第20話 右馬の介の談 4 天慶3年 長月
姫様から 届いた文を再び、みたびと読んでから、丁寧に折り
晴明が姫様に尋常ならぬ興味を抱いていることは明白でございます。色に出でにけり、と世に申すではございませぬか。
とはいえその色が恋の色なのかは、どこか判然としませぬ。妙な例えでございますが姫様が虫に抱く興味、その色とどこか似通ってございます。
姫様の文の最後には晴明を友達として大切になさいと書かれてございました。そのお優しさが心に滲みると同時に姫様の方も晴明に好意を抱いておられるのでないかとの疑いも拭いきれませぬ。
「さて、これからどうするか」
権の介を前に呟くと、
「将を射んと欲せばまず馬から、と申すのでございますよ」
と権の介はしたり顔で答えたのでございました。
「どういう事だ?」
「姫様付きの女房を味方にするのでございます。そうすれば文の遣り取りもやすうなりましょうし、いざと言う時には手引きをしてくれましょう」
「なるほどな」
「みな、そのようになさっておられます」
権の介の
「では、さっそく姫のおつきの女房、たしかききょう殿と申されたな。その方とお会いできるように、手配りをせよ」
そう申しますと、
「いかにも、さっそく」
権の介はさっそく手配りをし、首尾よく翌日には三条の稲荷の前で会えることになりました。頭に
「手間を取らせて申し訳ない」
詫びますと女は何やら怒った顔で、
「おひぃさまの事でございましょうか」
と尋ねて参りました。
「おお、いかにも」
愛想笑いで答えましたわたしをききょう殿はきっと睨みつけ
「されど、あなた様は誠におひぃさまの事を思っておいででございますか。文はたまさかにしか参りませぬし、頂く物と言えば恋文なのかと疑うような物ばかり。贈り物が長虫とは、まことはからかっておられるのでは・・・」
そう問われれば、思い当たる事ばかりでございます。ですが姫様への想いもまた真情でございます。
「懸想文を書きなれておらぬのでな、実に申し訳ない。それにあの贈り物は晴明が
言い訳をするわたしを制すると
「しっかりなさいませ、右馬の介様」
ききょうは声を荒げました。
「すまぬ・・・」
心底から謝った私に先程まで眼つきの険しかったききょう殿は顔を
「それで何かお尋ねになりたいことがございますとか」
「うむ」
率直に姫様がわたしをどう思っておるかを尋ねたますとききょう殿は決して見込みがないとは申しませぬが、と嬉しいことを申しましたが、
「ただ・・・」
と口籠ったのでした。
「ただ・・・何でしょう」
「おひぃさまは何かを深くお悩みのようでございます。今は恋にかまけている御心のゆとりがございますかどうか」
「まことでございますか?それはいったい、何でございましょう」
「詳しゅうは分かりかねますが、時おり遠くを眺めては放心なされていらっしゃったり。とりわけ安倍さまとお会いになった後はそのような様子であらせられます」
そう言ったききょう殿はふと目を落とすと
「時おり、思うのでございますよ。おひぃさまはどこか遠くの世界から参られたのではないかと。その世界では安倍さまと何やら縁があったのかも知れませぬ・・・。そうなると・・・」
と聞き捨てならないことを口にしたのでございました。
「良い女でございましたでしょう、へへへ」
邸へ戻る最中に権の介が品のない笑い声をましたが、わたしはききょう殿の最後の言葉が気になって聞いておりませんでした。
「うん?何の事だ?」
「あのききょうという女房でございますよ。気が利いて賢くございます」
「そうか?」
「そうでございますとも。わたくしは若様のお味方をさせて頂きますよ、はい。そうすればあの女とも会う機会が増えますし」
権の介は私が睨んでいるのにも気づかず、踊り歩くように先に邸の中に入っていって仕舞ったのでございます。まことに、恋と言うものは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます