第16話 右馬の介の談 2 天慶3年 長月

 姫様を慕う心は日増しに募るばかりでございました。

 垣から覗いた御姿、寝ても醒めてもその愛らしくも麗しい御姿がまぶたの裏に蘇り、際限なく膨らんでいく恋心に私は押し潰されそうになって参りました。

 残花が再び晴明からの文を携えて私を訪ったのはそんな頃合いでございました。珍しく門から案内を乞うて参ったので、その美しい姿に家人どもがざわめいております。

「久しぶりでございますな」

 挨拶をした私を残花は恨めし気な上目遣いで、言葉もなく見返して参りました。

「めずらしゅうございますな、案内を乞うて参られるとは」

 仕方なしにと言葉を継ぎますと、

「わたくしとて、時には人にもてはやされとうございますもの」

 式神とはいえ、もとをただせばたかが桜の木の癖に生意気な事を申します。

「さて、夏に桜とは異なもの」

 と受け流し、

「晴明は何を言ってきたのでございましょう。早く文をお渡し下され」

 促したのですが、残花は

「あのような娘っこと会うのがそれほどに楽しみでございますか」

 と口を尖らせ、無言で恨めし気な様子でじっと私を眺めております。

「さあ、文をここに」

「嫌でございます」

「嫌だって・・・。それでは使いが果たせぬではないですか」

 文句を申しますと、桜の式神は黒目勝ちの眼にふっと涙を浮かべます。

「年ごとに、『いでや桜』と愛でられるのはわずか十日ばかり。後は目もくれられぬ私の悔しさをあなた様はおわかりでございましょうか。命とて儚きと言われる人より短いこの切なさを」

「いや、そのような事を私に申されても・・・もともと花とはそうしたもの。文句があるなら晴明に言いなされ」

「わたくしにとっては愚痴ることが出来るのは右馬の介様ばかり。あの御方は誠の朴念仁、さような事を申せば、わたくしをもうお使いにならないでございましょう」

 そう言ってもう一度上目遣いにしどけなく私を見たのでございました。その艶かしさについ、

「では、こちらに参られよ」

 と言うと

「あい」

 残花は嬉しそうに私に近づいて参ります。その手を取ると

「これで良いのか」

と体を抱き締めます。不思議なもので桜の枝だというのに柔らかく暖かうございます。

「あい」

  恥じらい気に頬を桜色に染めますので、女を憐れに思う気持ちから私もついその気になってしまうのでございます。一度ならず二度までも、と言う方もおられましょうが、ならば毎年桜を見に行くのは何故でございましょう、と私は問いたい。ですが、口を重ねようとしたその時、

「右馬の介様、いずこにおわします?」

 間が悪いと言うのか良いと言うべきか権の介の呼ばう声に腕に抱いた女の重みはふっと掻き消え、ほほほ・・・という笑い声が高みへと消えて行きました。宙からはらりと文が落ちて参ります。

「おや、こちらにおられたのでございますか。麗しい方がお訪ねになられたとか。御隣の姫様がおられるというに、若様も隅に置けませぬな」

それに答えず黙って落ちていた文を拾い上げますと、権の介もおや、とひざまずいて何かを拾い上げ

「これは桜の花びらではございませぬか」

そう言って私に見せたのでございました。

「まさか、とうに季節が終わっておる」

「しかし、これは確かに桜花」

権の介はしげしげと手の中の花びらをもう一度見ると

「まさか、右馬の介様にも何かりついたのではございませぬな」

と真顔で申しました。

「愚かなことを言うではない」

「ひょっとして女の怨霊ではございませぬな」

 心配だとぐずぐず言いながら女の姿を眼で探している権の介を漸く追い払ってから文を開いてみますと、午の日、按摩生の形をして姫の邸の前にやって来いとございます。つまりは姫様と会う段取りがついたとの報せ、頬から零れかけた笑みを両の手で押えると、さて誰から青装束を借り受けようかと考え始めたのでございました。


 そして待ちに待ち兼ねた午の日の事で御座います。青装束に身を包んではございますが、私を見知っている女房の案内でしたので顔を隠したまま姫様の間に通り、そのまま這いつくばっておりますと、耳元で

「もう大丈夫だ」

晴明が囁いたので顔を上げますとなぜか最前の女房はうつらうつらと居眠りをしております。また何やら怪しい術を使ったのでございましょう。

「姫様、これが右馬の介殿でございますよ」

心配げな表情で揺れながら眠っておる女房を眺めておられた姫様は晴明の声に驚いたように私の顔を見たのでございました。その驚いた顔のまたなんと愛らしいこと、私は思わず観音菩薩にお会いしたような気がして目を伏せたのでございました。


心をぞわりなきものに思いぬる

  見るものからや恋しかるべき

 という歌がございますが、まことにその通りでございます。私の心はいったいどんな理不尽なものに囚われてしまったのか・・・。そんな私の心に冷や水を浴びせ掛けるように、

「さて、約束は果たしたぞ。これで終いだ」

姫様との束の間の逢瀬の後、中門の車寄に着くなり晴明は素っ気なく言い放ったのでございます。

「冷たいの」

口を尖らせますと、

「私の使いに手を出すような事をするからだ。姫に会わせろとか言って置いてなんだそのざまは」

じろりと私の顔を覗き込むと晴明は邸の前に待たせていた網代あじろ車に乗り込みました。

「まて、あれは私から仕掛けたのではない。向こうから誘いをかけたのだ。私もな、つい口吸いの仕方を学ぼうと思ってな。なんせ・・・女を知らぬので、つい。おい、邸に寄らぬか、ささを用意してある」

そう必死に誘ったのですが、晴明は愛想も見せずただ首を振り

「又に致そう。このまま日に当てて置くと牛が元の蝦蟇がまに戻ってしまうからな」

そう言うなりすだれを閉じ

「行け」

 と命じますと、牛車はそろりそろりと動きはじめだしたのでございました。

「蝦蟇?」

黒毛の艶々と光る牛の後姿を眺めながら、阿呆のように暫し立ち尽くしておりましたが急に浅位せんいの装束を着ていることに気付き薄ら寒い思いがして、私も自分の邸へ急いだのでございました。


その日からというもの、心の内では熾火おきびのように燃えたぎる思いと、自分の顔形かおかたちについて冷たい水のような自覚の間で私は煩悶はんもんし続けたのでございます。熾火は燃えたかと思えば水に落ち、落ちた熾火は水の上でくるくると、音を立てて空回りしつつ再び燃え盛ります。

 終いだと言った以上、あやつを当てにできぬと思い悩んだ末・・・。みっともないとは思いながらも、私は再び晴明の許へ参ったのでございました。日のまだ高い夏の夕でございました。

 晴明は妙な顔つきで私を迎えました。

「どうしたのだ、右馬の介。暫くは寄りつかぬと思っておったが」

「どうしたもこうしたもない。お主だけが頼りなのだ。他にあてがない」

精一杯情けない声でわたしは答えました。

「ふうん」

素っ気なく答えた晴明は無作法に私をじろりと見遣ると

「まあ、上がれ」

と手招きを致しました。縁に登りあたりをきょろきょろと見回しておりますと

「何をしておるのだ」

晴明は不審げに尋ねて参りました。

「いや、なに。あの桜の式神がどこかにおらぬかと気になってな」

「ああ、残花のことか。あれはもう使っておらぬ」

「それはおれのせいか?おれを誘惑したから罰したのか」

 私は思いも掛けぬ始末に動揺いたしました。いくら桜であろうと、私のせいで命を失ってしまったのでは後味が悪いと思ったのでございます。

「ははは、そうではない。あれの寿命は尽きたのだ。桜は元通り、毎年咲くが、花は一瞬、その命を永らえさせてやったのだが、さすがに夏は越せぬ」 

 晴明はからりと笑うと、

「で、何の用だ」

と尋ねます。私がせつせつと自分の気持ちを述べたのですが晴明は真顔のまま、

「その事についてはもはや手を貸す積りはないと申したであろう」

つれなく答えたのでございました。

「なぜだ」

「あとはあの娘次第だからな。それ以上私が関わることはせぬ」

「娘?姫様の事か?」

晴明はふふふと笑うきりでございます。会わせてその気にさせておきながら中途半端で放り出すとは何と残酷な。

「まさかお主、横恋慕ではなかろうな」

問い詰めますと晴明は薄く笑って

「違う」

短く答え、ぽんぽんと手を叩きますと女が瓶子へいしを捧げて参ります。その女の姿かたちが残花にそっくりで慌てて腰を浮かしますと、

「なに、慌てる事はない。これは新花という別の娘だ。今は行儀見習いでの、来年の春には花となる」

晴明は笑います。確かに恥ずかしげな素振りと言い、柔らかな物腰と言い、しどけなかった前の使いと雰囲気が違っております。

「そうなのか」

腰を下した私に向かって晴明は

「新花は新たに宿った桜花の精だ。秋を過ぎ冬を越せば花と咲く。それまでは慎ましいものだ。だが来春を過ぎれば残花と同じ、人を誘い、人を恨みお主のような間抜けな男をたばかるようにもなろう。お前は前も女に手を出したが、あの女は残花という同じ名でも、先だってんだ違う女だったのだ。あの者たちは男の精を享ければ永らえると信じておるが・・・。そうはいかぬ」

笑いながら嫌なことを言います。

「まあ、飲め」

気を削がれたように杯を取り、注がれた酒を干し

「なぜ、これ以上力を貸してくれぬのだ」

そう尋ねますと晴明は一つ咳をついてからこう申したのでございました。

「私の仕事は星を読む事だ」

思い掛けぬ答えに、何の事やらと杯を置き顔をまじまじと見ますと晴明は真顔のまま

北辰ほくしんの星が、な」

とだけ呟いたのでした。

「何の話だ?」

尋ねた私をふと憐れむように見ると、

「北辰の星が許さぬのだ。済まぬな」

訳の分からぬ話です。

「星と姫君に何の関わりがあるというのだ」

腹を立てたわたしに晴明は諭すように

「右馬の介よ。お主は因果というものを知っておろう」

「そのくらいの事は知っておる」

馬鹿にするな、と吐き棄てるとあやつはゆっくりと首を振り

「いや、お主は言葉としての因果、それもつまらぬ方の因果を知っておるにすぎぬ。あらゆる事は互いに因果を持っておる。だがその中には弱い物もあれば強い因果もある。弱い因果は、何かがあったとしてもたいしたあとを残さぬ。世の者どもが騒ぐのは冨や権勢に繋がると考えておるつまらぬ因果だがそのような因果はやがて道理に納まっていくものだ。それを以て収斂しゅうれんと言う。しかし世の中ではもっと肝心な因果がある。そのできごとが世のありようを大きく変えてしまうような因果だ。あの娘はそうした強い因果を背負せおっておるのだよ」

ぽかんとした顔で見上げているわたしをあやつは静かな眼で眺めたのです。

「まさか。あの慎ましやかな姫がそのような因果を背負っている訳がなかろう」

「慎ましやかか。ははは。右馬の介、聞け。大きな因果の周りにおる私やお前は所詮、碁石のようなもの。碁石は碁石としての役目はあるが本来の因果を動かす事は出来ない。いや動かすべきではないのだ」

「分からぬ、お主の言っておる事は分からぬぞ」

瓶子を手にすると自分で杯になみなみと酒を注ぎ飲み干します。

「しようのないことだ」

晴明はあっさりとそう言うと、それでもう話は終わったとでも言うように庭に目を遣ります。高かった夏の日も暮れなずみ、そこここに蛍がぽつりぽつりと淡い光を瞬かせつつ飛んでおります。

