第35話男の子

最近、ある男の子が店に来るようになった。

お寿司をあげてから毎日来ている。

料理場には井戸に繋がる裏口があるのだがそこからこっちを覗いているのだ。

お腹空いていて見ているのかと思っていたがどうやら違うらしい。

以前、おにぎりを渡してみたが首を振って断られた。

そして、今日もまたこちらを見ている。


「あら、あら、また見に来てるよ。あの子。」


「はい、一体何が目的でしょうか。」


「この前、おにぎり断られたんだろう。わからないねぇ~。」


ひそひそ話をするが、年長者のよしさんもあの子の目的はわからないらしい。

少年にばれないようによしさんが小さく笑う。


「もしかして、あんたを見に来ているんじゃないかい。噂になってるらしいじゃないか!」


「えっ、私ですか?!噂って料理の方の、ですよね。」


「さてね~。」


よしさんははぐらかしながら出来上がった料理を運びに行った。

注文された分を作り終え、覗いている少年に話しかけてみた。


「見てて楽しい?」


「…。」


少年は無言のままだ。

会話が出来ない、どうしよう。

少年の近くまで行き、しゃがんで名前を聞いてみる。


「名前は言えるかな?」


「…。」


少年は俯いてしまった。

名前もまだ言うつもりはないらしい。

参ったな…。

日中はまだ暑いできれば、中に入って欲しいんだけどな。

仕事中に男の子が熱中症になって倒れないか心配になる。


「そこ暑いでしょ。中に少し入らない?」


「…。」


む、無言…。

何かきっかけが欲しいところだけど…。

何か無いか調理場を見渡すが何も無い。

軽い食べ物とかがあればよかったんだけどなぁ。

せめて、ジュースとか…。

そうだ、作ってたんだ。

渡す前に味見をしないと思っていた。

日が当たらない場所に置いていた壺が二つ。

その一つを持ってきて、中をかき混ぜる。

湯飲みに壺の中に入っている液と水を入れてまた混ぜる。

どうかな、喜んでくれるかな?

ジュースを男の子に進めてみる。


「これ、作ってみたんだけど飲んでみない?甘くて美味しいよ。」


男の子は興味深そうに両手で湯飲みを受け取ってくれた。

第一関門は突破したけど、飲んでくれるかな?

飲んでも大丈夫だという事を知らせるためにまずは自分の分を飲んで見せた。

そうすると、男の子も湯飲みに口を付けてくれた。

ジュースを飲みながら男の子の様子を伺う。


「甘くて…。酸っぱい…。」


ゴクゴクと喉を鳴らしてジュースを飲んでいる。

喉がやっぱり乾いてみたい。


「もう一杯飲む?」


「…んっ。」


小さな返事をして私に湯飲みを差し出した。

もう一度ジュースを作って男の子に渡す。

私から湯飲みを受け取ると今度は味わうよにゆっくり飲む。


「これ…梅…?」


「うん、当たり。梅だよ。」


もう一口飲みながら斜め上を見ている。

もしかして、何が入っているか考えているのかな?


「甘いのは…なに…?」


「この甘いのは蜂蜜。」


「聞いた事ある。虫から取れるって…。」


そうか、この時代にはまだ蜂蜜は高級品で平民の口に入ることは無いに等しい。


「蜂の巣から取れるんだよ。甘い蜜がね。それを使ってるから甘いの。」


この説明でわかるかな?

立ち上がり蜂蜜を皿に入れて持ってきた。

現物を見せてみる。


「これが蜂蜜。舐めてみて。」


自分の人差し指に蜂蜜を付けて口の中に突っ込む。

口の中が甘さで支配された。


「うん、甘い。」


男の子も私の真似をして人差し指に蜂蜜を付けて恐る恐る口の中に。

男の子の目が見開きキラキラ輝く。


「甘いっ…。」


男の子に皿にある蜂蜜を全部あげると、あっという間に食べてしまった。

甘いのだけ食べたせいで喉が渇いたのか今度は壺を指を差した。

うーん、これも結構甘いと思うんだけど…。

本人のリクエストだし、いいか。

もう一度、梅ジュースを作ってあげる。


「与一(よいち)…。こいつの名は…?」


いきなりの自己紹介に困惑したけど、名前を聞けて良かった。

湯飲み中に入っている名前を知りたいみたいだ。


「これは、梅ジュースって言うんだよ。」


「じゅーす…?」


「えっと、甘い飲み物の事かな。」


そうだよね、ジュースわからないよね。

蜂蜜と梅ジュースのお陰で与一くんと会話出来るようになった。

少しは心を開いてくれたかな、そうだと嬉しいけど。


「どうやって作るの…?」


「作り方は意外と簡単だよ。梅と蜂蜜を入れて、後は毎日一回壺の中を混ぜればいいだけ。ん?」


与一君が何か喋っている。

小さな声を聴き取る為に耳を近づける。


「………かな。俺にも作れるかな…。」


なんとか聞き取る事に成功した。

与一君は下を向いていた。


「ね、与一君。…ってちょっと待って!与一君!」


作れるよと伝えようとしたら、走って逃げてしまった。

気付かなかったな…。

与一君は確かに毎日私を見ていた。

私の料理方法を見ていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る