第21話 ききょうの回想 6 天慶3年 長月
「おひぃさまはどこか遠い世界から参られたような気が致すのでございます。そして安倍さまとおひぃさまはその世界で御縁を持っておいでだったような気がするのでございます」
右馬の介さまにそう言った時、わたくしはぼんやりと感じていたことが急に一つの形を取って
ですが、その時、
「ききょう殿、なにとど、なにとど、お力をお貸しくだされ」
と申されると右馬の介様はわたくしの前にがばっと跪かれました。さような事をされる殿方を見たのは初めてでございました。その為に私の得心はどこへやら、
「そのような・・・、それよりもきちんとおひぃさまに文をお遣わしなされ。さ、お立ちになられて下さい」
差し出した手に掴まって立ち上がった右馬の介様の大きな眼にふと子供のような恥じらいの表情が浮かぶのを見て、なろうことであればこの御方をお助けして、ご一緒にして差し上げたいという思いが胸に満ちて来るのを感じたのでございました。さもなければ姫様は陰陽師の方とどこか遠い世界へと旅立たれてしまうのではないかと。
「おひぃさま・・・」
右馬の介様とお別れし御邸へ戻りまして邸に戻りましたがいつもおましの所に御姿がございません。その代りに端然と座っている男の後姿がございます。慌てて見回すと姫様は簀子にうつ伏しておられます。
「どうなされました」
姫様の許へと急ごうとしますが体が動きません。助けを呼ぶ声をだすこともままなりませぬ。ゆっくりと振り向いた男の姿は紛れなく陰陽師の安倍さまでございました。
「どうやってお入りになられたのでございます」
「ききょう殿、私には入れぬところなどございませぬよ。今日はこの娘を貰い受けに参ったのでございます」
そう仰ったのでございました。
「いでや、者共いでや」
そう叫ぼうとしたのでございますが声は喉の奥でくぐもった音を立てるだけでございました。
口の端に笑みを湛えたまま、静かに安倍さまは立ち上がられました。
「右馬の介に伝えて頂きとうございます。
そう言うながら安倍さまは姫様に目を遣ったのでございました。
「お待ち下され。余の者が気づかぬ訳がございませぬ」
押し出した声は蚊の鳴くような、か細い声でございました。哀れに縋りつこうとしても体の動かせぬ私を振り向き、
「あなたが騒がねば大丈夫です。それよりも申したことを確かに右馬の介に伝えるのですよ」
そう申されると、安倍さまは姫様の傍に近づいて何やら唱えられますとその御姿は姫様もろともふっと掻き消えたのでございました。
残されたわたくしは暫し茫然としておりました。助けを呼べば姫様の身に何が起こるか分かりませぬ。もはや猶予はないと覚悟を決めるとわたくしは再び、右馬の介様のもとへと急いだのでございました。
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