第34話私がおつまみ作ります!

彼らはお酒を一口飲むとそれぞれ注文したものを口に入れた。

りゅうさんは梅干しを、とらさんは味噌と塩を…だ。

何かの冗談かと思ったが、時次さんと次郎さんは一向に二人を止めない。

まさか…と思いながら時次さんに聞いてみる。


「あの、塩とか味噌とか梅干しってお酒と一緒に飲むのが普通なんですか?」


「そうです。大体、味噌、塩などはお酒と一緒に出される事が多いです。」


そう言えば以前時次さんがそんな事を言っていたのを思い出した。

今の今まですっかり忘れていた。

塩と味噌はお酒と一緒に出すのはわかったけど梅干しは?

時次さんは私の疑問を読み取り、私が質問するより先に答えた。


「梅干しは…あの方が好きだからとしか…。」


時次さんは梅干しをちびちび食べているりゅうさんを遠い目で見ていた。


「あっ、でも塩っぱいので合う…かも知れないですよ…。」


りゅうさんをフォローしようと思ったけど私にはこれが限界。

何せ梅干しと一緒にお酒を飲んだ事がない。

塩、味噌、梅干し…高血圧になりそう。


私は少し考えた後、皿を下げつつ調理場に向かった。

あの光景がこの時代の普通なのだろうが見ていられなかった。


そこで、おつまみを作ってみる事にした。

今日は幸いな事に海の幸がいっぱいだ。

その中からイカを撰択する。


今から作るおつまみは私もお父さんも大好きなイカ料理。

おばあちゃん直伝、イカの丸ごと肝焼き。

これを作っていこうと思う。


まず、イカの下ごしらえをし、いかのゲソを一~二本に切り分ける。

肝を一口大に切って胴の中にゲソと一緒に入れ、胴のそでの部分を竹で作った串で閉じる。

味噌と醤油を合わせたものを塗り、焼いていくとイカと味噌と醤油が焦げた香ばしい匂いがしてきた。

この匂いに釣られて料理場に皆やって来た。


気持ちは分からなくもないけど。

とらさんが興味深そうに見ながら言った。


「中々来ないと思ったら、料理をしてたのか。これは…烏賊いかか。」


「はい、お酒に合うつまみ…料理を作ろうと思って。」


味噌、塩、梅干しの他にもお酒に合うものがある事を知って欲しかった。

この料理はお酒に凄く合うから気に入ってもらえると思う。

何度も味噌と醤油を混ぜたものを塗り焼いていくと匂いも強くなっていく。

時次さんがクンクンと匂いを嗅ぐ。


「いい匂いですね。待ちきれないです。」


「ふふふっ、もうそろそろ良いと思います。」


いい塩梅で焼けたらこれで完成。

この料理は結構、簡単に出来る。

丸ごとのイカに皆、興味津々だ。

食べやすいようにイカを輪切りにする。

切り口から肝の汁がトロリと出てきた。

うっ…食べたい、切らないでかぶりつきたい…。

皿に盛りつけ、机に持って行こうと思ったが皆ここにいるし…どうせなら……。


「少し行儀が悪いですが、ここで食べますか?」


全員、余程お酒が美味しかったようで、手にはしっかりと盃が握られている。

お酒もあるし皆いるし今日は特別にここで食べてもいいかもと思い提案した。

とらさんは直ぐに私の案に賛成してくれた。


「この匂いを嗅げば待ちきれないからな。俺はかまわない…が…。」


じっとりゅうさんを見る。


「面白そうだね。私もかまわないよ。」


時次さんと次郎さんもいいみたいだ。

皆で冷めないうちに一口食べ、お酒を飲む。

とらさんはイカの肝焼きをまた一口食べ驚いている様子だった。


「これは…旨いな。いや…旨い。」


そうでしょう、そうでしょう。

調味料を食べるよりは美味しい自信はありますよ。

他の皆も言葉を失っているようだ。

しばらくして次郎さんが喋りだした。


「旨い…ですね。この、肝がいい。」


次郎さんから旨いをいただきました。

今日初めて次郎さんに勝った気がする。

私は心の中でガッツポーズをした。


次郎さんが私を睨んできたので、すぐに顔を反らした。

この人、時次さん並に勘が鋭い時がある。

気を付きよう…。


りゅうさんと時次さんは静かに飲んでいる。

とらさんはあれながらりゅうさんに話しかけた。


「何か言ったらどうだ?」


りゅうさんはお酒を一口飲み静かに口を開いた。


「一人で静かに飲みたい…。」


隣でイカの肝焼きををつまんでいる時次さんが頷く。


「たしかに…。」


どうやら、りゅうさんと時次さんは同じ気持ちらしい。

イカの肝焼きを黙々と食べている所を見る限り気に入ってもらえたみたいだ。


りゅうさんって…料理の感想あんまり言わないイメージだな。

つい、りゅうさんをじっと見つめてしまい、また目が合ってしまう。


りゅうさんは何か考えた後、私の盃にお酒を注いでくれた。

お酒をねだっているように見えたらしい。

う~ん、そういう事じゃないんだけど。

だが、せっかくのお酒なので有難く頂く。


「りゅうさん、いかの肝焼きどうですか?」


自分から感想を聞いてみる。

りゅさんはパチリと目を大きく瞬きし、いかの肝焼きを見つめる。


「そうだね…。酒には梅干しが一番合うと思っていたけど、この烏賊いかの料理も中々だった。次も食べたいと思うほどにね。」


梅干しには勝てなかったけど、梅干し以外にもお酒に合うものがある事を知って貰ってよかった。

その言葉を聞いて嬉しく思っていると、りゅうさんを見て時次さんも微笑んでいた。

私と時次さんは同じ事を思っていたと考えるとますます嬉しかった。


「この肝の独特の味…お酒がすすみますね。中に入っているいかの足に肝がよくからみあっていて…。いい意味で癖がある初めての味です。」


さすが時次さんよくわかってる!

肝を使っているから確かに癖は強いけど、そこがお酒に合うのだ。

酒飲みには憎い一品だ。


この料理場で食べると言う罪悪感、背徳感がまたいい。

そして楽しい時間はゆっくりと過ぎて飲み会は終わった。


ちなみに、大量の海の幸は使えない分だけ持って帰って頂きました。

時次さんと次郎さんはその量にあきれ、お説教タイムがスタートしたのは言うまでもない。

そこで気が付いた、時次さんもそうなのだが次郎さんも意外と母親気質かもしれない…。


皆が帰った後にやすさんが来た。

この頃、毎日この時間にやって来て三色お握りを持ち帰る。

今日はサービスでいかの肝焼きを付けた。

やすさんはお礼を言って急いで帰って行った。

元気がないように見えるけど気のせいかな…。

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