第39話与一の夢(与一目線)
おっとうが最近お土産を持ってくるようになった。
そのお土産は握り飯やさば味噌煮等の料理だった。
見た目は普通だったけど食べて驚いた。
こんな普通の料理なのに生まれて初めて食べたぐらいの衝撃の美味さだったのだ。
最初は食べるだけで満足していたけど、どうやって作っているか気になり始めた。
おっとうの話に聞き耳を立てると時々作り方や材料なども話していたが聞いて驚いた。
その料理人はおっとうから貰った卵で料理をしたらしく、その料理がたいそう美味かったと話していた。
卵が美味しいだって…そんな事あるもんか。
作り方も料理人も日に日に気になって仕方がなくなり、遂にその店に行ってみることにした。
僕も何度か行った事があったから場所は知っている。
店中は数人のお客さんと一人の女の人がいた。
確か、昔おっとうの知り合いのよしとか言う人だったけ。
僕が探しているのはこの人では無い。
そっと、裏口に回り料理場を覗く。
調理場には若い女性が忙しそうに動いていた。
だが、後姿だけなのであの料理人かわからない。
後姿だけで手際がいい事だけはわかった。
一瞬でいいから顔見れないかなぁ。
心の中でそう願うと綺麗な女の人と目が合った。
噂程じゃないけどまぁまぁ…美人だと思う。
彼女の後ろに置いてある黄色いものに目が留まる。
あれ…食べ物なのか?
「お前…本当に変な料理作るんだな。それ…。」
それは何か聞こうとしたけど、言葉が出てこなかった。
彼女は何か考える素振りをする。
「これ、味見してみる?」
「食べてやっても…ぃぃ。」
どうやら彼女には俺が腹が減った子供に見えたみたいだ。
ちょっと腹立つが、彼女の料理が気になるのでそういう事にしてやった。
食べればあの黄色い正体も聞かなくてもわかるだろう。
「はい、どうぞ。」
「ん…。変なの…渦巻き?」
皿には玄米の塊の上に黄色い渦を巻いたものがのっていた。
初めて見る形だ。
黄色いのは見るからに柔らかそうだ。
黄色い物からは俺の知らない匂いがして、玄米からは酸っぱい匂いがする。
この飯…食えるのか?
少し怖いが一気に口の中に突っ込む。
なんだ…これ…甘くて酸っぱくて……甘い!
「…甘い…。」
玄米から酸っぱい匂いがしていたから腐ってないか心配だったが、わざと酸っぱくしていたみたいだ。
黄色は思った以上に柔らかく、そして甘い…。
果物の甘さとは少し違う気がするがなんだろう。
まぁ、とにかくこの二つがすごく合っていて美味しい。
「甘酒が入っているから少し甘いんだよ。」
甘酒…?
おっとうの口からいつだったか聞いたような気がする。
帰ったら聞いてみるか。
皿に落ちたのも全部食べたが…物足りない。
もう少し食べたいなと思っていると皿に黄色のものを二つのせて渡された。
食べたいと思っているのに気付かれて凄く恥ずかしくなる。
これじゃ、本当に腹を空かせた子供じゃないか。
恥ずかしくて一気に口に突っ込んで食べてしまった。
もう少しゆっくり食べればよかったと後悔…。
皿にのった料理を全て食べてしまい、いつこの場を去るか考えている店の外から誰かが呼んだ。
声が聞こえる方向に女の人が気を取られた隙に走って逃げた。
理由はないけど、でも何となく逃げた。
今日食べたあの料理の事を俺は生涯忘れることはないと思うほどに美味しいものだった。
それから、毎日通うようになった。
あの料理の作り方が知りたい一心で…。
使われているのは玄米と甘酒ぐらいしかわからなかった。
甘酒はおっとうから聞く話によると甘い酒らしい…そのままじゃないか。
黄色の正体は謎のままだ。
見てればわかるだろうと思ったけど、いつ来てもあの黄色いのを作っている様子はなかった。
何回か声を掛けられたが、あいつは俺が腹が減ってこの店に来ていると思っているらしくおにぎりを食べるかと聞いてきたことがあった。
勿論断った。
それからは質問されても喋らなかった。
別に意地を張ってたわけでもあいつを好きになったわけでもない…。
理由は何となく…だ。
日差しが強い日、また性懲りもなくまた話しかけてきた。
そろそろ喋ってもいいかなって思うけど、いつの間にか喋りずらくなってしまった。
そんな時に黄ばんだ水を渡された。
匂いを嗅ぐとほんのり梅の匂いがした。
見た目はどう見ても飲める水に見えない…。
飲もうかどうか悩んでいたらあいつから先に飲んだ。
その美味しそうな顔に釣られて俺も飲んでみると、甘く酸っぱい水だった。
こんな美味しい水があるのかと驚いた。
この人は水まで美味しく出来るらしい。
そもそも水に味を付けようなんて思わない。
自分の常識が覆された。
黄色の料理の事は聞けなかったけど、この黄ばんだ水の名前を聞くことは出来た。
梅じゅーす、と言う名前らしい。
作り方も梅と蜂蜜を入れて混ぜるだけで簡単に出来るみたいだ。
俺にも作れるかな…そう心の中で喋っていたつもりだったが、口に出していた。
しまったと思い、その場から急いで逃げてしまった。
次の日、気になりまた行ってみるとあの人の話声が聞こえてきた。
俺を探しているらしい。
足音が近づいて来たのがわかり、慌てて薪の隣にしゃがんで隠れる。
外に出て辺りを見渡し、俺を探している。
振り返った時に目が合い、あいつは俺の目の前にしゃがみ笑う。
「クッキー、一緒に作ろうか。」
いきなりの言葉に、つい頷いてしまったけど…くっきーって何だ?
