第31話お酒に合うご飯

昼ぐらいによしさんと私でいつものように店をまわす。

注文分のおにぎりを握り終えた時、店の外から男の人の声が聞こえてきた。


「お~い!頼まれていたもん運んで来だど~!」


よしさんと顔を見合わせ二人で首を傾げた。

私が外に出ると荷車の側に男性がいた。


「あの~、うちのお店に何か御用でしょうか?」


「これをあんたとこの店に運ぶように頼まれてよぅ。あ~それと、とらって言う奴から言伝があるんだ。酒に合う飯を頼むだそうだ。あぁ、これも使ってかまわないとも言ってたな。」


持ってきた魚を見ると塩漬けされた海老、赤貝、イカだった。

海老はきっと海老天を作って欲しいからだろう。

久しぶりの魚に腕が鳴ると言いたいところだが、量が多すぎる。

3つの籠の中たんまり海老、赤貝、イカが入っていた。

これ、全部私が下処理するんだよね…。

仕事だから仕方無いんだけど…。

運び人をこのまま立たせている訳には行かず、魚を井戸の近くに運んで貰う。


「ここにお願いします。言伝も確かに聞きました。ありがとうございます。」


「おうよ。」


運び人は魚を降ろし終えると直ぐに帰って行った。

冷蔵庫がなければ冷凍庫もない時代、もちろん氷も今はない。

貴族だの大名だったら氷ぐらいは準備できるとは思うけど残念ながら私は庶民だ。

仕事が落ち着くまで井戸水で魚介類を痛まないように冷やしておく。

調理場からよしさんに呼ばれバタバタと仕事に戻った。



その後、すぐにりゅうさんから大量の海老が届きました。

籠が二つ分だったので後で時次さんに返品しようと心に決めた。



仕事が落ち着く頃には空が赤くなっていた。

お酒に合う魚介のご飯か…。

私の頭にお寿司が思い浮かんだ。


そのまんまだけど、お酒にも合うしピッタリだ。

そうと決まれば、魚の仕込みをしていこう。

まず、海老の殻を剥き筋などを一個づつ取っていく。

どうせなら生で食べたいところだけど今日もとても暑い日だったので熱を通した具にすることにし

た。


海老天ももちろん作るけど蒸し海老も作ろう。

海老天用の海老はそのままにし、蒸し海老はお腹を切ってへらべったくなるようにし、お湯の中に入れ火が通ったらお湯から取る。

このままでも美味しそうだ…。

海老天用の海老は天ぷら粉に付けて揚げる。


赤貝も下処理をしていく。

赤貝を殻から取り出し、ワタや薄い膜、汚れなどを包丁で取り除く。

その赤貝を塩揉みをしてヌメリを取る。

そして流水で塩とヌメリを洗い流すのだ。

鍋に醤油、甘酒、赤貝を入れて煮詰めていくと食欲そそるいい匂いがしてきた。


焦げないように時々鍋の中を見て、ドロリと汁がなってきたら火から鍋を取り冷やす。

料理中もずっと思ってたけど、赤貝だけ量が多い気がする。

料理しても減ってる気がしないんだが…。


次にいかも下処理をする。

本来ならイカ刺身とかにしたかったんだけど残念だ。

この天気が憎くなってしまう。


どうしようか悩んだがイカ天にすることにした。

胴からゲソを抜き、軟骨と墨袋、くちばし、目を取っておく。

寿司用の形にイカを大きめにカットして、隠し包丁を入れる。

このイカも天ぷら粉に付けて油で揚げておく。


三種類の寿司だと少し寂しい気がして玉子の寿司も作ることにした。

本当は厚焼き玉子を作りたい所だけど、それ専用のフライパンが無いので鍋でどうにかするしかない。


玉子焼きを作ってのっけちゃうか…。

鍋で玉子焼きだったら作れなくもないので作ってみよう。

やはり、お寿司にのる玉子は甘いのがいい。


卵を3つ溶き卵にし、その中に塩、特製だし、甘酒を入れて良くかき混ぜる。

この甘酒が上品な甘さを出してくれるのだ。


お次に鍋に油をしき、溶き卵を三分の一入れる。

卵が鍋から引き剥がせそうになったら両脇を少し折りたたみ、次に奥から玉子を折り畳んでいく。

手前にある折り畳んだ玉子を鍋の奥に移動させて、油をまた少しひくを後2回ぐらい繰り返したら出来上がり。


フライパンでならやった時はあったけど以外と鍋でも上手くとは…。

粗熱が取れたら寿司に乗っかりそうなくらいに玉子焼きを切る。

お寿司の具のイカ天、海老天、赤貝の甘醤油煮、玉子が完成。


後はご飯にお酢を入れて酢飯を作り握っていくのだが、握ってはみたものの中々上手くいかない。

お寿司を握るプロではないのでやはり大きさは少しバラバラだ。

そこはお愛嬌という事で許してもらおう。

握った酢飯の上に具をのせてお寿司の出来上がり。


玉子のお寿司…この玉子焼きの渦巻きが上から見えて何だか可愛い。

玉子のお寿司を見て微笑んでいると後ろから視線を感じて振り向く。

井戸に続く戸の前に小学校五年生か六年生ぐらいの男の子が立っていた。

パチリと目が合う。


「お前…本当に変な料理作るんだな。それ…。」


玉子のお寿司を指さして黙ってしまう。

えっと、食べたいのかな。


「これ、味見してみる?」


「食べてやっても…ぃぃ。」


最後の言葉だけ小さかったけど何とか聞き取ることが出来た。

どうやら食べてくれるみたい。

玉子だから子供にも食べやすいからね、反応をみれるいいチャンスでもある。

小皿に玉子の寿司を一つおき男の子の前に差し出した。


「はい、どうぞ。」


「ん…。変なの…渦巻き?」


男の子は私から小皿を受け取り初めて見るお寿司を観察してから器用に箸でお寿司を掴み口に運んだ。

子供には少し大きかったようでポロリと口からはみ出たお寿司が皿に落ちる。


「…甘い…。」


「甘酒が入ってるから少し甘いんだよ。」


玉子が甘いのに少し驚いた様子だったけど、小皿に落ちたお寿司も綺麗に食べてくれた。

男の子は小皿と箸を持ったまま動かない。


うつむき気味の男の子がチラリと玉子を見たような気がした。

もしかしてもう少し食べたいのかなと思い今度は玉子のお寿司を二つ小皿にのっけて男の子に渡す。

私の手から小皿を受け取るとすぐにぺろりと平らげてしまった。


詰め込み過ぎて両頬がリスのように膨れている、とても可愛い。

玉子が気に入ったか聞こうと思ったら店の外から時次さんの声がした。

返事を返した後に後ろを振り向くと男の子の姿は無く、走る足音だけが奥に消えて行った。


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