第6話 魔曲のハーピー

 買ってきたラジカセから環境音楽を流し、ゆったりした気分になりながら荷馬車の旅を楽しむ。

 トロルのじゅうたんはモチモチしており、この肌触りも楽しい。


『いきなり妙なものを買ってきたかと思いましたが、そのラジカセなるもの、なかなかいいですな』


「だろう。文化の香りだ」


『トロルのじゅうたんもいいですなあ。裸足で乗っているとこのモチモチ感覚が癖になりますな』


 鎧を脱いだラムザーが素足でじゅうたんをペタペタやっている。

 この男は、四本腕の筋骨隆々な人間みたいな外見をしている。

 装備品もそれに合わせた特別製だ。


 ところが、俺が作ったトロル装備は、こんなラムザーでもピッタリマッチするのである。

 装備した瞬間に形状が代わり、ラムザーに合わせた四本腕用の鎧になる。


『鎧も着心地がモチモチしておりますな』


「トロルはもち肌なんだなあ」


『カタカタ』


 骨次郎もそうだそうだと言っております。

 そんな感じで、ゆったり音楽など聞きながら、俺たちは湖にやって来たのである。


『おや? 何か聞こえますな』


 ラムザーが耳を澄ませる。

 俺はラジカセを止めた。

 骨次郎がちょっとがっかりした。


 すまんな。あとでかけてやるからな。


 ラジカセの音を消してみると、なるほど。

 遠くから何か、歌声のようなものが聞こえている。

 きれいな声だ。


『おお……美しい歌声……』


 ラムザーが何やら怪しい目つきになった。

 トロンとしながら外に出ていく。


「おいおい。ホネノサンダー、ラムザーを追うんだ」


『カタカタ』


 ふらふら歩くラムザーを、荷馬車が追いかける。

 湖畔は、この地獄めいた世界ヘルズテーブルに似つかわしくないくらい美しいところだ。


 普通の木々が立ち並び、緑が大地を覆っている。

 湖は空の光を浴びて青く煌めき、ヘルズテーブルでなければ俺だって、水際でキャッキャウフフと水遊びを楽しみたいところである。


 でも絶対湖の中に人を喰う怪物とかいるでしょ。


 なので、このラムザーを惹き寄せる歌声は絶対に危険なやつだと判断できるのだ。

 やがて湖畔を外れ、ほど近い丘に達した。

 そこには崩れかけた、古代の神殿のようなものがある。


 神殿は半ばまで木々に飲み込まれており、残っているのは外壁ばかり。

 木の合間から、歌声は聞こえてくるようだった。


『カタカタ』


「なにっ、周囲に敵が潜んでる?」


 骨次郎があちこちを指差す。

 そこには、黒い翼を持った怪物が確かにいるではないか。

 すっごい凶悪な人間の顔を持った大鷲って感じだ。


 これはハーピーかな?

 ハーピーにはフリアとディーラという二種類がいて、醜くて獣みたいなのがディーラ。

 なんかギリシア神話に出てくる感じのちょっと神っぽいのがフリアなのだ。


 こいつらはディーラだな。

 俺は虫網を構えた。


『カタカタ!』


 骨次郎が慌てた様子で、俺の肩をぽんぽんする。


「なんだなんだ。前を見ろって? 忙しいなあ。……あっ!」


 そこには、神殿の上から舞い降りる真っ白な翼があった。

 美しい女の上半身をして、腕が翼だ。


 ハーピーのフリアだな。

 それが歌いながら、ラムザーの前に降り立ったのだ。

 これはラムザーが食べられちゃうか、もしくはハーピーって女子しかいないからあれですわ。嬉しくないハーレムというやつですわ。


「それは困るな。そして数が多い」


 俺は虫網を収納し、ラジカセを手にした。


「ラムザーは俺のスローライフの、最初の仲間だ。そしてラムザーだけハーレムになるのは許さん!! 経験するなら俺が先だあああああっ!!」


 環境音楽のスイッチをオン!

 そして音量を最大限まで上げる!