作ってみればわかるか…。
黄色の奴を出来れば作っては見たかったけど、くっきーとやらも気になる。
あいつが言った通りに鍋に用意された材料を入れていくが、卵が出てきた時には驚いた。
本当にこの固いのを食べるのか…話は聞いていたけど…。
あいつが見本に卵を叩き割る。
すると中からどろりとした物が鍋に入った。
俺も真似して叩いてみるが中々割れない、今度はもう少し強く叩いてみると卵が割れた。
だけど強く叩きすぎて中身が少し出てしまった。
あいつが鍋を引き寄せてくれたお陰で何とかなった。
卵から出たのを見てみると水の塊の真ん中に黄色の丸が浮かんでいた。
これを食べるのか……美味しそうには見えない。
真中の黄色はあの料理に似ているような気がしたが気のせいだよな。
そして、全ての材料を混ぜると餅のような塊が出来た。
「次は好きな形を作って見て。形は何でもいいんだけど、厚さだけ気を付けて欲しいんだ。大体このぐらい。」
あいつの手の平にはへらべったい丸いのがのかっていた。
花でも生き物の形でもいいらしいので、俺も好きな形を作る。
最初に作ったのは俺のおっとうの道具…。
その道具を使って仕事をするおっとうは誰よりもかっこいい。
俺の自慢のおっとうだ。
道具の形を一通り作ったら、次はやっぱり黄色のあの料理の形をいっぱい作った。
中々上手く出来たと思う。
その時にあの黄色い料理の名前がやっとわかった。
どうやら、玉子のお寿司と言うらしい。
せっかく作ったくっきーを竈の中に入れた時は頭が可笑しくなったのかと思った。
せっかく作ったのを燃やすのかと、だけど違った。
初めて見る焼き方だったけどどうやら焼いているみたいだ。
焼きあがったくっきーは少し温かく甘くて美味しかった。
三つの変わったくっきーを食べたがどれも見たことも食べたこともない美味しいものだった。
でもやっぱり美味しいのは俺が作ったくっきーだな。
あいつは俺が作ったくっきーを全部持たせてくれた。
おっとうにも食わせてやりたいと思っていたからすごく嬉しい。
家に慎重にくっきーを持って行きおっとうの帰りを待つ。
日が暮れ始め家の中も薄暗くなってきた頃におっとうが帰って来た。
早速、おっとうに今日作ったくっきーを見せる。
「おっとう!見てくれ俺が作ったんだ!!」
「お前が…?どれ。」
おっとうは俺の頭を撫でながらくっきーを掴み、興味深そうに見る。
「これは…金槌の形か?」
「うん!当たり!」
さすが、おっとうだ。
俺が作った形を一瞬で当てる。
あの人はよくわからないみたいだったが、どこからどう見てもおっとうの道具だ。
おっとうは大きな口でくっきーを一口で食べてしまう。
「っ旨いな…。」
おっとうは驚きながらも嬉しそうに食べてくれた。
俺が作った初めての料理が褒められたのがすごく嬉しい。
次は何をおっとうに作ってあげようか考えながら一緒にくっきーを食べた。
その時、俺の心の中に料理人という夢が出来たのだった。
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