第28話 親子の夜/出陣
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「そうか、スタンリーは相変わらずだな」
「スタンリー辺境伯と面識があるんですか?」
その夜、オーエンに報告に来たダグラスは、彼の台詞に少なからず驚いた。なにせ、目の前の男は少なくとも十五年は表舞台に出ていない、立派な引きこもり継続中のはずだ。
「元々、皇弟時代から付き合いがあったからね。あいつもまだ爵位を継いでなかった頃だよ」
「父さんの事情も伝えてあるんですね」
「いや、直接知らせた覚えはない。でも、気づかれてるみたいなんだよねー」
「は?」
「数年前かなー、所用のついでにスライゴに足を延ばすことがあったんだけど、皇都へ戻って数日後、手紙をもらってね」
「……色々突っ込みたいことがあるが、それで?」
「手紙は侍従長充てだったけど、彼が僕のところに持ってきたんだ」
「なんて書いてあったんですか」
「うろうろするな。身バレの元だ。気をつけろ、って」
「完全にばれてるじゃないかっ!」
「そうなんだよね~。変装してたし、隠密行動してたのに、なーんか色々ばれちゃったみたいでね」
「そもそも、なんで死んでるはずの人間が、スライゴまで行くんだよ…。っていうか、あなた本当に体調が悪いんですか? もうなんていうか、元気いっぱいですよね?」
「あの時はダグラスに会えなくて、本当に死にそうだったんだよ」
「やっぱり! ふざけるなっ、まったく…」
声を荒げる彼の目の前で、オーエンは嬉しそうに笑っている。すぐに怒気をそがれてしまったダグラスは、目線をそらすとぶっきらぼうに言い放った。
「心配させたんだ、母さんの分も長生きしてもらいますよ!」
「…ありがとう、ダグラス。ふふっ、やっぱりダグラスは優しいなぁ」
照れ隠しからそっぽを向く息子の赤くなった耳の後ろを、オーエンは優しい目で眺めていた。
その夜、二人で厨房に立った。ダグラスも軍部での下積み時代や遠征経験から簡単な物なら作れるが、オーエンの料理の腕前は料理人かと思うレベルだった。
「アイーシャと一緒に厨房に立ちたくて、料理を覚えたんだよ」
そうは言うが、ダグラスはこんな手の込んだ料理を食べた記憶などない。どちらかと言うと焼いただけ、煮ただけというシンプルな料理が多かったように思う。
多少の疑惑は残るものの、絶品料理に舌鼓をうった後は、ミリアの話題に終始した。
「そうか、ミリアちゃんは魔力値が低いのか」
「二百だと言われました」
一般的な魔力値が五百以上、千前後。上級学校で学費免除になる目安が千以上と言われているが、他にも特異な魔法が使えるなど条件は様々だ。大よその目安が魔力値と言われている。全国民の三~四分の一程は千を超えるので、そう希少という訳でもない。子供が三人居れば一人か二人は千を超える確率だ。
そしてどれほど低くても、魔力値五百はあるのが一般的だ。それの半分以下となるとかなり少数派だろう。出回っている魔道具のほとんどが、魔力値五百を基準に設定されているのも、そのためだ。
ちなみにダグラスやリーアムのように、二千を超える者は皇国全土を見ても特異レベルである。パットの千五百やヒューバードの千七百という魔力値でも、かなり多い部類に入る。
「じゃあ、魔道具を使えないのかい?」
「使えるかどうか、試す段階でなかったっていうのが正しいな」
「というと?」
「ミリアは自分の中の魔力の端を感じ取れなくて、その訓練の途中だった」
「あぁ、なるほど。そうか、それは前途多難だな」
ふとダグラスは、ミリアの特殊な能力のことを思い出した。すっかり忘れていたが、まだ誰にも伝えていない。
(……ミリアが戻ってきてからでも、問題ないか)
少しの間考えたが、今の状況で彼女の能力は影響しないと判断する。それよりも気になっている事を口にした。
