腰を下ろした。「それで——」と和響は早速企画書を校長先生に渡した。裏表印刷で四ページ。オレンジ色の表紙には校舎のイラストがどどーんと真ん中にのり、その上にはこう書かれている。



『中一、中二の生徒達に宿泊研修を復活してあげたい』


 でも学校側の事情『学習時間の確保と教員の働き方改革』の為廃止も分かる。

 そこで!

 こんな宿泊研修いかがでしょう? 

 企画書



 太いゴシック体の文字はさながら広告チラシのようにデザインされている。和響は表紙のデザインだけで三十分も使ってしまった。ビジュアルイメージが決まらないと企画書が書けないのは昔からだ。


 校長先生がぺらっと企画書の表紙をめくる。刹那、窓から春風が吹き込み白いカーテンがふわりと校長先生の頭に触れた。校長先生はほんのり薄めの髪の毛を手で撫でつけ、その後で目を丸くして「これをお作りになったんですか?」と和響に尋ねる。


「はい。でも仕事じゃないからちょっとくだけて作っちゃったんですけどね〜」

「いや、素晴らしい才能ですよ! 正直びっくりしております」

「いやいや、でもチャチャッとなので」

「そんなそんな、そういうお仕事を?」

「まあ、企画が仕事だった時もあるので」


「ほお〜」と言いながら校長先生がまた企画書に視線を戻した。そのタイミングで和響は話を始める。


「私もOさんに言われるまで宿泊研修があったってことを知らなかったんですよ。それで広報さんに過去の広報誌を調べてもらって、令和元年まではそこに書いた通りの宿泊研修があったんですよね〜。でも、校長先生、その翌年に赴任されたから、廃止にした時はいなかったんですよね?」


 企画書から顔をあげ校長先生は「そうなんですよ」と答える。校長先生がこの中学に来たのは令和ニ年。教員の働き方改革を市内で先陣きって行った我が中学は宿泊研修を廃止し、その時期とコロナの時期が被った。だから保護者から見れば「コロナのためにやってなかった宿泊研修を復活してほしい」となるわけだ。


「Oさんが僕のところに来たときにも説明したのですが、コロナのせいだけじゃないんですよね」

「ええ。そう私は理解していますよ。でも、やっぱり宿泊って子供たちにとってすごくいい思い出になるし復活してあげたい! でもきっと働き方改革や学習時間確保の為にと廃止した宿泊研修を復活するのは難しいと思って。それで今回この企画書を作りました。防災訓練として宿泊研修を学校でしたらどうかなって」

「確かに、この企画書に書かれているスケジュールとプログラムなら可能だと僕も思います。でも、宿泊というのがネックで……」


 それはそうだと和響も思っている。中学生の男女が学校で宿泊研修。それは気を遣うことも多いし、保護者の同意なければ参加も難しい。


「でも、今まで自然の家とかを借りての宿泊研修はやってますよね? 学校側としてみればそのノウハウがある。いわば自然の家が学校の校舎になるわけなので」

「確かに、おっしゃる通りです」

「それに今日の午前中、市の危機管理室に問い合わせをして聞いたところ、市の備蓄している毛布を貸し出し可能だそうです。あ、でもクリーニングして返却が条件です。クリーニングは市が業者に手配してくれますが、その費用は中学校持ちです。大体、えっと、一枚2000円くらいだと言ってたかな」

「そうなんですね」

「それと、この資料にも載せましたが、市の防災研究会に協力をお願いすれば、プログラムの内容も格段によくなりますよね! 市の防災研究会は避難所の立ち上げ訓練とかもしてますし」

「実は5月に学校を使って防災訓練をするんですよね。だから僕もその会のことはよく存じてるんです」


「お、そうなんですね」と和響は手応えを感じた。であれば話は早い。問題は宿泊を学校でしていいかどうかだけなのでは、と思ったからだ。


「やはり、宿泊をしての防災訓練がいいんですよね?」

「ですね、それを考えていたらこの企画を思いついたんで。それに防災訓練を宿泊型でした場合、避難所の問題点も見えてきますよね? 防災訓練で地域とのつながりも深まるし、これが毎年我が校の宿泊研修になったならば、いつか災害が発生した時に我が校の生徒や卒業生も活躍できるんじゃないでしょうか? 中学生や高校生だって避難所で役に立てるし、防災への意識も高まる。東京都の都立高校は平成24年度から宿泊型の防災訓練が必須だそうですよ」

「なるほど——」


 校長先生は和響の話を真剣に聞き、その上でもう一度訊く。


「宿泊が、いいんですよね?」

「宿泊を、させてあげたいんです」

「そうですよね。宿泊を。いやぁ、お気持ち十分分りました。過去に廃止した研修を復活させるのは無理ですが、この内容ならば検討の余地は大いにある。僕も是非させてあげたい。ただ……」


「ただ?」と和響は眉根を潜めた。校長先生は顔に優しい笑い皺を作りながら微笑むと、「年間スケジュールをどう見直して、どこの時期に入れ込むか」と言った後で、「うん」と大きく頷いた。


「一度これは僕に預けてもらって、考えてみます。まずは学校で宿泊できるのかを教育委員会に聞いてみなくてはいけませんしね」

「是非、前向きに! よろしくお願いいたします!」


 和響は頭を下げた。子供たちのために、学校で防災宿泊研修を開催してほしい。PTAでご一緒のOさんはそれを叶えたくて、めんどくさいPTA役員に小学校と中学校ダブルで立候補したのだから。そんなOさんの願いも叶えたい。PTA会長として自分ができることは、その希望をどうしたら叶えれるのか調査し、可能性を見出して学校側に提案することなのだから——。



 帰り際、校長先生は和響に「僕の一存で来年度だけやっちゃおう! は、実はできるんですけどね」と言った。でもその後で「一年だけやるんじゃなく、毎年恒例に育てる時間がいる」とも。和響も同意見だと頷いた。


「毎年恒例、防災宿泊研修のある中学校を目指して、ご検討のほど、よろしくお願いいたします!」


 玄関までお見送りをしてくれた校長先生にもう一度頭を下げ、和響は中学校を後にした。


 ——どうか、願いが届きますように!


 そう何度も心の中で呟きながら。




***


お読みいただきありがとうございました!

さてさて、どうなることやら?!


新学期の配布物を見ればどうなったかの結果がわかる!

できることはやり切った!

ドキドキしながら結果を待ちたいと思います!



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