第2話

「……でさ、こいつ罰ゲームとバレて振られてんの。ダッセーよな!」

「翔太?」

「……あ、わりぃ。何だっけ?」

「朝からお前、上の空だぞ?ぽけ〜みたいな顔してたし」


友達の新が俺の顔マネをして心配そうに聞いてきた。普段の俺なら友達の話を聞いて一緒に笑って、楽しく駄弁ったりしていたのだが、今の俺は友達の会話すら頭に入って来なかった。

ちらっと彼女に目線を向けると、いつものクール女子がただ席に座って読書をしてるだけのようだ。

あれは俺の見間違いだったのだろうか。

普段の彼女からは想像もつかなくて、俺は何て声を掛けたら良いか分からなかった。


「そういえば今日はやらないのか?」

「?やるって何を?」

「あれだよ!壁ドン」

「ブッ!!」

「吹き出すな!きったねーなぁ」

「な、何でそれを知ってるんだよ!!」


不意にそんな事を言われ、飲んでいたジュースを吹き出した。

俺は少しの焦りともどかしさで押し潰されそうな感覚を覚える。結局は壁ドンしても瀬戸口麻夏を惚れさせるのは無理があった。

それ所か、次の実行に移す気にはなれなかった。

何故なら昨日の瀬戸口麻夏のあんな泣き顔を見てしまったからだ。普段クール女子ってイメージが強い彼女だが、女子集団からあんな言葉を浴びせられ平常心を装うのは無理があるだろう。

瀬戸口麻夏も普通の女子だったんだなと、頬杖を突きながら彼女の方を見つめていると少し目が合った気がしたけど、直ぐに逸らされた。

彼女の事は良く知らないが、昨日の一件依頼、話し掛けてはいない。

まぁどうせ話し掛けたとこで、ガン無視されるのは分かっているしね。


「噂になってるからな〜。あのクールな瀬戸口さんに壁ドンする勇気、分けて欲しいと、後輩が話してたぜ?」

「思い出させるなよ!忘れていたのに!」

「「「あはははは」」」


いつもと変わらない日常、いつもと変わらず仲の良い俺達四人組は今日も楽しく会話を楽しむ。そしていつも変わらない彼女は、今日も図書室に行くのだろうか。


「そういやさ、お前。瀬戸口さんを惚れさせるのに成功したか?」

「え?」

「いやいや、え?じゃないだろ!罰ゲーム関係なしで、瀬戸口さんを惚れさせると意気込んでいたのは誰だ?」

「えーと……それは……」


そうだった。何彼女に同情心を抱いてんだ、俺!最初から罰ゲームとして、瀬戸口麻夏を自分に惚れさせるのが目的だった筈だ。

それがいつの間にか、彼女の事を自然と目で追い掛けていた。

昨日のアレだって、瀬戸口麻夏が言い返しさえすれば俺が態々、彼女を助ける真似なんてしなかった。

それに―――。



『そいつは俺の大事な女だから手を出すな』



俺ってば何勝手な事を言っちゃってんだ!

昨日の俺はどうかしてたんだ。

俺があんなキザっぽいセリフを言う筈がないんだ。

しかも、瀬戸口麻夏の目の前であんな恥ずかしいセリフを言ってしまうとは!!

彼女はいつもと変わらない様子だが、俺は平常心を保つなんて無理がある。

何であんな堂々と、クールに読書が出来るのか聞きたいぐらいだ。

見てるとイライラして来た。

そして俺は、今日こそ惚れさせる為にある作戦を練っていた。


作戦その②

彼女はいつも通り一人で図書室に行くだろう。先ずはそこを狙う。

これは昨日と変わらないが、あの女子集団に邪魔されてしまって失敗をしている。

だから作戦を少し変更して、彼女とに図書室へ向かい、図書室に入る前に彼女の耳元で囁くんだ。

『瀬戸口さんと一緒に読書がしたい』とな!

そして大体の女子が耳が弱いらしいから、これなら瀬戸口さんだってドキドキせずには居られないだろう。

ふふふ……。完璧な作戦だ!!


顔をニヤつかせ顎に手を当てると、瀬戸口麻夏が近付いて無言のまま、俺の制服の胸ポケットに小さな紙切れを入れてきた。

友達三人は彼女の顔しか見ていなくて、俺の胸ポケットに何かを入れたのに気付いていない様子だった。

瀬戸口麻夏の無視は継続中で、俺の方を見ずに真正面を向いたまま器用に入れてきた。

何がなんでも、瀬戸口麻夏を俺に惚れさせるまでは諦めたくない。

友達三人に分からないよう、さっき胸ポケットに入れられた紙切れを開いてみた。


(……!)


そこには小さい文字だが、「昨日はありがとう」と書かれていて、俺はその言葉にドキッとした。

昨日の放課後に助けた事、迷惑と思われていないと分かっただけで何故か嬉しい気持ちになっていた。

助けなければ良かったなんて、そんな考えはどこかに消えて、今は彼女の言葉が何よりも嬉しく感じる。

この気持ちは一体―――。


自分の胸に手を当てていると、新が席を立った。


「新どうしたんだ?急に席なんか立って」

「お前が無理なら代わりに俺が瀬戸口さんを惚れさせてみようと思ってな」

「……え?」


何を言い出したかと思えば、新は俺の代わりに瀬戸口麻夏を惚れさせると言い出した。嫌な予感はしていたが、まさか惚れさせるなんて……。


「あの感じを見ていると、ずっと無視されてるらしいじゃん?だから俺が瀬戸口さんを惚れさせる」


「は?何言ってんだよ。罰ゲームは俺なんだし、別にお前がやる必要は……」

「俺、本気だけど」

「え……?」


「俺のはただの憧れとかじゃなくて、ずっと前から瀬戸口さんに惚れてる。だからお前が罰ゲームとは言え、瀬戸口さんを惚れさせると言い出した時はびっくりした」


「でもお前、前罰ゲームで……」

「好きな女子だからこそ、罰ゲームなんかで告りたくなかったんだよ」


こいつの目を見て分かった。新は本気で瀬戸口麻夏に惚れている。

何故俺は一番の親友でありながら、新の気持ちに気付いてやれなかったのだろうか。


「新……」

「早くしないと昼休みが終わっちゃうな」

「おっ!本命に告白か?」

「頑張れよー!新!」

「おう!」


俺は席に座ったまま、暫く動く事が出来なかった。新のあんな必死な顔を見て、教室から飛び出すあいつを追い掛けるなんて出来る訳もなかったから―――。

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