第23話 痕跡/時間軸
(41)痕跡
「ね、ここ見て、妖精の輪だって。これってダグラス言ってた円い痕じゃない?」
「…あぁ、似てるな…」
ヒューバードが指し示す頁は、挿絵がついていた。大きさは様々で妖精が現れた痕跡であると、紹介されていた。特徴的なのは、綺麗な円形であると書かれている。
「確かにまん丸だった」
「決まりかな。ミリアちゃんの消えた先はだいたいわかったけど、問題はどうやって行くかだよね。そもそも精霊の国って一つなのかな」
「あぁ、確かに。違う国があってもおかしくないですね」
「年に何回か入口が開くってあるが、一番近い日でもまだしばらくある。ミリアがどういう状況かわからないまま、その日を待つのは無理だ」
「それはわかってるよ。だけど、他に方法が…」
三人が腕を組んで考え込もうとしたその時、じっと二人のやり取りを聞いていたオーエンが口を開いた。
「ちょっとこの件、僕に預からせてくれる?」
若い三人がぱっと顔を上げてオーエンを見た。視線を集めた彼は落ち着いた表情のまま、笑みを深くした。
「預かる…? どういうことですか」
「父さん、俺はすぐにでも森へ戻るつもりで…」
「気持ちはわかるよ、ダグラス。だけど、今はわからないことが多すぎるだろ? ちょっと僕が探ってみるから、その間は城に居てほしいかな」
「……いったい何をするつもりですか?」
ヒューバードが低い声でオーエンに問う。その声に振り返ったオーエンは、やはりにこりとすると、彼に応えた。
「それは内緒」
片目を瞑って人差し指を唇にあててオーエンが笑う。まだ不安の残るダグラスが隣のヒューバードを見るも、諦めたのか肩をすくめるだけだ。
「では、なるべく早めでお願いします。ハリーだけでは心もとないので」
「森の見張りは人を向かわせよう。叔父上、彼女の顔を知る人物をお借りしたいのですが」
「うちの部隊なら全員わかるよ。変化があったらすぐ知らせられるように整えてしまえばいい。他ならぬ息子のお願いだからね」
「全員知ってるとか…怖すぎるんだけど?」
「ヒュー様、そこは思っていても黙っているところです」
「ははは、照れるなぁ」
「「「褒めてない(です)」」」
見事に三人の声が揃った。それでもオーエンは笑っている。そして、軽く頭を下げるダグラスを眺めて、ヒューバードが明るく言った。
「よし、じゃあ今晩は飲むか」
「え? いや、俺は…」
「何言ってんの。ダグの愛しのミリアちゃんの事、根掘り葉掘り聞くんだから、君が来ないと始まらない」
「愛しのって…、ミリアはそんなんじゃない」
「えー? 皇都に連れて帰って来るのに?」
「それは、ミリアに戻る場所が無いからであって…」
「必死で取り返そうとしているくせに。面倒を見ていただけの相手なら、わざわざ探さないよね。――まぁ、いいさ。優しいお兄さんはダグラス君の恋のお悩み相談もしてあげよう」
「遠慮する」
「即答すぎる!」
「これまでの行いでは?」
「うるさいよ、パット」
「楽しそうだね。用が済んだら僕も行っていい?」
「うーん、ダグいい?」
「……変な話はしないぞ」
「色恋は変な話じゃないよ」
「しない」
「はいはい。じゃあ、また夜にね。君まだ休暇中ってことになってるから、うっかり姿見られないように。叔父上、こいつ寝てないみたいだから、薬でもなんでも使って寝かせといてくれますか」
「いや、俺は寝るつもりは…」
「ダグラス、いざって時のために、体調は万全にしておくべきだよ」
正論を説くヒューバードに、ダグラスは続けようとした言葉を飲みこむしかなかった。
「そうだね。即効性の睡眠導入剤を出しておくよ。安心して効き目が切れると、数時間ですっきり目覚めるから。僕は午後に少し外に出てくる。ヒュー、夜は先に始めてて」
忘れそうになるが、目の前の人物は世間から身を隠しているはずである。そんな彼の自由すぎる行動にも慣れているのか、ヒューバードは普通に言葉を返している。
(…あれ? 父さん、普通に元気…じゃないか?)
