第28話 虚無②

******


 翌日からニーアスはロルカに剣を教えるようになった。


 街道から少し外れた場所で朝方に休息を取ったあとはひたすら歩く一日だったのだが……夕方になってニーアスが「特訓するぞ」と言い出したのだ。


 もしかしたら『繭狩りと一戦交えても生き残れるように』という思いからなのかもしれない。


 ロルカはその意を汲んだのか、はたまたニーアスの罪悪感を軽くしたいという考えなのか、真面目な顔で言われたとおりに剣を振った。


「お前、基礎はちゃんとしてんだよな……」


「――これはミラ姉さんから叩き込まれたんだ。村の守護を担う人たちは皆強かったよ」


「そうみたいだな。繭狩りも無傷じゃなかったはずだ。村の外にも血痕があった」


「え……そんなところまで見ていたんだ、ニーアス」


「癖みたいなもんさ。戦いの痕は重要な情報源だ。……そうだロルカ、もし羽化したらそのあと急激に疲労状態になるから気を付けろよ? 神繭カムンマユラだって万能じゃねぇし」


「そうなのか? でも君は大丈夫そうだけど」


「いや? 結構きてるぜ。久しぶりの羽化だったからな――体が重たい」


「全然そう見えない……」


「疲れてますーなんて表に出したらいい的だろ」


戦神せんしんって徹底しているんだな……」


 呆れ半分、尊敬半分といったところか。


 ロルカがため息をこぼすとニーアスは大きな両手剣をブンとひと振りしてから構え直した。


「その戦神が戦い方を教えようってんだ。存分に学んでいいぜ? 請求はしないでやるよ」


 ――後払いが増えないのはちょっと助かるな……。


 ロルカは律義にそう考えると、自分もニーアスを真似て構え直す。


「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて。お願いします!」



******



 王都までは約二週間の旅路となる。


 街道からはつかず離れずを続け、ときに迂回しながら進むあいだ、ニーアスは繭狩りたちの動向についてロルカに教えてくれた。


「今回、繭狩りは徒歩でお前の村に向かった。そこから北にある隣村に移動したあとは逃げたお前を追っているはずだ。そうすると道は三つある」


「三つ?」


「ああ。まずお前が自分の村とは逆方向に逃げたと考えてさらに北上する道。次に、体勢を立て直すために王都へ引き返す道。最後は物資補給をすると踏んで俺たちと同じように南西の町へと下る道だ」


「……えぇと。繭狩りが取った道が俺たちと同じだとしたら町で追い付かれていたってことにならないかな?」


「そうだな。もしその道を選んでいたとしたら敢えて休むことでうまく巻けりゃいいと思ったが……俺の情報網にもそれらしい奴らは引っ掛からなかった。極め付けは繭狩りのシャルロが最後まで単独行動だったことだな。仲間と合流してねぇのは間違いない」


「……だとするとこっちに繭狩りは来なかったってこと?」


「そうなる。運がいい――と言いたいところだが、堕神おちがみ相手にあれだけ派手に暴れちまったからな。繭狩りのシャルロにもばれちまってるし、すぐに繭狩りの本隊に知れるはずだ。町から王都に向けて早馬も出されただろうし」


 ニーアスは言いながらポーチから出した干し肉をロルカに差し出し、自分も咥えた。


「今日は街道を進む……少し長く歩くぜ。このへんは身を隠すには不向きだ。さっさと抜けちまおう」


「わかった」


 ロルカは受け取った干し肉を噛み、ぐるりとあたりを見回す。


 確かに背の高い草も身を隠せるだけの木立も見当たらず見晴らしがいい。


 ――道中で馬も人もいくらか見かけたけど……そうか。報せを受けた繭狩りが俺たちを捜しにくる可能性もあるんだな。


 そう考えたところで、ロルカはふと首を傾げた。


「ニーアス。町の人とか王都の人は全員が神繭カムンマユラのことを狩り対象だと思っているのか?」


「さすがにそんなことはねぇよ。むしろ王都でもない限り神繭だってわかってもよっぽどのことがなきゃ無視してくれるさ。堕神おちかみ虚無ヴァニタスを狩ってくれる繭狩りに感謝する奴らもいるし――神繭を信仰している奴らもいる。渡り鳥にだって神繭はいるしな」


「渡り鳥にも? ……じゃあ道中で繭狩りに出会したらどうするのかな……?」


「ばぁか。俺だって行商人だぜ? 繭狩りに出会したことなんか何度もあるさ。だとしてもどうやって人間じゃないって見分ける?」


「それは――そうか。『特異紋』があるかは隠していればわからないだろうし……傷が治るのだってそうそう確認なんてできない……よな」


「そういうこった。だから……実際は少しくらいなら神繭が旅しているはずだ。ま、こんな物騒な国に留まる必要もないだろうけどな。お前みたいに繭狩りの本拠地に向かうなんて奴は稀だろうぜ。それにお前、繭狩りを糾弾するってのは――まぁいいや。その話はあとだ」


 ニーアスはなにかを言いかけたが――中途半端に言葉を止める。


 ロルカはそこで質問を続けることにした。


「あのさニーアス。繭狩りは神繭より堕神をなんとかすべきじゃないのかな……恨みや憎しみが堕ちる切っ掛けなら……人間を襲うってことだろ。そっちのほうがよっぽど危険だと――」


「ねぇな」


 瞬間、ニーアスは獣のように紅い瞳を光らせ、きっぱりと言い切った。


「少なくとも俺の一族を根絶やしにした時代の繭狩りは堕神おちがみを相手にしていたさ。一貫して『人間のため』ってな芯があったんだよ。……でもいまは違う。いまの繭狩りは堕神を生む可能性をわかっていて神繭を粛清し――磔にして放置する」


 ロルカはその言葉にぐっ、と喉を詰まらせた。


 磔にされた家族が脳裏を過ったのだ。


「あれは神繭の持つ治癒能力を利用した最悪の処刑方法だぜ――あれで堕ちる神繭がいても……っと、悪い……」


 ニーアスは続けたところでロルカの表情に気付き、瞳を伏せる。


 ロルカはゆっくり首を振って吐き気と一緒に空気を呑み込んだ。


「……大丈夫。ありがとう」


 ニーアスは眉根を寄せて小さく頷くと、残っていた干し肉を口の中に放り込んで続けた。


「――神繭が堕神や虚無と戦って、堕神は人間や神繭と戦って、人間は神繭や虚無と……ってな具合か。まあ、そういうことさ。なんにせよ、後払い分はきっちり回収させてもらうぜ?」


「そ、それは――うん。わかってるよ……あのさ、ところで後払いっていくらくらいあるんだろう……? ちゃんと聞いてない気が……」


「そうだな、助けた代金、装備に道具、情報料。安く見積もって種蒔きと同等の依頼なら十回分は堅いってところか? おっと。のろま亀退治も追加だな」


「…………」


 渋い顔をするロルカの頬を――花の香りを含んだ柔らかな風が撫でていった。

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