第176話 今日も土曜日
今日も土曜日。しかも朝から剣道部の保護者会である。剣道部保護者会の会長をしている私は、水曜日あたりに土曜日に保護者会があることに気づき、急いで昨年の資料を引っ張り出してきた。
「げっ! この資料、データがない……うそん」
急いでエクセルを立ち上げて保護者会資料をサクサク制作。そして、顧問の先生に放課後連絡し、なんとか資料は作り終えた。やればできる子、のはずである。
ところがどっこい、昨日の夜にトロピカルな自作の果実酒を飲んでしまった私の頭は結構ポンコツである。
「で、こういう感じです」
「すいません、どういう感じですか?」
「あ、この資料のこの辺なんですが」
「どの辺?」
「ちょっとお待ちください。えっとですね、この防具バッグは自転車にくくりつけるってところです。あ、先ほど配った資料の裏面になります」
「すいません、それでは一年生の保護者の方には伝わりにくいかと」
「ですよねー! えっと、それでは最初からお話しいたします! 本当、ポンコツすぎてすいません!」
でもなんとかやり切った。なんでもやってみるものである。おいおい、それは周りが助けてくれたからだろうに。その通りである。ポンコツな時はしっかりとした人に助けて貰えばいいのだ! ありがたや、困った時はお互い様の人間関係。
「……ポンコツ過ぎません? 来年PTA大丈夫なんですか?」
つい自分でみなさんに聞いてしまったけれど、大丈夫大丈夫なんとかなるってと言ってもらえて一安心。
「安心してない!!!」
今から来年のPTA会長職が本当に怖いのであった。なんなら今年の副会長職も怖すぎるけれど。
そんな午前中をなんとかこなし、お昼ご飯を食べたら、送迎地獄である。隙間時間一時間。そんな時は読みかけの小説を読めばいいものを、妄想日記にやってきてしまった。関川くんの続きを書くには、集中力が途切れすぎる。五分で読書を書くには三時間は必要だ。妄想日記はそんな私の救世主的存在。
読みかけの小説を読めばいいものを……。
なぜそんなに書きたいのかと聞かれれば、今は書くことが何よりも楽しいのです! と答えるとともに、もうひとつ理由があるのであった。
それは、
それは、
それは!
「キーボード打ち過ぎてマメができて破れた左手の薬指がっ!痒いぃぃぃぃい!」
痒い痒い痒い! KAYUIのですっ! KAYUIってローマ字にしたらちょっと可愛い気がしたけど、そんな可愛いものじゃなく! 痒い!
キズパワーパッドでカバーしている私の左手の薬指はキズパワーパッドがもう一枚の自分の皮膚のようになっているおかげで水仕事もできるし、お風呂にだって入れるし、愛を確かめ合うこともできる。
だがしかし! 左手の薬指の細胞たちが修復しようとキズパワーパッドの中で頑張っているおかげか、痒い。もう、痒すぎる。
「ひぃー!スマホで小説読んでるよりも、キーボードを打って痒みを紛らわせたい!」
愛する夫からは、「職業病だね、って、職業じゃなくて、趣味だけど」と笑われてしまいました。ええ、まだ! 趣味ですが! いつかね、いつかねって夢を持つことはいいことだと思うんですよね。それでその夢が叶う頃には、何度も左手の薬指の皮がめくれてですね、もう鋼のような左手の薬指になってると思うんです!
そう、例えば、こんな感じに。
****
「鋼の薬指」
僕の名前は、鋼の薬指。
何度も何度もキーボードに打ちつけられて、マメができ、それが破れてぐちゃっとなってを繰り返し、まるで日本刀のように光り輝く鋭い薬指。
僕の体に触れちゃあいけないぜ。
だって切れちゃうからさ。
何度も何度も打っては切れて、熱を持ち、打っては切れて熱を持ちを繰り返して硬くなったんだ。それはそれは何回だって熱くなったんだぜ。
ほら、日本刀だって、そうやって作るだろ?
熱して叩いて、熱して叩いて。
その繰り返しで、硬くて丈夫な刀になるのさ。
あ、でも僕は今気づいたよ。
熱して打ってを繰り返し、そのあとは?
そっか、そのあとは研師の人に砥いてもらうんだった。
確か近所の鍛冶屋の兄さんがそう言っていた。
どうしよう。
僕には砥いでくれる人なんていない。
これじゃあ、熱して叩いて、熱して叩いて、硬くなってるだけで、切れ味が良くなってるわけじゃないじゃないか。
「まじで?」
じゃあなにかい?
切れ味が良くなることもないままに、ただ硬くなっていただけってことなのかい?
僕は今まで一体なにをしてきたんだろうか。
脳みそに言われるがままにキーボードを打ち続け、痛い思いや熱い思いや、痒い思いをして、こうして体を鋼のように硬くしたっていうのに。
一体僕は今までなにを……。
僕は無性に悲しくなって、液体を、それも黄色い液体を多めに出した。
もうこんな刀にもなれないことをやめればいいって思ってさ。
無力感。
喪失感。
焦燥感。
脳味噌の言いなりになるんじゃなかったという、自分への怒り。
もう、僕は動かない。
そう思ってしばらくキーボードを打つことから逃げていた。
自分の仕事から逃げるだなんて、負け犬のすることって思うかい?
いいや、違うね。
人は、いや、指は時にはそうやって逃げ出してでも自分を見つめる時間が欲しいのさ。
そうして何日か経った時、僕は無性にキーボードが恋しくなった。
おかしなものさ。
二度と見たくないと思っていたのに。
きっかけは親指くんだ。
親指くんが言ったんだ。
「俺さ、ほとんどキーボード触ってないんだよね。手のひらにくっついて、ブラブラ揺れているだけでさ。だからすんげぇ柔らかいんだよね。だからさ、薬指くんに憧れてるんだ」
「ふん、そんなこと言ったって、硬くなるだけで、切れ味もなにもないんだぜ?」
「なあ、俺、思うんだけど、その切れ味ってさ」
「切れ味ってさ?」
「脳味噌の持ち主がいいお話を考えればいいんじゃね?」
「いいお話?」
「そそ、薬指くんの切れ味は要らなくて、脳味噌がキレッキレでいい話を妄想できるかってことなんじゃないかなって、俺思うんだけど」
「キレのある物語がかける脳味噌か、どうか」
「だから、薬指くんはすんげえかっこいいって。だって、硬いんだもん。それ、マジかっこいいから」
「キレのある物語がかける脳味噌か、どうか、か……。だな! 僕、何か見つかった気がするわ」
「おう、ぶらぶら揺れながら見てるから、これからも頑張れよ! 鋼の薬指!」
僕は鋼の薬指。
毎日鍛錬を積んでいる。
いつか脳味噌の持ち主がキレッキレの物語を書けるまで、僕は鍛錬を重ねていくだけなのさ。
****
そんな風に落ち着くとは、左手の薬指くん、恐れ入りました。
私、頑張っていいお話が書けるように精進いたします。
そんな、反省をした本日は、この辺で。
はやくこいこい! 月曜日!
集中してお話が書きたいよう!
なんのこっちゃな妄想日記、本日もお読みいただき、誠にありがとうございました。
***
なんと平和な日常か。
これは、当たり前じゃないんだよと、感謝しなくてはいけないんだよと、毎日自分の心に言い聞かせてます。
素晴らしい日々に、感謝です。
戦争の被害に遭われた方々へ、祈りをこめて。
――黙祷。
世界が平和になりますように。
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