第8話 穴があったら入りたい私を俺のライターが救った件

 

 昨日深夜につらつらと書いていた文章が酷過ぎて、あぁ私ダメすぎると落ち込む本日。悩み事を聞いてくれた友人にとてもとても心から感謝して、お前は妄想だけ書いとけボケェ! と自分を叱責し、さくっと書いたものをネット上からネット下に戻した。


 でも毎日パソコンには向かうと決めて始めたので、穴があったら入りたいほどすごく落ち込んでしまった私は、自分に打ち勝つために、勇気を振り絞って自室という名の倉庫に潜り、ノートパソコンを立ち上げた。


 落ち込む気分を盛り上げるためには、20代の頃よく踊りに行っていたクラブミュージックだ! と、スマホで検索。便利な世の中。


 ヘッドフォンをつけて私だけの世界完成。生プレイで踊ったことがあるお気に入りのアーティストのちょっと大人しめのダンスミュージックは、穴があったら入りたい私を20年前にタイムスリップさせてくれ、野外パーティーが目の前に広がってきた。


 サイケデリックなミュージックに色とりどりの閃光が入り、ステージではDJが生プレイ。ステージで踊るファイヤーダンサー、お酒とタバコとってとこまで書いて、タレントさんの事件とかもあったし、そういう想像になってしまったらあかんやつやん、と気づき軌道修正を試みるも、音楽に合わせて動いてしまう首と足はもう止められない。いえいえ、私はとても健康的で合法的に遊んでいましたので、そこはあしからず。


 楽しく体を動かしてパソコンのキーボードを打っていたらばあの頃いつも考えていた『俺のライター冒険談』を思い出したので、本日は20年脳内でお蔵入りしていたこのお話を今夜のおかずにしようと思う。



 『俺のライター冒険談』


 それは忘れもしないある日の野外イベントでのことだった。


 ロン毛の髪をお団子にまとめ、ジーパンにTシャツを着た僕の持ち主さんが、隣の人にライター貸してと言われ、はいどうぞと手渡した。僕はその時すぐに持ち主さんのところへ帰るはずだった。


 ところが僕の持ち主は、僕を貸したことを忘れて飲み物を買いに彼女と出かけて行ってしまった。


「おぅい、僕のこと忘れていますよ〜」


 と声をかけたが爆音のイベント会場では聞こえるわけもなく、僕は今まさに僕をポケットにしまったこの次の人の持ち物になった。


 すると次の持ち主さんがタバコに火をつけていたのを見ていた隣の綺麗なお姉さんが、僕を貸して欲しいと言った。ドレッドヘアーのよく似合う綺麗なお姉さんは、白くて細い指で僕の体をそっと抱きしめて、カチッと火をつけた。


 僕はこの人のライターになりたいなと心から思ったが、綺麗なお姉さんはありがとねーと言ってすぐに僕は二番目の持ち主さんのところへ戻ってきた。残念。


 すると今度は隣にいた汗ばんだちょっと小太りなお兄さんが僕を貸してくれと言ってきた。正直、手汗がすごくて嫌だなと思ったけど、そのお兄さんに火をつけてあげる優しい僕。でもここは嫌だな、戻りたいなと思う僕のことなんて忘れてしまった二番目の持ち主さんはその場から立ち去ってしまって見当たらない。


 まじで? 三番目の持ち主さんが生まれた瞬間の僕の心の声。


 残念だがそういうことになったようだ。僕は諦めた。いいさいいさ、いつも僕はそんな役目さ、そしてつかなくなったら捨てるんだろ? その辺にさ、分別もせずにさ。自分の人生の行く末くらい先輩から聞いて知ってるさ。


 三番目のお兄さんが動き出した。イベント会場を抜けて木々の隙間に色とりどりのテントが貼ってある薄暗い道を歩いていく。あぁ、テントに戻るんですね、だったらその時に今握っているその手から僕を放り投げて解放してやくれませんかねなどと思っていたら、とんでもないところにやってきた!


 トイレだ・・・・・。

 

 トイレ待ちをしている間三番目の持ち主さんがもう一本タバコに火をつけた。そしてトイレの順番は僕の予想より早くやってきた。ポケットにしまわれる僕。用を足す三番目の持ち主さん。そしてそのまま


 手を洗わんのかいっ!


 僕は思わず突っ込んだが、イベント会場の音が漏れて聞こえてくるこの場所にも僕の声は届くことなく、早めにこのポケットから抜け出さなくてはと脱出作戦を考えた。

 このまま火をつけてやろうか、そうすればお尻が燃えてポケットから出られるだろう! いやダメだ。僕には手がないではないか、誰かがこの頭についてるスイッチを押してくれなきゃだめだ。自分で火もつけれないだなんて、それじゃ使い捨てられるわけだよ。 

 でもその時奇跡が起きた。僕はちょっと小太りなお兄さんがしゃがんだはずみで地面に落ちた。


 良かった。このまま僕は三番目の持ち主さんに使われて捨てられるなんて未来はもうなくなった。ん? いや待てよ、ここはどこだ? 地面の上ではないか!

 

 「おっと危ない危ない、踏まれちまう、いって、いていてて。こんな終わり方嫌だ! 誰か拾って! できれば清潔感があってトイレの後に手を洗ってくれる綺麗なお姉さん! 」


 すると僕の願いは神様に聞き入れられた。神様マジ神。


 僕の四番目の持ち主さんは土がついた僕を拾ってくれて僕を見ている。

 実は僕はとある街にある場末のスナックの名前が書いてある真っ黒なライターだ。四番目の持ち主さんはそれをどうやら読んでいるらしい。友達と二人で知らねーなどと言いながら笑って僕を胸ポケットに入れた。


 三番の持ち主さんよりはマシだったので、僕はほっとした。二人組できてるらしい彼らはなんとあの光り輝くステージ裏へと向かった。なんとこの二人組は国内外で超有名なDJだった! すごい! そんな人にこれからステージで使われるだなんて! 神様マジ超神。


 ステージの上から大勢の人たちが踊ってる姿が見える。カチッと僕の頭を超有名なDJさんが押してくれる。そしてこの流している曲聞いたことある! っていうか、一番の持ち主さんがここにくる時車で聞いてたやつじゃないか! 僕の喜びは絶頂に達した。最高です。神様マジ超絶神。感謝感激、ライターに生まれてきて良かった!


 二時間半の超絶悶絶かっこいいライブを終えてオーディエンスの拍手と歓声を浴びた二人は手を振りながら笑顔でその場をさっていった。


 ん? 僕は?


 僕はDJブースに置き去りにされた。だがしかしこれは最高にハッピーな出来事だったのだ! この後翌日の12時まで僕は出演する世界中から来たDJさん達に使い続けられることとなる。やばい。神様マジ驚異的神っす! あざっす!


 こうして僕の素晴らしい時間はあっという間に終わった。すごくガスを使った気がする。心なしか身体が軽い。でも最高の1日だった。完全にトリップしてたわ。さて僕の次の持ち主さんは一体誰なんだろうかと、それともこのまま二日目もここで最高のプレイと臨場感を味わえるのかなんて想像した。そうだとしたらかなり最高です。神様マジここまできたら神超えてます。


 と思っていたのもつかぬまの夢であって、その後僕は撤収作業をしたスタッフさんの持ち物となった。五番目の持ち主さんだ。ん?よく見ると見たことのある人だ。彼も僕をじろじろ見ている。


 「ヤベー俺の実家のライター一周回って戻ってきたわ。マジ神。」

 

 

おしまい




 


 

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