いずれにせよあやつが私を助けるつもりがない事だけははっきりとしました。友達甲斐のないことよ、と空になったかわらけを庭の石に叩きつけ、

「分かった。もう頼まぬ。だがお主が何といおうと私は姫をめとる事に決めた。因果もくそもあるものか。お主とはこれまでよ」

言い捨てて席を蹴った私に

「そうか」

あやつは淡々と答え、振り向きもせずに一心に庭を眺めているばかりでした。刀を掴み庭へと下りますと、先ほど叩き割った杯からむくむくと霧が立ち上りあたり一面に立ち込めて参ります。出口を見つけようと致しますがどんなに見回しても見当たりません。

いらうのもいい加減にしろ」

怒鳴りつけると、

「右馬の介、無理は通らぬよ」

霧の向こうからあやつの声が低く聞こえて参ります。何とか出口を見つけ

「勝手にしろ」

言い捨て、邸に戻ろうとしますが霧は外でもますます深くなるばかり。

「いい加減にせい」

と再び怒鳴りましたが今度は答えもありませぬ。一刻ほど彷徨ってようよう家に辿り着いた時は足が棒のようになっておりました。

さてどうしたらあやつの鼻を明かすことが出来ようか、二日二晩の間、病と称してわたしは引き籠って考えたのでございました。何としても今ひとたび姫にお会いしたい気持ちは募るばかりでございます。以前通った穴は綺麗に埋められてしまっておりました。もっとも埋められていなかったとしてもあそこを通るのは気乗り致しかねます。と言って正面切って門から訪なえば笑いものにされ姫様にもご迷惑が及ぶのではないかと悩みは深まるばかりです。

 眠ることもままならず食は細くなるばかり。病と偽っているうちに真に病にかかったようにやつれていくのが自分でも分かります。幻のように瞼に姫の御姿が浮かんだり消えたりするのがつらくもあり甘美でもございました。

 誰が名はたたじ、などと申しますが、このままではまことに死んでしまうぞと思い始めた頃でございました。うとうと姫を見初めた時の事を夢見ていたのでございます。そしてその時、童の一人が

「風に吹き飛ばされて庭に落ちた」

と言ったのを思い出したのでございました。

「それだ」

夢の中で手を打った途端に目が覚めたのでございます。

隣の邸に面する築地の内には立派な枝振りの松の木がございます。その枝の中の数本が隣と隔てる小路に伸びております。あそこから向かいの庭へと舞い降りれば・・・私は床から大声で呼ばわったのでございました。

「権の介を呼べ」

権の介はすぐにやって参りました。あやつと袂を分ったわたしにとっては不本意ながらも唯一無二の相談相手でございます。かくかくしかじかと話を致しますと、最初の内は黙って聞いておりましたその顔が次第に曇って行くように思えました。話終えると権の介は静かに申したのでございます。

「右馬の介様、失礼かとは存じますが御隣にも門というものがございます。門とは人が訪ねるためにあるものでございます。その門から尋常に入りなさるのが宜しいかと」

なんとつまらぬ事をいう奴だ、とはらわたが煮えます。さような事、幾たびとなく考えた挙句の事だ、と。

「お前は話の肝心な所を見落としておる。私は誰にも知られず二人きりお会いしてお気持ちを確かめたいのだ。だいたい、いきなり姫に会わせて欲しいと頼んで、はいはいと会わせてくれるものか?恥をかくばかりだ。それにできれば姫の心に焼き付くばかりに麗々しくお目に掛かりたいと言う私の気持ちを分からぬのか」

