第24話 再会/小人たち


  (43)再会


(大変なことになったわ)


 この一大事を引き起こした張本人エリンは、今もふわふわと浮かんでご機嫌そうにしているが、ミリアはアッシュの首に腕を回して縋りついていた。とにかく、アッシュと離れてはダメだと本能に従った行動だ。少々他力本願なのはご愛敬である。


 ミリアは深い息を心掛けながら、辺りの様子を伺う。否が応でも上がった心拍数はまだ落ち着く気配がない。何しろ、エリンが得意気に指を鳴らした途端、屋外から一転、見たことのない建物の中に移動していたのだ。


「ようこそ我が家へ!」

「……エリンのおうち…?」


 小さな体なのに、彼が我が家と呼んだこの場所は、人間が過ごしても十分すぎる広さがあり、調度品も小さな彼のサイズとはまるで合っていない。常に宙に浮かんでいる彼が家具を使う必要がないからとも、考えられないこともないが、仮にそうであるならそもそも家具など置く必要がない。


 今いる部屋一つでも、森で過ごしたあの小さな家がすっぽり入りそうな広さである。ぶしつけにもきょろきょろと部屋を見渡していたミリアは、ふとエリンの向こうに目をむけたまま、動きを止めた。小さなエリンの後ろに、一人の男性が立っていた。


 ミリアは、その人物に視線を止めたまま、縋り付いていたアッシュから手を離して、ゆっくりと立ち上がった。大きな目をさらに見開いて、小さな口はぽかんと開いている。



「ミリアかい…?」


 小さなバリトンの声が彼女の耳に届いた。ひどく懐かしく、優しい低いこの声を、彼女は良く知っていた。口に当てた指先が小さく震えている。エリンの向こうに立っている人物をミリアが忘れるはずがない。



「………まさか」

「おぉ、確かにミリアだ。良かった、ちゃんと人間になれたんじゃの。ほら、よく顔をみせておくれ」


「お、おじいさん…?」

「あぁ、そうだよ。ミリア、元気そうで良かった」


 立ち尽くしたまま一歩も動かないミリアの背中を、アッシュが鼻先でずいっと押した。押されるまま、ふらりとミリアが足を動かしておじいさんの数歩前で再び足を止めた。ミリアよりこぶし二つ分ほど目線が上で、記憶にある彼の姿と変わりがない。



「私は元気…よ? そうじゃなくて、おじいさんなの? 本当に?」

「わしじゃよ。ミリアには、怖い思いをさせてすまなかったなぁ…」

「あぁ、……おじいさんっ!」


 たまらずミリアはおじいさんの腕の中に飛び込んだ。彼はミリアを優しく迎え入れると、腕を背中に回してぎゅっと抱きしめた。



「良かったぁ、おじいさん生きていたのね! ……わたし、私っ、おじいさんが倒れた時、何もできなくて…ごめんなさいっ」


「あっちの、人間の世界ではちゃんと死んでるよ~」

 そう答えたのは、エリンだった。その言葉にミリアは慌てて振り返った。


「え。ど、どういうことなの?」


「ミリア、落ち着いて。わしなら大丈夫じゃから、ゆっくりあっちで話そう」

「え、ええ…」


 おじいさんに促されて、近くの椅子に腰を下ろした。どうにも落ち着かず椅子に浅く腰かけると、その足元にアッシュが足をそろえて座った。



「それで、おじいさんは、……その、い、生きているのよね?」

「この世界では、な。エリンの言うとおり、あの時わしは元の世界で確かに人生を終えておるよ。その後、新たな生をこの世界でもらったと言うのが、わかりやすいかの」

「そそ、じいさんの功績を称えて特別ご招待~! って訳」


 自分自身のことを忘れて、ミリアは『そんな不思議なことがあるのね…』と素直に驚いた。



「ミリア、それよりしっかり顔を見せておくれ。……あぁ、やっぱり綺麗な瞳だ。前より輝きが強くなった気がするなぁ」

 向かい側に座ったおじいさんは、ミリアの胸元に視線を向けた。


「その石は、あの彼にもらったのかい?」

 すかさずエリンが口をはさんでくる。


「いい石だよね! まだあっちにこんなのがあったのはびっくりだけど」

「そうだな。まさかミリアが持っているとはな。……懐かしい細工じゃ。加護もまだ生きているようだしの」


 二人はミリアの答えを待たずに彼女の胸元で光る小さな石に少し興奮ぎみだ。



「加護…? さっきも言っていたけど、この石は何か特別なの? あ、でも、これはもらったわけではなくて、彼から預かっているだけよ。失くすといけないからって」


 そうミリアが言うと、おじいさんは目を丸くした後、肩を揺らして笑った。



「そうかそうか、なんだかわしの若いころを思い出すのぉ。いやぁ、若いのぉ。わしもあと三十、いや四十若ければのぉ。……それで、ミリアはその彼のところに『帰りたい』のかね?」

