第22話 書物庫/禁書


  (39)書物庫


「精霊の類は伝承としていくつもあるけど、現実の出来事とは思われてないのが一般的だ。証人も証拠もないからね。だけど、昔は精霊を見たという老人も、町に一人や二人居たもんさ。書かれた時代も人も国も違うのに、そのどれも共通点があったりするのも実に興味深い」


 ダグラスもミリアの事がなければ、精霊だのなんだの、おとぎ話の一つと考えていた一人だ。実際に説明つかない事象を目にした今も、全面的に受け入れているかと言えば、まだ疑う部分も残っている。だが、現実に一人と一匹が姿を消した。それは揺るぎない事実だ。


「僕は合理主義者だけど、見えないからってすべてを否定している訳じゃない。最高位の魔力を駆使したとしても説明のつかないものを、おとぎ話だと、頭から認めないのは愚か者のすることだ」


 おとぎ話だろうとなんだろうと、彼らに関する情報なら残さず手にいれたいし、そのために皇都へ戻って来た。ダグラスは武を優先した結果、必要最小限の学問しか修めていない。まさかこの年になって、もっと勉強しておけばよかったと思う日が来るとは思わなかった。


 それに比べて、皇子であるヒューバードはまさに文武両道の人だ。皇帝の座に就く前は言うまでもなく、頂点に君臨した後も彼の知識量は誰よりも多く、その判断は迷いがない。皇都へ帰って来た一番の理由は、彼の意見を仰ぎたかったのもある。


「それにしても、記憶が昔すぎてさすがに曖昧だ。書物庫へ行こう」



 ヒューバードと書物庫を目指す。後ろからパットと護衛が着いてきた。書物庫の鍵を開けると護衛は入口外に立った。いつもの定位置なのだろう。


 書物庫の奥、鍵がかかった扉の中に、皇族専用の禁書が収蔵されており、そこへ入る時はいつも人払いをする。今朝は早朝なので書庫番も出仕前だ。ヒューバードはダグラスを手招きすると、護衛を残して書物庫の扉を閉めた。そのまままっすぐ奥の扉へ向かう。


 小さな扉の奥はこじんまりとしているが、思っていたよりも蔵書量が多かった。棚がびっしりと壁を取り囲み、中央に机とソファーが置かれているのが見える。


 パットが魔道具のランプを付けてまわる。火を使わないランプで、ここのような火気厳禁の場所で使われている。貴重な禁書を直射日光から守るためだろう、窓がなかった。


「表の書庫の方にも精霊に関する書物はたくさんあるけど、確か禁書の方に面白い事を書いていた本があったはずだ。あれは、どこだったかなぁ」


「……えーっと、俺も入っていいのか?」

 入口で尻込みするダグラスに、ヒューバードは胡乱な目を向けた。



「ダグ、もう忘れちゃったの? 君、れっきとした皇族だよね? 第一、パットも一緒だろ。一応表向きは皇族専用になってるから、ここへ来る時は人払いをするけど、つまりは入る人間を統制しているだけだ。いいから、早く入って。この中から見つけないといけないんだから、目は多い方がいい」


「――それなら、僕も参加していいかな」

「叔父上!」

 いつからそこに居たのか、オーエンが小部屋の入り口に立っていた。


「と、父さん…」

「ダグラス、お帰り。しばらくぶりだね。君が帰って来たって聞いたもんだから、来ちゃった」

「来ちゃった、じゃないですよ…。叔父上、ちょっと急いでるので手伝いなら許可しますが、おしゃべりに来たのならご退場いただきますよ」

「もちろん、手伝いに来たんだよ。精霊の記述を探すんだろ。だったら、こっちだ」




  (40)禁書


「……いつもながら、耳が早いことで。じゃあ、ミリアちゃんの説明も必要ないですよね」

「うん、必要ないよ。人形から人間になって、さらに精霊に連れていかれるなんて、中々出来ない体験だよね」


 本の背表紙を指先でたどりながら、さらりと言うオーエンにヒューバードは笑顔のまま頬をひきつらせた。


「絶対に敵に回したくない人だな…」

「妻子に関わる事で僕が知らないなんて、あり得ないだろ?」

「………いや、あり得るだろ…普通は」


 ヒューバードはあからさまに嫌悪感を滲ませ、ダグラスは呆れを通り越して真顔である。そんな二人に二コリと笑うと、オーエンは楽しそうに話をつづけた。


「ここは僕の宮から直接来られるから、書庫番が帰った後よく利用しているんだ。禁書本なら、僕かなり詳しいよ。――あ、これかな?」


 オーエンにかかると、もはや鍵の意味などどこにもない。とにもかくにも、彼の登場ですぐに目的の本が見つかった。机に移動し、ぱらぱらと紙をめくっていき、あるページで指を止めた。


「あ、ここだ。妖精の国と人間の国の行き来についての記述だよ」

 四つの頭が小さな本を一緒に覗き込んだ。



「…確かに、条件が書いてある…」

「なになに、あちらの世界と繋がりやすい日…? うーん、どれも微妙にずれてるな。あとは? 時間帯か」


「陽が暮れた直後ってのは、当てはまる」

「そうか。でも、それくらいしか当てはまってないよね? そんな瞬間、毎日あるんじゃない?」

「……でも、ミリア達は実際に消えた」


「あ、あとやっぱり妖精たちの力が必要って書いてあるな。ミリアちゃんって実は妖精なんじゃない?」

「いや…、ただの人間にしか見えなかったが」


「そういや、妖精って性別がないって別の本で読んだことがある。じゃあ、実は服を脱いだら、男でも女でもなかった! とか?」

「それはない。確実に女だった」


「………ダグラス? 君がそう断言できるのは、どうしてかな?」

「父さんに正直に話してごらん。君はミリアちゃんに何を、どこまで、したんだい? ん?」


 二人の表情は綺麗な笑みで固まっているのに、まるで目が笑っておらず、己の失言に気づいたダグラスは、背中に冷たい汗が流れたのがわかった。



「ち、ちがう! いや、違わないけど、いやっ、違う! 手を出したわけじゃない!」


 何を思い出したのか、耳の後ろが赤くなっている。鉄仮面を装っている時も、知る人ぞ知る彼の弱点だ。あからさまに焦った様子は肯定していると言っているようなものである。


「へ~…性別がわかるほど見たことは、否定しないんだ」

「これは早々に嫁取りの準備を進めとかないと。いや、孫に会える日も早いんじゃないか?」


 二人は楽しそうに話を進めていく。あきらかにからかわれているのだが、さらりと流せるような内容でもない。



「だから、違うっ! 凍傷になりかけてたから、濡れた服を脱がしただけだ。断じて意識のある相手の服を脱がしたわけじゃない!」

「意識のない相手の方が、問題あるんじゃない?」

「なっ」


「わかった、わかった。ダグラス落ち着いて。ヒューもそれくらいにしてあげよう。そうか、人助けをしたんだね。偉いなぁ、ダグラス」

「………全く嬉しくない。俺を何歳だと思ってるんだ?」


「ちえっ、面白かったのに。叔父上は過保護だなぁ」

「ヒュー様、…ほどほどにしないと嫌われますよ」


 パットの冷たい声をまるっと無視して、ヒューバードは何食わぬ顔で本を覗き込んだ。


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