第25話  ききょうの回想 8 天慶3年 長月

 稲妻が榎の木に落ちたていくのを見て、もうおしまいだとわたくしは目をおおったのでございます。姫様の幼い頃の愛らしいご様子、そして日々お美しくなっていかれた御姿が脳裏に鮮やかによみがえり、とめどなく涙がこぼれて参りました。ですが、その時右馬の介様の力強い声が耳元に響いたのでございました。

「ききょうどの、ご覧あれ。姫様は生きておられる」

我に返り見上げますと、右馬の介様のお指しになっておられる先に木にしがみついたままの姫様が見えたのでございます。しどけないお姿ではありますが、生きておらればこそ・・・。何が起こったのでございましょう、と眼で問いますと、右馬の介は感嘆したような声を上げられたのでございます。

「鏡が稲妻をねかえしおった。あれこそは照魔の鏡に違いあるまい」

 照魔の鏡とは・・・あの妲己だっきの正体を見破ったという鏡の事にございます。まさか、そのようなものがこの国に渡ってきたのでございましょうか?されど・・・右馬の介様の申されたことが本当ならば、そうとしか思えませなんだ。何よりそらに浮く鏡など、見たことがございませぬ。


その鏡の先で、安倍さまは剣を抜いて黒雲が変じた龍と向きあっておられました。鏡はもとより、その安倍さまご自身の姿が宙に浮いているのを見ても最早不思議にさえ思えませぬ。

 いや、なんと申しますか、先ほどまでお恨み申し上げていた安倍さまが今となっては、頼もしいお姿にさえ見えたのでございました。姫様の御命を奪おうとした黒龍こそは悪の源、それに対峙され、姫を守っておられるのは安倍さまでございます。

 「今、いくぞ、晴明」

 私と同じ思いだったので御座いましょう。右馬の介様はだっと駆けだしました。どうした訳か先程の見えぬ壁をするりと駆け抜け榎に取り付こうとしている魑魅魍魎ちみもうりょうどもを切り伏せながら龍の方へ駆け寄って行かれようとなさいます。ですがむらむらと沸いてくるように集まる魑魅魍魎になかなか近づいていけません。見上げますと姫様は木の頂へと少しずつ近づいておられます。失礼な話でございますが、その姿を見て私は、なぜか以前姫様が大切にお飼になられていたあの虫の姿を思い浮かべたのでございます。最初は見るのも嫌でございましたあの虫はやがて大きな蛾となって月へ向かって飛び立ったのでございました。

 姫様をさようにいとわしいと思ったことなどなどは一度もございませんでしたが・・・ですが、きっとあの大空の先に姫様の行くべき場所があるのだ、それこそ姫様の助かる道なのだ、と私も思わざるを得なかったのでございます。

 その木の上に辿り着けば・・・、

「ああ、おひぃさま」

 私は声を限りに叫びました。

「もう僅かでおじゃります。僅かでおじゃります」

ですが、片方の手を失ったにもかかわらず、黒龍は背をぴんと逸らせ、恐ろし気な口を開いて再び姫様に狙いを定めておりました。

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