第25話 防衛戦⑨

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「……止まれ……止まれ! やめろおぉぉッ!」



 両腕を突っ張り、上半身を起こしたロルカの絶叫が空気を震わせる。


 そのロルカの前を――突如金色の羽根が過ぎった。


 現れたは思い切り地面を蹴り、伸び上がるようにして振り上げた剣をものすごい勢いで堕神の尾へと叩き込む。



 ズダアアアァァンッ!



「……え……」


 蜂蜜色の髪が踊り、振り抜かれた大きな両手剣が鈍く光る。


 ロルカは目を瞠り――次いで驚愕の声を上げた。


「に……ニーアスッ⁉」


「おいロルカ! お前まだ羽化できねぇのかよ! 足止めしとけって言っただろうが!」


 服こそズタズタだが堕神おちがみの舌に突き抜かれたはずの腹はすっかり治癒しており、飄々と告げるその背に広がるのは金色の羽根に見える光。


 ロルカはその瞬間、初めて見るその姿に首を振った。


 見たことがあるわけではない。あるわけではないが――わかる。


「き、君――まさか……その羽根……!」


『ブオオオォ――ッ』


 ロルカの声と堕神の咆哮が重なり、ニーアスは自身が半分ほどを斬り裂いた尾に狙いを定め、再び地面を蹴る。


 その剣が少しも震えていないことにロルカは息を呑んだ。


「――まだちゃんと名乗ってなかったなロルカ! 俺は戦神せんしん神繭カムンマユラニーアスッ……繭狩りの粛清で一族全部狩られちまって……自分だけ生き残って逃げ続けていた屑さ!」


 彼の振るう切っ先が寸分違わずに堕神の傷をなぞり尾を斬り飛ばす。


『ブオオオオッ、オオオオォォ――!』


 巨大な尾の先がズシンと地面に落ち、堕神は四つ足に戻ると左回りで旋回を開始。


 ニーアスはそのときには右後ろへと剣を引いていて、前へと駆けると同時に堕神の左の頭を迎え打った。


「おおおぉぉッ!」



 ズッ――



 堕神の頭に食い込んだ剣が右から左へと振り抜かれる。


『――――ッ!』


 音という音にならない断末魔が木霊し、左の頭がぐらりと傾いで沈黙。


 瞬間、ニーアスがロルカを怒鳴った。


「おいロルカ! いつまで寝てんだよッ! 手伝え!」


「えっ……あ、う、うん!」


 ロルカは己の体を駆け抜ける衝撃からようやく我に返ると慌てて立ち上がった。


「ったく呑気なもんだぜ、後払い追加だからな! そら、もう一度やってみろ、右脚だ!」


「よくわからないけど――戦神って強引なんだなニーアス……俺の涙返してよ……」


 思わず言ったものの……もう自分たちは負けないと『野生の勘』が告げている。


 ロルカは指示どおり堕神へと走り寄り、その右脚目掛けて己の剣を振るった。


「はあぁッ!」


 ニーアスの怒鳴り声で肩の力が抜けたらしい――ロルカにとって会心の一撃。


 深く穿たれた傷によって己を支えきれず堕神の体が前のめりに崩れる。


 とうに傷付いた左脚も己を支えるには頼りなく、堕神は地面に突っ伏すような格好で残ったふたつの頭をニーアスへと向けた。


「俺が引き付ける! 登れロルカ!」


「のぼ……えぇッ⁉」


 ニーアスは言うが早いが地面を蹴った。


『ブオオオォォッ!』


 走る勢いそのままに堕神の吐き出した炎の塊をくぐり抜け、剣を振り上げる。


「久しぶりの羽化だ――とくと見せてやるぜ!」


 右の頭が開けた口を目掛けた一撃。


 それは顎を閉じさせるに留まらず、一気に縦に斬り裂いた。


『――ッ!』


 吼えた右の頭がぐらり、と傾ぐ。


 ニーアスはすかさず剣を体に引き寄せ、踏み込むがままに突き込んだ。


 金色の羽根のような光が瞬くのがまるで羽ばたきのようで――見ていたロルカはぎゅっと唇を噛む。


 ――強い……これが羽化した神繭カムンマユラ――なのか。


 自分もいつかは羽化することができるだろうか。


 繭狩りに噛み付くそのときに間に合うだろうか。


 考えながらもロルカは地面に垂れて沈黙した左頭を駆け上がり、甲羅部分をよじ登る。


 堕神はロルカに構う余裕がないのか、中央の頭の口をがぱりと開いてニーアスを狙った。


「はっ、二度目はないぜ」


 ニーアスはいつものように飄々とした笑みを浮かべ重心を落とすと、突き出してきた舌を両手剣の腹で受け流す。


 一瞬だけ心配したロルカも彼の様子に移動を再開――中央の頭の上で剣を構えた。


 瞬間、堕神はニーアスへと再び舌を繰り出す。


「いまだ! いけロルカ!」


 それを弾いたニーアスの合図。


「わかった! ――これで終わりだ!」


 ロルカは甲羅の縁を蹴り、思いっ切り跳んだ。



「はあぁぁ――ッ!」



 ズシャアッ……!


 文字通り体重を載せたロルカの一撃は深々と堕神の頭に突き刺さり――胃が浮くような浮遊感ののち、中央の頭が地面を跳ねる。


 それが最期――堕神はぴくりとも動かない。


 ……動かない。


 曖昧だった自分と世界の境界――その綻びが修繕されていく。


 強烈な揺らぎが薄れ、足下の感覚が戻ってくる。


 ――倒した……止められた……。


 詰めていた息を吐き出し、ロルカが剣を引き抜くと同時……堕神は端から崩れて溶け消えていく。



 けれど、そのとき。


『どうして裏切った。死にたくない――人間など、人間など信じなければよかった……』


 ロルカの耳に……その切なる言葉が触れて――消える。


 哀しい声だった。苦しそうな声だった。

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