「ところで、魔道具であちらの世界との通信は可能だと思いますか」
「ん?」
「ミリアに魔玉石を持たせています。彼女がそれを作動させて、それが俺に届くのかどうか」
「魔玉石か。そうだな、条件によっては届くだろうが、ひとつ問題がある」
「時間軸のずれ?」
「うん、それもあるけど、流れの早さの方が問題かな」
オーエンは琥珀色の蒸留酒が入ったグラスを手の中で転がしながら、さらに話をつづけた。
「ダグラスは、この世界と別の世界があるって思うかい?」
「……ミリアがその別の世界から来たと思うので、今はあると考えています」
「うん、ミリアちゃんの元居た世界も別世界だろうね。それとまた別で、この世界と同じ時間軸、現在を生きる世界だけど、歩み方が違う世界のことだよ」
「歩み方…」
「僕は、そういった別世界はあると考えている。そして精霊たちの国は流れが違う世界だと思っている。彼らは年を取らない。悠久の時の流れを生きている。それも僕らの世界に干渉しつづけて、ね」
ダグラスは手にしていたグラスをそっとテーブルに戻し、オーエンの自分と同じ色の目を見つめた。
「あくまで想像でしかないけどね。話を戻そうか。魔玉石の通信が届くかどうか、だよね」
「あ、はい」
「そこに絡むのは時間の流れの早さかな、と思う。発信したその時間に届かなくても、遅れた時間にはキャッチできるんじゃないか、と思っているよ。確証はないけど、時間の流れが逆向きでさえなければね」
「逆向きの世界?!」
「それは、あくまで想像の話だから。気にしないでいい」
結局わかったような、わからないような心地になったが、魔道具の通信は世界を超えると思う事にした。
(俺がこれを外す日が来るとは思わないが。……割れない限り)
それからも、ミリアが見つかった場合や連絡があった場合などの確認を細かく確認をして、夜遅くまで二人の話は尽きることなく続いた。
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臨時議会後、皇都では皇都警備兵を残して、大急ぎで討伐隊を編成し、議会の翌日には先遣隊を円で送りだした。その二日後、大規模な魔獣討伐隊本隊が出陣する日を迎えた。かつてない早さでの編成で準備が間に合わない物資は追って、スライゴへ届けられる手筈になっている。
第一魔法騎士隊を筆頭に、第二魔法騎士隊、リーアム率いる(最後まで駄々をこねていたが)魔導士隊、通常の騎士隊が六隊、さらに歩兵隊が四隊と、砲門部隊の一個中隊規模だ。一度に動ける数としては最大である。
皇城内での個々の見送りは禁止していたが、皇城の門向こうには多くの市民が駆けつけていた。沿道で出陣を見送るつもりだろう。
それをある程度予想していたのか、ヒューバードは出立式前に城門塔に上り、門の上をつなぐ回廊に立った。門前に集まる市民に姿を見せる為だ。ヒューバードは魔力を込めた声を響かせた。
「今から我々は魔獣討伐に向かう。皆の大切な家族を誰一人失うことなく、皆でまたこの地へ帰ってこよう。しばらく不自由な思いをさせるが、我らも力の限りを尽くすと誓おう。皆も心を一つにして、待っていてほしい」
兵を動かす=物が動くと同意だ。兵は平時より多くの食料を必要とし、武器や防具はもちろんのこと、薬や魔法回復薬、予備の軍服や彼らの身の回りの世話をする人員の分も含めると、膨大な物と金が動くことになる。
それらの捻出や負担を負うのは最終的に国民である。実際にかかる費用は国庫から支出しているが、国庫は領地からの、ひいては国民の税収で成り立っている。本来なら国民の生活向上のために使うべき金だ。魔獣討伐は国民の安全な生活のためだが、大量消費は影響が出やすい。働き手の不在という不便を、すでに国民に強いている。
(影響を最小限にするのが、皇帝である僕の役目だ)
ヒューバードは皇帝の言葉に歓喜の声を上げる民衆に背を向けると、兵士らの待つ城壁内の広場へ向かった。