「そう! 帰らなきゃ。心配しているわ、きっと」


 それでもさきほどのエリンの言葉の示す意味の方が気になった。



「あの、それで私はどうしてここへ呼ばれたのかしら」

 石談義をしていた二人は、ミリアの声に顔をこちらへ向けた。




  (44)小人たち


 ミリアの言葉に、おじいさんがエリンに向かって口を開いた。


「エリン。お前さん、ミリアにちゃんと説明をしたんかの?」

「したよー。呼んでる人がいるからーってちゃんと宣言してから、移動したし!」


「それは説明とは言わんぞ。ミリア、すまんなぁ。エリンも悪い妖精じゃないんじゃが、どうにもせっかちでな」

「俺様は良い妖精だよ! 人間に悪いことなんて、してないし」


 エリンは抗議するかのように、ピュンピュン忙しなく飛びながら喋っている。目が回りそうになるので、できれば少しじっとしていてほしい。



「ではエリン、お前さんに聞くが。突然知らない場所に連れてこられて、そこに知らない相手しか居なかったらどうする?」

「俺様はミリアを知ってるから、知らない相手じゃないよ」

「ミリアの立場で考えてごらん」


「………うーん、ちょっとだけ不安になる…かもしれない?」

「その知らない相手が、目に見えない力を使って自分をどうにでもできると感じたら? いつのまにか別の場所へ連れて来られたら?」


 ちらりとミリアを見たエリンは、ようやく宙に浮いたまま止まった。



「……ちょっとだけ、怖い…かもしれない」

「そうじゃな。そういうことじゃよ、エリン」


 おじいさんの怒るでもない優しい口調は、じんわりと胸に響いて、不思議とじっと耳を傾けてしまう喋り方だ。優しく諭されたエリンは、パッとミリアの目の前に飛んでくると、勢いよく頭を下げた。



「ごめん! ミリアがそんなに怖がってるなんて、知らなかったんだ! 怒ってる…?」


 絶えず動いている羽は相変わらずキラキラしているし、小さな顔の細い眉を下げて悲しそうに聞いてくる様は、無邪気な子供のようで可愛らしい。実際はまったく可愛らしくない力を持っているが。何もわからず不安だった気持ちもおじいさんとの再会で幾分落ち着いている。ミリアはにっこりと笑った。



「あの、…確かに怖くて不安だったけど、アッシュが居たし、彼が警戒を解いていたから、悪意がないのはわかっていたの。だから、そこまで怖くはなかったから大丈夫よ」

「ばう」


「じいさん、大丈夫だって!」

「そういう所がどうもな…。すまんな、ミリア」

「いえ、まぁ、はい。ふふっ、大丈夫よ」


 森で光に包まれてから、ずっと不安でたまらなかった心が少しだけ落ち着いてきたのが分かった。そんな彼女の緊張が和らいだのを感じたのか、アッシュがミリアの手をぺろりと舐めた。



(ありがとう、アッシュ。あなたがいてくれてよかった)


 ミリアは、少しの間アッシュの頭を撫でてやると、向かい側に座るおじいさんに視線を戻した。



「おじいさん。わからない事が多すぎて何から聞いたらいいのか困ってしまうのだけど、どうして私がここへ呼ばれたのか、……あと、私がなぜ森へ、人間として世界を渡ったのか、教えてください」

「そうじゃな…。まずはそこからか」


 優しく微笑む目の前の老人は、説明に困るというより話すべき内容の多さにわずかに苦笑した。



「話が長くなりそうじゃ。お茶でも飲みながら話そうか」


 そういうとおじいさんは、ちらりと後ろを見た。その視線を追ってミリアも顔を向けると、扉の影から小さな塊がいくつもこちらへやってくるのが見えた。



「えっ」

「大丈夫じゃよ。お茶の用意をしてくれるだけだから。座ってなさい」

「え、あ…はい」


 無意識のうちに浮かしていた腰を再びソファーに下ろすと、小さな塊がすぐ近くまでやってきていた。


「……小人さん?」

「ブラウニーという種族だよ。彼らも精霊、妖精じゃな。こまごまとした家事を得意としとる」


 エリンとはまた違うタイプの小さな人型をした彼らは、正直あまり見た目は可愛くない。茶色い髪に茶色い目、手足は短めで、体に対して頭が大きく感じる。エリンのような羽はなく、皆せっせと歩いている。特徴的なのはかぎ鼻だ。大きさに違いはあるものの、どこかしら歪んでいるのだ。


 ミリアが目を丸くしている間に、彼らは不機嫌そうな見た目に反して、テキパキとテーブルの上にお茶の用意をしていく。あっという間に整えられたティーセットに驚いているミリアの前に、一番体の小さな小人が可愛らしい焼き菓子の皿をそっと置いた。恥ずかしそうにするその仕草が思いのほか可愛らしくほほえましくなった。


「とっても美味しそうね。どうもありがとう」


 ミリアがにっこりと笑ってお礼を言うと、その小人だけでなく退出しようとしていたすべての小人が一斉にミリアに振り返って動きを止めた。


『褒めてくれた! 褒めてくれたよ! お礼も言ってくれた!』


「えっ?」


 突然頭に響いた声にミリアは目を瞬いた。そして次の瞬間、彼らは一斉に号令でもかけたかのように、全員が逃げるように部屋の外へ走って出て行ってしまった。


「ど、どうして!?」

「ふぉふぉ。ミリア、さっそくあやつらに気に入られたようじゃな」

「……えっと、とてもそうは見えなかったのだけど」


(さっきのは、あの子たちの声…かしら? 確かに喜んでいたけど)


「あいつらは恥ずかしがり屋だからの。菓子を褒めてもらえたのと、慣れないお礼に、今頃大はしゃぎしとるよ」

「そうなのね…」


 中々、妖精たちの言動は奥が深い。


(嫌われた訳じゃなくて良かったけど、声が聞こえたように思えたのは、気のせいかしら)


 エリンはさっそく菓子にかじりつき、おじいさんはそんなエリンをたしなめつつ、ミリアにお茶をいれてくれた。自身の前には湯気をたてる黒い飲み物、おそらくかつてのお店でいつも飲んでいた珈琲だろう、それが置かれている。軽く礼を言い、淹れてくれたお茶を飲む。


(とにかく見た目に惑わされないように、気を付けないと)


 見た目は強面な小人たちだったが、仕草も行動もとても可愛らしかった。ミリアがお茶を一口すすったところで、おじいさんの話が始まった。


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