第14話 元孤児の出自/父子


  (22)元孤児の出自


『さて、それで君はどうするつもりだい?』

『どう、とは?』

『君の出自を公にするか、これまで通り孤高の狼を貫くか。僕は君が皇族の名乗りを上げると言うなら、協力は惜しまないよ』


『それ、わざわざ答える必要あるのか?』

『皇族らしく、ターナーを名乗るってことかい?』

『そっちじゃない! これまで通りってことだ!』


『怒るなよ、冗談だって』

『まったく、あなたの冗談はタチが悪いっ』

『ふふ、君は可愛いね。本当に弟だったらよかったのに』

 ふっと柔らかい笑みを向けられると居心地が悪くなる。優しくされるのに慣れていない。照れ隠しに早口で反論する。

『とっくに成人した男に、可愛いはない』


『そうかな? そういやあの人さ、あんな成りしてるけどいい年なんだよね。アイーシャ様と出会った時、三十は軽く超えてたから、少なく見積もっても六十歳かな』

『ろ、六十!?』


 せいぜい五十歳くらいだと思っていた。思わず母親との年齢差を計算してしまった。


(母さんの倍!?)


 目を見開くダグラスに、ヒューバードは少々ずれた返事を返した。


『うん、皇族にしては長生きの方だよ』




 ダグラスは二日前にオーエンから渡された指輪を、首元から取り出してヒューバードに見せた。


『あぁ、皇族の指輪だね。僕もあるよ。忌々しいことにアイツもね』


 現皇帝のヒューバードには、同じ母から生まれた妹が二人いる。上の妹は数年前嫁に行き、末っ子のエマ皇女は今も皇城に住んでいる。さらに、第二皇妃キーラの子、第二皇子キリアンがいる。ヒューバードの腹違いの弟だ。


『オーエン様がこれを俺に渡した理由は…』


 皮紐に通した指輪を手に取る。皇族の男子、皇位継承権が発生する子には父親から新たな紋章と共に指輪が送られる。将来、皇帝になった場合は玉璽と同じ意味を持つ。この小さな指輪は持ち主の身分の証明だけでなく、皇族として議会の決定権が付随している。


 もちろん、皇帝が覆すことはできるが、その権利は貴族が持つそれよりずっと大きく重い。それを一軍人が持っていていいのか、という気持ちの方が今は大きい。


『それは君が考えることだよ。あとこれは僕の個人的な願いだけど、一度くらいは父上と呼んであげてほしいな。きっと馬鹿みたいに喜ぶと思う。君が生まれた時、本当に嬉しそうだったんだよ』

『……それは、もう少し時間が』


『わかってるよ。でも、これだけは知ってて。君は両親に望まれて生まれてきたんだ。君の本当の名前は、ダグラス・ゲーリック・ターナーだ。教会は守秘義務があるけど、本人が望めば正式な書類もちゃんと手に入る。一緒に居られた時間は短かったけど、本当に二人共、心から君を愛していた』

『………』


 今さらだとは思う。だけど、やはり長年奥底にしまっていた想いはあった。だから、愛し合う両親から望まれて生まれたのだと聞かされると、知らずと熱がせりあがって来る。慌てて顔をうつむかせた。


『……はい』


 そう答えるのが精いっぱいだった。ヒューバードは向かい側に座る彼の肩を軽く叩くと立ち上がった。ダグラスに兄弟は居ないが、一番近い存在は間違いなくヒューバードだ。


『さ、今日も呼ばれているんだろ。君を定時で上がらせないとこっちに苦情が来る。死んでるくせにうるさいんだ、叔父上は』


 茶化して言う彼に自然と口角が上がる。袖口でぐいっと目尻を拭って、ダグラスも立ち上がった。


『精々、孝行させてもらいますよ。死人ですけど』

『そうだね。我儘な死人をよろしくね』


 明るく笑ってヒューバードはベルを鳴らした。政務の時間だ。控えの間からパットが入って来る。ダグラスはさっと臣下の礼を取り、任務に戻るべく執務室を後にした。




  (23)父子


 呼び出された日から二日と空けず、夜のひと時をオーエンの宮で過ごす事が多くなった。初日以降は隠し通路を活用している。カーテンを締め切った部屋のベッドの上で、話す内容は今日の仕事の事や、これまでの出来事を問われるまま答えている。


 最初の方はぎこちない空気があったが、それも日を追うごとに慣れてきた。何日か一緒に過ごすと、相手の性格もおのずとわかってくる。初日こそ口にしなかったアイーシャとの出会いの話は、その後、ほぼ毎日聞かされる羽目になった。


(これはもう、誰かに言いたいだけなのでは…?)


 そうダグラスが思うくらいには、オーエンは今も亡き母を想ってくれているのだけは嫌と言う程わかった。



 そしてダグラスが休暇の今日。二人で昼食を取った後、彼は人気のない中庭にオーエンを連れだした。窓も締め切った部屋の中に、終始籠りきりではいくらなんでも体に悪いと思ったからだ。


 立ち上がったオーエンは、ダグラスとほぼ目線が変わらず、自分の恵まれた体型は父譲りだったのだと知った。立ち上がった体格を見て、腰まで届く長い髪に違和感を感じる。


 男性に長髪が居ないことはないが、長くてもせいぜい肩の下あたりで、その場合でも束ねていることが多い。オーエンがほぼ寝たきりの生活をしているせいかもしれないが、そうではない気がした。


『その髪は何か理由があるんですか?』


 ダグラスの問いに彼は薄く笑っただけだった。オーエンは口にしなかったが、生前の彼女が長髪もきっと似合うはずだと無邪気に笑って、いつか見てみたいと言っていた事に起因している。アイーシャの祖国は長髪が多かったのだとも。生きている内に果たせなかった儚い二人だけの約束だ。



 封鎖された宮の中庭は、元々皇族の宮なだけあって、中庭という割にはかなり広さがあった。だが手入れをやめた庭の末路は、かなり悲惨である。元花壇らしき場所は人の背丈ほどの草むらに変わり、枝が伸び過ぎた庭木は、唯一歩ける遊歩道の邪魔になっている。


 気分転換になればと思い連れ出したが、庭を愛でる習慣のないダグラスでさえ、余計に気分が滅入りそうな見事な荒廃っぷりである。その荒れ放題の庭の様子など気にならないのか、オーエンはいい笑顔で明るい声を出した。


『僕、恥を忍んで長生きしてよかったな。まさか大きくなった息子とこうして過ごせるなんてね。これで、あっちに行ってもアイーシャに土産話が出来たよ』


 ゆっくりと進むオーエンを気遣い、手を添えてはいるが意外にも彼の歩みはしっかりとしている。そんなオーエンをちらと見て、ダグラスは小さな声で言った。


『母はまだ来るなって言っていると思いますよ。……俺もそう思ってるし』

『ありがとう…。うん、そうだね。もう少し頑張るよ。――そうだな、次は孫を目標にしてもいいな』

『孫?! いや、そんな予定はまったくないから』


『そぉ? 君、彼女に似て顔は良いし、体つきなんて文句なしだし、何より立派な役職まであるじゃないか。君がその気になれば、選り取り見取りだろう?』

『……この国の人間、特に貴族と深い関係になりたくない。正直なところ、悪い印象しかない』


 顔を顰めてそう答えたダグラスを、オーエンは横目で見る。彼の過去を想えば当然だろう。密かに警護していたオーエンもそれは知る所だ。



『確かに、それはそうか。まだ平民の方がいいか…。――じゃあ、嫁探しの旅に出るってのはどうだい?』

 オーエンは邪気のないいい笑顔でそう言い放った。


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