第146話 宇宙からスローライフを込めて
久々に地上に戻ってきて、空を見上げてみる。
青空に、網目状の構造物が見えた。
俺たちが作った宇宙ステーションである。
日々拡張され、そろそろ星の半分を覆う大きさになっている。
日差しを遮らないよう、基本的には網目状になっている。
それにどうやら、構造材は受けた太陽光線をそのまま地上に送り出せるようだ。
不思議な仕組みである。
こんにゃくで出来ているのかもしれないな。
『リセンボンたちから報告が来ているな。海の向こうにいた魔人たちが、交流のためにやって来ているそうだ。既に恭順の意を示しているらしい』
一緒に降りてきた逢魔卿から、意外な話をもらう。
「驚いた。魔人はもっと好戦的なもんだと思ってたが」
『ヘルズテーブルの魔人たちを全て平らげ、神に至った魔人侯に抗おうという愚か者はいなかったのだろうな。わらわとて、今のタマルとやり合おうとは思わぬ』
からから笑う逢魔卿。
そして目を細めた。
『だが気をつけよ。力で勝てぬのなら、色香で惑わせて取り入ろうとする魔人はいるかも知れん。わらわのようにな……』
ふーっとか耳に息を吹きかけてくるので、大変なことになりかかった。
まずいぞ、逢魔卿が俺を攻略に来ている。
俺のそっち方面における守りは極めて脆弱なのだ。
豆腐並の防御力を自負している。
『……そなた、本当に打たれ弱いな……。ことこちら方面では、わらわがその気になったら数分で落とせるではないか。ポタルめの心労は耐えぬなあ……。まあ、あのハーピーもこうしてタマルを放っておいて、宇宙開発を楽しんでいるが』
「あの娘も鳥なので、目の前に楽しいことがあると他の事を考えられなくなったりするのだ」
『難儀なことだ』
けらけら笑う逢魔卿。
その後、恭順のためにやって来たという魔人侯たちと会った。
ケンタウロスみたいなやつとか、甲冑を纏った白鳥みたいなやつとかがいた。
良かった。
俺に色仕掛けしてくるタイプはいない。
『この世界は、色仕掛けで渡っていけるほど甘くはないからな』
逢魔卿がまた笑う。
こ、こいつー!
俺の弱点を分かってて煽ったなー!?
そう言えば確かに、ヘルズテーブルは物理的に襲いかかってくるやつしかいなかった。
暴力だけが支配する世界だったのだな。
もし、暴力と色香が支配する世界だったら、俺はもう一つの力の方にあっけなくやられていたことだったろう。
俺が色仕掛けに極めて弱いことは、黙っておかねばな。
『あなたが天より来た災いを退けし、新たなる神タマルか』
「そうです」
『オー』
『オー』
魔人侯たちが感嘆した。
『見た目は貧相だが、見ていて薄ら寒くなる凄みがある』
『俺には思いもよらぬ手段で一撃で無力化されそう』
的確な判断をしてるやつがいるな。
だが、彼らのそういう危機察知能力が、俺へ恭順するという選択肢を取らせたのだろう。
向こうの世界にも兄弟神はいて、彼らは概ね俺に従う意思を示しているそうだ。
空の半分を覆わんとする宇宙ステーションを見て、戦意を喪失したらしい。
『判断が正確だ』
今日の逢魔卿はよく笑うな。
『そちらの魔人侯は奥方で?』
『いかにも』
「いかにもじゃねえよ」
当たり前みたいな顔で返答するな逢魔卿!?
こうして、他の地方との交流も始まった。
ヘルズテーブルであったこの世界は、それぞれの魔人侯が覇を競い合う戦国時代を終え、平和な時代へと向かいつつある。
世界の主役は人間ではなく、魔人になって来てるけどな。
そもそも人間の生き残りが全部で100人くらいしかいないので、数を増やしていくには他の種族と結婚していく他ないのだ。
純血の人間はあと100年もすればいなくなるだろう。
『タマルさんタマルさん、新しい仕事なんだなもし』
「なんだなんだ」
ヌキチータが新しい仕事を持ってくる。
それは大抵が、大変な労力を必要とする作業なのだ。
『宇宙のこの辺りのオーバーロードが集まる会議に出席するよう、タマルさんに打診が来たんだなもし』
「なぜ俺が! 俺は一介のスローライフを愛する男なのに」
『一介の男が環境保護艦隊を壊滅させたりしないんだなもし。ここ最近のオーバーロード業界では、大型新人が登場したとの話題で持ち切りなんだなもし。僕の顔を立てる意味でも一緒に出席してほしいんだなもしー』
「仕方ないなあ。ヌキチータの頼みだからなあ」
『そなたは本当に身内に甘いな』
その通りだ……。
こうして俺の予定はずんずん埋まっていく。
だんだんスローライフをやっている暇も無くなっていくのである。
生前は、決定権のない平社員で働いて過労死。
今度は全権を握ったオーバーロードとやらになって、過重労働をすることになるとは……!!
「だがいいか、ヌキチータ。俺はこの会議が終わったら、また半年くらいスローライフしかしないからな! 色々な決定権はヌキチータを代行として任せることにする」
『任せてほしいんだなもし! だけど感慨深いんだなもし~。僕が連れてきた、ただの転生者だったタマルさんが、あっという間に僕の上に立つオーバーロードになっちゃってるんだなもし。まさか僕も誰かの下について働くとは思ってもいなかったんだなもし~』
「俺もだよ。人生は何が起きるか分からん……」
『これからも、想定しないことが起きるに違いなかろう。だがそなたなら乗り越えるだろう、タマル?』
「おう。常に想定外だったからな。想定外は日常だよ」
三人並んで空を見上げる。
宇宙ステーションは、さっきよりも少しだけ伸長されたように見えた。
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