怒鳴りつけますと権の介はじっと私を見つめ、おそるおそる尋ねてきたのでございます。

「御隣を訪うのは若様お一人で宜しいのでしょうか?」

「ん?お主も参りたいのか?」

聞き返すや権の介は大仰に手を振り

「いえ、ぜひお一人で参られたが良かろうと・・・なるほどそのためにお食事を控えられていたのでございますね」

そんな積りがあったわけではございませんが権の介がへらへらと感心したかのように叩頭こうとうしているのを見るとつい調子に乗って、うむと頷きます。

「さように深いお考えとは・・・権の介すっかり承知いたしました。なに、舞い降りるくらいであれば問題ございますまい。私の里にはむささびと言う生き物がおりまして、空を滑るように飛ぶのでございます。竹と布で翼を作ればむささびのように空を統べることが出来ましょう」

「なるほどの。賢い家人を持って私は幸せだ」

権の介が近くの庄の者に竹を持ってこさせますとあたりに香りが立ち満ちます。青竹は頼もしげによくしなるものでございます。権の介の使っております下働きのうち手の空いている男たちに竹で骨組みを作らせ、女房たちに以前穴に潜った時に使い物にならなくなった装束を縫い合わさせて大きな羽根を拵えさせます。

「何を作るのでございますか」

女房の一人が尋ねたのに権の介は

「凧じゃ」

答えます。

「まあ、季節外れの物を」

呆れた女房に権の介は、

「半夏生にたこはつきもの」

澄まして答えたので

「それは違うたこにございましょう。それに半夏生など・・・もうとっくに過ぎております」

女房どもがくすくす笑い、そう言いつつも陽気に精を出しましたのですぐに形が仕上がり、皆穴や縫い目を繕い直しに励んでおります。翌日には仕上がったと権の介が言って参りましたので見に行きますと、衣桁を並べて掛けてあるそれは凧ともおばけ案山子かかしとも見分けのつかぬ物でございました。

「大きすぎぬか。これを担いで木に登れようかの?」

竹の撓り具合を確かめながら尋ねますと目を真っ赤に腫らした権の介が

「松の下枝は切り揃えさせておきました。大丈夫でございましょう。若様、これこのように左手を下げれば」

と左側の竹の骨を下げ、

「左側へと曲がることが出来ます。鳥はみなそのように飛んでおります。これで姫様の所に颯爽と降り立つこともできましょう」

「なるほどの」

月をご覧になっている姫様の眼に己が姿が月を横切る時の驚いたご様子を思い浮かべました。

「あれは何」

涼やかな声を上げた姫様の御前にすっと舞い降り

「姫、もう一目お会いしたくて参上いたしました」

片手を付き見上げた姫の眼に浮かぶ賛嘆の色を想像しますとわくわくとして参ります。

「よう、してのけた、権の介」

せっかく褒めてやったのですが、いつのまにやら権の介は地面に突っ伏して鼾をかいて眠り込んでおりました。

二日後の夜、松の根元でわたしは権の介と共に望月もちづきが姫の邸を隈なく照らす時を待っておりました。満月を待ったのは飛び降りる先の庭の池の水面に月が映えるようにと考えたのと、姫様が月をご覧になっているに違いあるまいと思ったからでございます。子の刻の頃になりますと雲一つなく晴れ渡り、月の高さもよい頃合いとなります。

「さて、参るとするか」

「お助け申します」

腰をかがめた権の介の背中から松の木に取り付き、すいすい登って行きます・・・と言いたいところですが、背負った羽根が重くてなかなかうまく登れませぬ。それでも四半刻ほど掛けて何とか目当ての枝にたどり着くことが出来たのでございました。隣の邸に向かって伸びている枝を這うようにして参りますとだんだんと枝が細くなりみしみしと心許ない音が致します。月を愛でておられると思いきや御隣の邸の火はおちて真っ暗でございました。せっかくの雄姿をご覧いただけないのは残念でございますが致し方ありませぬ。後を振り返ると権の介が口を開いたままわたしを見ておりました。

「参るぞ」

「お気を付けあそばされませ」

権の介の答えに

「えいっ」

叫ぶなりわたしは宙に舞ったのでございました。蹴った松の枝がみしりと折れた音までは覚えております。

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