各隊員と隊長、副隊長、さらに小隊長と総長、ヒューバードの側近を含めて総勢二百名を超す大所帯である。隊ごとに並んだ姿は実に壮観だ。
一緒に出陣するヒューバードは攻撃魔法の名手でもある。身に着けた軍服に付けられた勲章は伊達ではない。皇帝のマントを翻し、兵の前面に設けられた演説台の上に立った。ゆっくりと端から端を見まわし、皆の顔を見ていく。
「これより我々は、魔獣討伐の任へ向かう。かつてない規模の魔獣が出現したとの情報は、皆も聞いているだろう」
凛としたよくとおる声は、後列の兵までしっかりと聞こえた。魔力を使わない本物の声だ。皆が皇帝の生の声にはっとして顔を上げた。
「皆の不安も当然のことだ。だが、我ら討伐隊もかつてない規模の編成である。先遣隊はすでに現地へ飛んでいる。さらに現地には魔獣との闘いに慣れたスタンリー辺境伯率いる、我が国最強のスライゴ軍が待っている」
一旦言葉を切ったヒューバードは、自信にあふれた声色で、堂々と宣言した。
「恐れることはない。我らは必ずこの戦いに勝利するだろう!」
片手を高々と突き上げたヒューバードに、二百名の兵士も拳を突き上げて応えた。大歓声は門の外にいる市民にも届いた。
「いざ、出陣!」
ヒューバードの号令で、最初に第一魔法騎士隊が馬上の人となり、門をくぐった。先頭を行くダグラスの姿が見えると、沿道に集まった人々は大きな声を上げた。
「ダグラス隊長! 行ってらっしゃい!」
「キャー、ダグラス様~」
「頑張ってこいよ!」
「頼んだぞ!」
「隊長様~! こっち向いてー!」
掛け声に黄色い声が混ざるのは、ここ数年見慣れた光景だ。市民の憧れの的、魔法騎士隊の隊長が若くて独身とあれば、若い娘が夢中になるのも無理はないだろう。平民あがりの隊長は、市民にとってみればまさに希望である。
これまでの隊長が軒並み髭を生やした既婚者だったとあって、ダグラスとアルバートのコンビは、羨望の眼差しを向けるにふさわしい将来有望な若人である。
その片割れがついに昨年結婚したこともあり、ダグラスに人気が集中するのも無理はない。本人に浮いた話がないのも、人気に拍車をかけてしまっているが、当の本人は無頓着である。
「…おい、ダグラス。ちょっとくらい反応してやれよ」
そんな仏頂面のダグラスの横にアレックスが並んだ。急遽帰城したまま職務復帰してしまったので、結局彼に渡す手土産など用意しておらず、皇城内で買った皇都の酒を渡したら「適当すぎる!」と憤慨された。それ以来、妙に絡んでくるので、正直うっとうしい。
「必要ない」
「かー、お前相変わらずだな。遊びに行ってちょっと丸くなったかと思ったら、変わってないじゃないか」
「遊び…? もしかして休暇のことを言っているのか? 遊びとは程遠いが、…まぁ、有意義…と言えるのか?」
「おっ、いい反応じゃないか。それで、いい子居なかったのか?」
「いい子?」
「女だよ、女! お前ってば、こんなに声掛けられても丸っきり無視だろ。旅先で新しい出会いはなかったのかよ」
女という言葉に思わず、手綱を握る左手に視線を向けた。袖と手袋に隠れて見えないが、魔玉石がついた革紐が巻かれた手だ。ほんの数日前まで四六時中傍に居たはずの存在を示す物は、今ではこの頼りない魔道具一つだ。
「おーい、ダグラス? どうなんだよー」
いつの間にか考え込んでいた。まだ続いていた話題に、むすっと口角を下げるとぶっきらぼうに答えた。
「………黙秘する」
「それは居たってことだな! おい、教えろ、どんな子だ」
「うるさい。先に行くぞ」
「あっ、待てって! おい、ダグラス!」
早駆けさせるダグラスにさらに黄色い声がかかるが、そのまま兵団は何事もなかったように、長い行列の歩を進めていった。
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