第4話 赤い血
小さな公園に少女はいた。右側のブランコに座って太腿には紙袋を置いている。顔は綻んで今一度、ポケットから今日の成果を取り出した。綺麗に折り畳まれた紙幣を開き、青い空に掲げる。
「初めてだよ」
感慨深い声を出して手を下ろす。紙幣を前の状態に戻してポケットに収めた。気分は上向き、両足が地面を軽く蹴った。
ブランコが前後に揺れる。タイミングを合わせて両足を使う。曲げたり伸ばしたりしていると揺れ幅が大きくなった。べたついた長い髪が生まれた風に洗い流された。
目を細めた瞬間、少女は前方に飛ばされた。俯せに倒れた状態から四つん這いの姿となり、衝撃を受けた背中を手の甲で摩る。紙袋のパンは飛び出し、少女と同じように砂に塗れた。
「ここは僕たちの公園だぞ!」
「そうだ、出ていけ!」
「汚いから消えて!」
辛辣な声を少女に浴びせる。顔を向けると三人の子供だった。きちんとした身なりの男の子が二人。女の子はふわふわとした白いドレスを着ていた。
「ここは皆の公園だよ」
言いながら少女は立ち上がる。紙袋を拾うと周囲に落ちていたパンを回収した。
見ていた女の子は愛らしい顔を歪めた。
「まだ食べるつもりだよ。信じられない!」
「おまえなんか、砂でも食べてろ!」
青いシャツの男の子が地面の砂を握って少女に投げ付ける。他の二人も同じ行動に出た。
速い腕の振りから放たれる砂は少女の肌を痛め付ける。目を開けることもできない。突然の砂嵐に巻き込まれた旅人のように
「あんた達、何してるのよ!」
その怒鳴り声で三人はぴたりと手を止めた。一斉に顔を真横に向ける。
艶やかな黒髪を乱し、咲千香が紫色のスカートを翻して走ってきた。咳き込む少女の側に立つと子供達を睨み付けた。
「なんだよ、おまえは!」
「あんた達が何なのよ。
「あたし達の公園にいるから、追い出そうとしただけだもん」
女の子は口を尖らせて言った。
「あんた達の為に作られた公園じゃない。皆が楽しく使うところでしょ」
「こんなのがいたら楽しくない」
丸顔の男の子が少女を指差した。無理に笑って、ごめんね、と口にした。横にいた咲千香が横目で睨む。
「あんたが謝る必要はないよ。悪いのはこいつらなんだし」
「でも、わたしがいたら楽しく遊べないかもしれない」
少女は自分の衣服を見て儚げに笑う。薄汚れたワンピースに付いた砂を力なく手で払った。
「こんなヤツ、僕ひとりで十分だ!」
男の子は一方を見て走り出す。花壇の囲いに使われたレンガを踏み砕く。手頃な物を掴み、少女を睨む。
「あんた、やめなさい!」
意図に気付いた咲千香は少女を庇うように立った。
「どけよ! 邪魔するな!」
男の子は制止に構わず、大きく振り被る。
「やめて!」
少女が声を上げた。咲千香の前に強引に割り込む。飛来したレンガの破片を側頭部に受けて俯せに倒れ込んだ。間もなく乾いた地面に赤い血が流れる。
目にした三人は異常な程に震えた。
「血があんなに。赤いよ。なんで!?」
「怖い。わたし、なんか怖い」
「僕は、悪くない。僕のせいじゃないんだ!」
青いシャツの男の子は真っ先に逃げ出した。二人は、待って、と叫びながら同じ方向に走っていった。
「千紗、しっかりして! ねえ、目を開けてよ!」
咲千香の声に少女は言葉にならない唸り声を漏らした。
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