第11話卵の壁
大根と卵の煮付けを温めている間に雉肉を一口サイズに切る。
急だが、井戸の林に生えているニラを採りに行った。
雉肉と卵だけでもいいけどもう少し何かいれたくて今回はニラをいれることにした。
玉ねぎをいれたかったけどこの時代にあるのかどうかわからなかった。
今度、市場とか行ってみたいなこの時代にある野菜把握したいし、よしさんに行けないか後で相談しよう。
大体このくらいあればたりるか…ニラを洗い台所に急ぐ。
ニラを一センチくらいに切り鍋に塩、水と雉肉を入れて、少し煮る、その間に卵を割り溶き卵を作る。
ここに出汁などを入れたい所だけど今はないので諦める。
ニラも加え、煮た後に溶き卵を肉にかぶせるように流す。
卵が半分固まったら、茶碗に玄米をよそって鍋の中にある卵をのせたら完成。
この卵のトロトロ感がなんとも憎い。
雉肉なんて初めて使ったけど何とか形になった。
おっと、三つ葉をのせるのを忘れてた。
朝採って来た三つ葉をのせて塩親子丼の完成。
大根と卵の煮付けだけでも卵の素材そのものの美味しさは伝わると思うけど、卵の有能さとかいままでの卵に対する価値観を変える一品が欲しくてギリギリまで悩んだ。
時次さんのおかげで塩親子丼に考えが何とかまとまって作る事が出来きて感謝しかない。
とりあえず、出来たての塩親子丼から持って行く。
今日も暑いためか外の長椅子に全員腰掛けている。
無言で夜空を見上げていたので私もつられて空を見上げた。
「わぁ…。」
夜空には星が輝いた。
何度かこの夜空を見たけど毎度その美しさに感動してしまう。
いつまでも見ていたいけど、持って来た塩親子丼が冷めてしまうともったいない。
「お待たせしました、塩親子丼です。温かいうちにどうぞ。」
「これが卵かい。卵には見えねぇな。」
やすさんは面白そうに塩親子丼を見ていた。
よしさんはきれいな料理ねと褒めてくれた。
時次さんも興味深そうに見ていたので第一印象は悪くないみたい。
皆に塩親子丼を受け渡し、自分も座ろうと思ったが…長椅子はやすさん、時次さん、よしさんが座っていて定員オーバー。
最近お客さんが増え始めたので外にもう一つ長椅子を増やしていたのでそこに座ることにした。
少し皆と離れちゃうけど、まぁいいか。
長椅子に座り少し離れた皆に目を向けると時次さんと目が合う。
私が寂しそうに見えたのか隣に座ってくれた。
確かに寂しさを感じたけど、この状況はちょっと恥ずかしい。
自分の心を落ち着かせてお礼をいう。
「お気遣いありがとうございます。」
「あなたと少しお話したいと思っただけです。」
時次さんが微笑む。
あんまりそうゆう顔をしないで欲しい、私のせっかくの営業スマイルが崩壊しかけそうになるから。
時次さんと話していたらやすさんのニヤついた顔がチラリと見えた。
さっきまでのトキメキが消え、怒りが少々芽生える。
よし、今度から心を静める時にはやすさんの顔を見よう、違う感情が芽生えるかもしれないけど。
皆に手渡してから少し時間がたつけど、塩親子丼に手を付けていないことに気づく。
うーん、やっぱり怖いよね。
罰が当たるかも知れない食べ物なんてあんまり食べたくないだろうし、仕方ない。
この卵料理って私のわがままでもあるから。
もう一つの卵料理は飛ばして玄米甘酒を取りに向かおうとした時、時次さんが箸を持つ。
料理を無理して食べて欲しくない、食べたいって思った時に食べて欲しい。
時次さん優しいからまずくても美味しいって言いそうで怖いなと思った。
「時次さん、食べたいって思った時に食べてください。」
そっと時次さんの箸を取り上げる。
私が少しでも不安そうな顔や悲しそうな顔をしてしまえば、時次さんだけでなくよしさんややすさんが気を使って無理して料理を食べるかもしれないと思い、できるだけ優しく微笑んだ。
「塩親子丼とてもいい匂いですね。箸……頂いても…?」
箸を持つ両手に時次さんはそっと手をのせた。
私は何だか怖くなり箸を持つ手に力をいれてしまった。
手を重ねたまま時次さんが優しく声を掛ける。
「この料理が食べたいのです。」
たったその一言が私の心にストンと落ちる。