一人ダグラスだけが首を傾げたが、それを口に出す前にその場はお開きになった。
「ええ、じゃあまた。パット、戻るよ」
「かしこまりました」
パットは手早くティーセットと片付けると、小部屋から出して一般書庫のテーブルに置いた。その間にオーエンは隠し扉へ姿を消し、その後をダグラスも追った。
(42)時間軸
オーエンと連れ立って彼の宮へ来たダグラスは、有無を言わさず湯殿に放り込まれた。汗と汚れを落としてさっぱりした頃には、段々と頭が鈍ってきた。飲まされた即効性の睡眠導入剤は、素晴らしい効き目のようだ。すぐに寝台に座っているのもつらくなり、そのまま寝転がった。
『必死で取り返そうとしているくせに』
『面倒を見ていただけの相手なら、わざわざ探さないよね』
書物庫を出てからずっと口を閉ざしたままのダグラスは、ヒューバードに言われた言葉が、濁った思考の中に何度も繰り返し響いていた。
(大事にしたいし、守ってやりたいとも思う。俺はあいつを保護する立場だから、そう思うのは当然だろう)
誰に聞かれている訳でもないのに、一人言い訳を探している自分に気づくが、かといって素直にヒューバードの言葉に頷けるほど、ミリアに対する感情は整理できていない。
(もしも知らない場所で泣いているなら、胸を貸してやるくらい、なんでもない…)
ふと、泣いているミリアの隣に見知らぬ男が立つ光景が頭に浮かんだ。その男はミリアに手を伸ばそうとしていた。
(…やめろっ)
思わず腕をあげたつもりでいたが、実際には指がぴくりとしただけで、そのままダグラスは深い眠りに取り込まれていた。
ふいにヒューバードの声が聞こえる。
「…――ねえ、ダグ。聞いてる?」
「――え」
「やっぱり、聞いてない」
おもむろに顔を上げ、瞬きを繰り返す従弟に、自称兄は苦笑する。
「…あ、えーっと。悪い」
「別にいいけど。何考えてたのか、だいたい想像つくし。で、僕と同じのでいいのかい?」
ヒューバードがグラスを掲げてみせるが、ダグラスは首を横に振った。ここは、日が暮れた後のヒューバードの私室だ。パットと三人でささやかな酒宴のようになっている。
「いや、俺はやめておく」
「アッシュも一緒だし、すぐにどうこうって訳じゃないとは思うけどな」
「ああ、わかってる。酒を飲む気分じゃないだけだ。……あ、そういえば魔玉石は精霊の国でも通知が届くだろうか?」
「あー、どうかな?」
「さっきの本に何か載ってないですか?」
「ちょっと待って、確認しよう」
皇帝権限で持ち出した禁書本をテーブルに置き、三人が頭を突き合わせて確認していく。
「……あ、ヒュー様、ここ」
「なになに、……ん? 時間軸?」
「時間?」
ヒューバードがテーブルに乗り出して、パットが指さしていた箇所を速読していく。古い言葉で書かれたその禁書本は、さらりと読むには適していない。
「……あ~、そういうことか。これは魔玉石の仕組みでは厳しいかな。つまり、彼らの国の時間の流れる速度と、こっちの世界の時の流れる速度が違うと書いてある」
「時の流れ…?」
「うん、あっちで一日でも、こっちだとそれ以上ってことみたいだね」
「は?」
「それ以上って、具体的にどのくらいか、わからないんですか?」
「うん、倍かそれ以上としか書いてないね。ミリアちゃんが消えたのが、日没直後だっけ」
「そうだ」
「ってことは、だいたい丸一日か。まだあちらは半日か、それ以下?」
「魔道具についての記述はないな。魔道具自体が普及したのは最近だから、この本が書かれた時代に使われてなかったんだろう」
「待ってる方が長いっていうのも、嫌ですね」
ぽそりと口にしたパットの言葉はそのまま静かに消えた。広い室内に束の間沈黙が下りた。
「…ミリアが、一人で長い時間を過ごすよりかは良い」
口を開いたのはダグラスだ。その台詞に目を丸くしてヒューバードとパットは目を見合わせた。その言葉の裏にどんな思いが隠されているのか、少し考えたらわかりそうなものだ。
(なんだかなぁ。嬉しいような、もどかしいような)
ヒューバードは苦笑するしかなかったが、その表情は優しいものだった。
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