 すると、爆音の環境音楽が丘の上に響き渡った。


「!?」


 フリアがギョッとして歌を止める。

 他のハーピーたちも、俺に向かって襲いかかってこようとして……。

 爆音にやられてばたばたとのたうち回っている。


『はっ!? わ、我は一体』


「ラムザー、危ないところだったな。危うくハーレムだったぞ」


 俺は彼の肩をポンポン叩き、荷馬車の中に押し込んだ。

 そして、ラジカセの音を出したまま、虫網を装備。

 フリアと対峙するのである。


「何者……? 私の歌を妨害する歌の力。魔人とスカルガイストを従えるお前……。魔人侯……?」


「いかにも……」


 そういうことにしておく。

 フリアが明らかに俺を警戒し始めた。

 魔人侯っていうのはやっぱり凄い存在なんだな。


「私の邪魔をするな、魔人侯。私はこうして餌をおびき寄せて、お姉さまがたに捧げなければならない……」


「それはあれなの? なんか無理やりやらされてる的な?」


 問いながら、俺はじりじりと接近していく。

 このじりじり接近、なぜか相手に動きを察知されないのだ。


「私は醜く生まれてしまった存在。だからお姉さまがたのために尽くさなければならない」


「美的感覚の違いかあ。どうだ、うちに来て一緒にスローライフしないか?」


「スロー……?」


 ここで、虫取り網の射程範囲である。

 妹が怪しい男と対峙していることに気づいたハーピーたちが、慌てて起き上がり、俺に襲いかかろうとしている。


「話は後だ! おりゃあ!」


 スポッ! と虫網はハーピーをゲットした。

 アイテムボックスに、ハーピーのアイコンが出現する。


『ギャア!?』

『ギャアギャア!?』


 ハーピーたちが驚いているな。

 俺は全力ダッシュで荷馬車に飛び込んだ。


「ホネノサンダー! 撤退! 撤退!」


『カタカタ!!』


 かくして、爆音の環境音楽を流しながら、俺たちは湖畔を後にする。

 ハーピーたちが追ってくるのだが、環境音楽が邪魔をして、おいそれと接近できないようだ。

 街道まで来たところで、ハーピーたちは諦めて去っていった。


「帰ってしまった」


『街道はより強大な怪物たちの領域ですからな』


「えっ、俺たちそんなところを走ってるの?」


『街道を外れると先刻のトロルのような、怪物の一団が襲ってきますからな』


「本当に地獄みたいな世界だなヘルズテーブル」


 しばらく道を走ったところで、アイテムボックスからハーピーを取り出した。


▶この場に飾る

 解放する


 解放するってのが選べるんだな。

 では解放だ。

 真っ白なハーピーが、その場にボインっと言う音とともに出現した。


「うわーっ! いきなり森の中から狭いところに! あっ、お、お前は魔人侯」


「いかにも……。タマルである。どう? 契約しない?」


「う、ううう……」


 ハーピーが泣きそうな顔になった。


「お姉さまたちもいない……。私一人ではお前に勝てない……」


「そうだ。つまり君は自由なので俺たちとともにスローライフをするしかない……」


「スロー……なに?」


『いいものですぞ。タマル様と一緒だと、今まで見たことなかったものが見られますぞ。そして美味しいものが食べられたり、新しい装備が得られる。タマル一味に加わるのだ』


『カタカタ!』


「美味しいもの……」


 ハーピーが明らかに揺れた。


「ナマモノじゃないやつ?」


「シチューとか作る。料理のレシピが手に入ったら、美味しいものが色々作れるようになるだろう」


「う、ううう……。せ、選択肢はなさそうね。分かったわ、契約するわ」


『ウグワーッ! 住人が増えました! 150ptゲットです!』


「なに、今の!?」


「俺が何かしらイベントを経験すると鳴り響く声だ。気にしなくていい」


『そして実はこの方は正確には魔人侯ではなくて、なんだかよく分からないものだ』


 いきなり真相を明かすラムザー。

 ハーピーは目を見開いた。


「なっ、何よそれー!! 私に嘘をついたわね!?」


「俺は『いかにも』しか言ってない……」


「汚い! やり口が汚い!」


 キーキー騒ぐハーピーだったが、シチューの残りをあげたら途端に機嫌を直したのだった。

 こうして、ハーピーのポタルが仲間に加わったのだった。


 UGWポイント

 850pt



▶現在のタマル村の住人

 タマル:村の代表

 骨次郎他七兄弟:スカルガイスト

 ホネノサンダー:スカルガイストホース

 ラムザー:魔人兵

 ポタル:上位ハーピー

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