体の力が抜けたのがわかった。
時次さんは私の手から箸を取る。
卵の下に玄米が隠れている事に驚いているようだった。
ご飯の上に卵をのせ口の中に運ぶ。
時次さんの様子を伺うけど、反応しない。
あれ、失敗したかもと不安になってしまう。
もう一口食べ、また一口…。
何か食べ進めるスピードが早くなってきているような…。
最終的にはいつも湯漬けを食べる時みたいに茶碗に口を付けて食べていた。
美味しくて早く食べているのか、まずくて流し込んでいるのかがわからない。
私がジーと見つめていたら、食べ終わりに一呼吸おいて時次さんがはっとした。
「すみません。あまりの美味しさに菜さんのこと忘れかけました。」
本当に私を忘れるぐらい美味しかったのどろうか。
美味しいのなら私を忘れてもかまわないし、夢中で食べてくれる方が嬉しい。
「本…当…ですか。無理してませんか?」
恐る恐る聞く。
時次さんが首を振る。
「雉肉というと鍋などでしか食べたことなかったので面白かったですね。何と言っても卵がこれほどまで美味しいとは…にらと雉肉この二つ全てに合う。口の中で卵がとろっとして、にらの味とごろっとした雉肉もまた柔らかくていい、それを卵のえぇっと何でしょうか…。こくというか深みが絡み合う感じでしょうね。言葉に表せないとはまさにこのこと、まさか料理で感動するとは思いませんでした。」
時次さんすごく饒舌だ。
時次さんの感想を聞いて誰かのつばが飲む音がした。
やすさんが勢いよく塩親子丼を口の中にかきこむ。
よしさんもゆっくりと手をつけた。
黙々と食べ進める二人を見守る。
やすさんが全て食べ終え叫ぶ。
「おかわりっ!!つゆ多めで!」
びっくりしたがおかわりをするぐらいだから美味しいということだと思う。
よしさんも遅れておかわりをして二人の分のおかわりを持って行く。
二人に追加の塩親子丼を渡し、自分の席に戻った。
私も自分のものを食べようとしたが私の塩親子丼がない。
びっくりしていると時次さんが少し恥じらいながら声を掛けてきた。
「すみません…。私もおかわりをしようと思ったんですがどうやら先をこされてしまい、我慢できなくなって手をつけてしまいました。」
なくなっていた時はかなりびっくりした。
私の塩親子丼盛ってから結構時間たつから冷えてたと思うけど…。
そう思った時、はっとした。
時次さんは勝手に人のものを食べるような人には見えない。
たぶんだけど、私を気遣っての事だと思った。
「冷めていませんでしたか?」
私が質問すると時次さんはにこりと笑い。
「冷めても美味しいものですね。」
と返したので、あぁたぶん私を気遣ってだろうと勝手に推測。
私の分のを盛り直し、時次さんの横に座り温かい塩親子丼を一緒に食べた。
口の中で卵のトロトロと雉肉が混じりあっている。
思いつきで入れたニラもいい仕事をしている。
初めて入れる材料もあったけど中々いいできだ。
でも気になる点が一つ。
肉が少し硬いので、口の中で雉肉だけ残ってしまう。
もう少し工夫が必要かな。
私が食べながら一人反省会をしているといつの間にか三人ともこちらを見ていた。
時次さんが心配そうな顔をしている。
「どうしましたか?何かありましたか。」
「いや、少しお肉が固かったなって思って、次、しっかり改善します!」
時次さんが眉をひそめた。
「これほど柔らかい雉肉は初めて食べるのですが…。もっと柔らかくなるのですか?」
「工夫次第だと思います。やってみないとわかりませんが。」
時次さんは優しい笑みを浮かべながらではまた取ってきますと言ってくれた。
話し込んでいたら、やすさんが四杯目をおかわりしようとしていてよしさんと一緒に止めた。
ちなみに、塩親子丼のおかわりの回数はやすさん三回、よしさん二回、時次さん四回だった。
やすさんも凄かったけど、時次さん意外と食べていて驚いた。
さて、次はお待ちかねの大根と卵の煮付けだ。
玄米甘酒も井戸から持ってこなければ。
私は席を立ち次の準備をする。
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