第26話 防衛戦⑩

「に、ニーアス……いまの……聞こえた?」


 そう言って危なげなく着地してみせたロルカをちらと見ると……ニーアスは小さく鼻を鳴らす。


「ああ。あれが堕神おちがみの最期の声さ。人間を憎むあまりに町を襲いにきたんだ――俺たちが戦うのは……あの思いを引き剥がして世界に還してやるため。俺はそう教わってきた。弔いなんだよ。誰だって堕ちたくねぇさ……そうだろ? ま、初めて堕神と戦ったにしてはよくやった。羽化さえしてくれりゃもう少し楽だったんだけどな?」


 彼は憂いを帯びた表情を一転させ飄々と笑みを浮かべると、剣を収めてひらりと右手を挙げる。


 ……その背の金色の羽根はいつのまにか消えていた。


「お疲れさん、ロルカ」


「……うん。ありがとうニーアス」


 ロルカはその手のひらに自分の手のひらをパシン、と叩きつけて苦い笑みを返す。


 ――裏切られたって……言っていたな。哀しくて苦しかった……そっか、そうやって堕ちてしまったんだ……。


 戦う理由……ロルカは深く考えたことがなかった。


 だけど……還ることはまた産まれることだとロルカは思う。


 弔うことのできなかった村人たちを思うと胸が疼くけれど――堕神を弔うことができたのならば、それはよかったと考えていいのかもしれない。


 対虚無防壁ヴァニタスリメスは無惨な姿を晒すことになったが――町への被害も最小限に留めることができただろう。


 ――怪我人がいないといいけど……。


 ロルカは小さく吐息をこぼし、ふと視線を感じて顔を上げた。



 ……その翠色の瞳に映ったのは……風に揺れる薄紫色の髪と、同じ色の瞳。



 崩れた対虚無防壁ヴァニタスリメスの上、彼女は黙って彼らを見下ろしていた。


 ――シャルロ。


 ロルカはなにか声を掛けようと逡巡したが……言葉は出てこない。


 やがて彼女はなにも言わず、ついと踵を返し対虚無防壁の向こう側へと姿を消した。


「…………」


 黙ってシャルロを見送ったロルカに気付いているのかいないのか……そこでニーアスが飄々と告げる。


「さてロルカ。逃げるぞ」


「……えっ?」


「荷物はこっちだ、お前のもちゃんと持ってきておいたから感謝しろよ?」


「ちょ、ちょっと待ってニーアス。逃げるってどういうこと?」


「どうもこうもねぇよ。お前も俺も追われる身だぜ?」


「…………あ」


 自分は繭狩りに追われている。神として羽化してみせたニーアスもまた然り。


 思い当たったロルカは思わず唸った。


 そもそも。


 ニーアスはロルカとシャルロが会うと予想して追い掛けてきたはずだ。


 つまり彼はその時点で荷物を持ってきていたということになる。


「えぇとニーアス……こうなるってわかっていたの、かな?」


「言ったろ、お前の逢い引き相手が堕神おちがみなのは想定外だよ。ま、どっちにしろこんなもんさ。おっと、宿代はきっちり支払い済みだから安心しろよ? 金を払わないんじゃ商人の名が廃るってもんだぜ」


 ニーアスは肩を竦めるとさっさと踵を返して歩き出す。


 まだ星々は薄れることなく頭上で瞬いており……人々の喧騒が大きくなっていく。


「逢い引きって……酷い例えだな……」


 ロルカはため息をこぼし、もう一度だけシャルロがいた場所を振り返ってから――彼の背を追い掛けた。

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