第30話信玄と幸村(信玄目線)
彼女の店を出てから幸村がうるさい。
帰り際の彼女との話を聞いてからだ。
「そういう事してるんだったら先に言って下さいよ。結婚とか嫌がってたじゃないですか、そこを何でいきなり…。」
「まぁ、そう怒るな。美味い飯が食えたんだ。それでいいじゃないか。」
どうやら、結婚という言葉が気に食わんらしい。
俺が結婚から逃げていたのは事実であり、この先もするつもりない。
彼女に結婚と言ったのは彼女の本質を見たかったからだったのと、あの謙信お気に入りの彼女を俺が奪った時の顔が見たかったからでもある。
だが飯が旨すぎて途中その事をすっかり忘れていた。
きっと彼女はやきもきしながら見ていたに違いない。
謙信が気に入っている理由もよくわかる、中々肝が据わった子だった。
俺の駆け引きに臆することなく見事に勝ったのだ。
今日の天気を見越し、うどんが冷たかった気遣いと初めて見る天ぷらという料理。
彼女の料理には驚かされた。
自信満々に料理を出したかと思えば、俺達が食べている間不安そうな顔で見たり。
おかわりを頼んだ時にホッとしたような顔になり、彼女も町娘と同じ部分があり笑ってしまった。
途中で謙信が来て一緒に天丼を食べる事になるのは予想外だった。
随分くだらない話をしていたような気がする。
「さっきから何ニヤついてるんですか…。」
「星が綺麗だからな。お前も見てみろ。」
「星見て笑ってたんですか…。まぁ綺麗ですけど。」
幸村が気持ち悪そうに俺を見ていたが、そんな視線を無視して夜空を見る。
今日の夜空一段と綺麗に見えた。
「幸村…、噂は本当だったな。」
「噂…?あぁ、三色おにぎり料理店に美人料理人がいるってやつですか。そんな美人って訳でもなかったですけど…。」
耳にした噂の中にはそんな噂もあったがもう一つの方の噂だ。
「それもだが、もう一つあっただろう。旨すぎて夜まで待てない店だ。」
「あぁ、そんな噂もありましたね。」
三色のおにぎりを夜飯用に買うが、待てなくて昼に食べてしまうという噂。
この噂は大工の周りで広がっているらしく、彼女が昼におにぎりを大工らに届けたのが発端らしい。
文句ばかり言う幸村もこの噂には何も文句は言わなかった。
俺もだが幸村もあの店を気に入ったらしい。
「また、行くぞ。」
「あんたが行く場所だったらどこでもお供しますよ。」
幸村がやれやれと首を振っていたが、ピタリと首を振るのを止めた。
「…明日とか言わないですよね?」
「………。」
「俺の話聞いてます?」
そう言えば海老の天ぷらも美味いと彼女は言っていたなと思い出す。
今度会う手土産に海老でも持って行くか。
そうなれば…。
「明日、海へ向かうぞ。海老を買いにな。」
「止めても無駄なんですよね?だったら付いて行きますよ。」
「俺をよくわかってる。」
幸村はそれから文句は言わなくなった。
俺達は暗い夜道を歩き帰った。
後日、日が昇る前に海に行き売りに出す前の魚を見せて貰った。
目当ての海老もその中にあった。
「この海老と後は…この赤貝も頂こう。他には何かあるか?」
様々な魚があったがその中の一番いいのを聞く。
「そうだな~。この烏賊(いか)なんてどうでい?ちょうど旬だからな。」
「わかった、その烏賊(いか)も買おう。」
その地元の漁師が言うんだ間違いはないだろう。
漁師から海老、赤貝、烏賊(いか)を買い、彼女の店に届けるように頼んだ。
彼女に言付けも届けるついでにお願いしておく。
後ろから見知った声が聞こえた。
「おいっ…はぁっ、はぁっ、何か忘れてないかっ…。」
後ろを振り向くと息を切らした幸村がいた。
「はて、何か忘れた覚えはないな。」
「俺を忘れてるだろう!」
「忘れてはない、置いて来たんだ。」
幸村の事を忘れた訳ではない故意に置いて来たのだ。
俺にも一人で居たい時がある。
「あんたが付いて来いって言ったんでしょうが…。馬が近くにいたからわかったものの…。探す俺の身にもなって下さい。それから…」
「さぁ用事は済んだ。帰るぞ。」
幸村の小言が増えそうだ。
案の定帰り道は幸村の小言が止まることはなかった。
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