第24話 防衛戦⑧

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「この村に繭狩りが来る? それは本当かい、ニーアス君」


「あぁ。だから逃げたほうがいいぜ、おじさん」


「……ねぇニーアス君。どうしてそれを私たちに教えるのかしら? それに逃げたほうがいいって、それは――」


「……繭狩りの目的は当然神繭カムンマユラだからだよ。知ってんだぜ、俺。あんたらの息子のロルカ――あいつ神繭だろ? 背中に神繭の印……『特異紋とくいもん』があるのを見たからな」


 蒼く艶めく黒髪の男女が目の前で身を固くするのを確認し、ニーアスは飄々と肩を竦める。


 小さな森にある小さな村……そこに行商人として定期的に訪れているニーアスは、王都で繭狩りたちの動向を知ったのだ。


 繭狩りは異端種族専門の狩人集団で、繭狩りの長を筆頭にした第一部隊と隊長格が率いる第二部隊以降いくつかの部隊が存在している。


 基本的に王都内部の治安維持は王国騎士団の管轄で、各町の内部の治安維持は自警団が請け負う。


 繭狩りたちはその外――つまり王国の領土において虚無ヴァニタスを退けるいわば遊撃部隊であり、情報が入れば神繭カムンマユラを狩りに遠征することになっていた。


 ……彼らは神繭の力を畏れるが故に神繭を狩るのだ。


 その行為こそが憎しみや絶望を神繭に植え付け、堕神おちがみを生む原因になると知っていながら。


 堕ちる前に命を刈り取ってしまえ――それが繭狩りであり、ニーアスはその行為を吐き気がするほど嫌悪していた。


 しかも今回この村にやってくるのは長が直接率いる第一部隊らしい。


 こんな小さな村に精鋭部隊とは暇なものである。


 ロルカの両親に情報を渡したのは――ほんの小さな親切心のつもりだった。


 ……しかし。


 ニーアスはそれからしばらくあと、警告どおり繭狩りがすぐそこまで迫っていることを報せようともう一度村を訪れ――ロルカがいないことに気付く。


「……? なあ、ロルカはどこだ?」


 近くにいたアルミラに声をかけると彼女は肩ほどまでの赤い髪をさらりと掻き上げて強気に笑った。


「ああ、あなたが危険を報せてくれたんだったね。ありがとうニーアス。ロルカは隣村に向かってる。戦うのはあたしたちだけでいい」


「は? 戦うって――まさか繭狩りと?」


「そう。……ロルカを無事に逃がせるのならそれでいい。あたしたちは時間を稼ぐ役。あなたもすぐに離れて」


「いやいや、なんでだよ! 皆で逃げちまえばいいだろ? 戦う意味あるか?」


「ここは神繭を護る村なの、ニーアス。それがあたしたちの使命。王都ができるより遥か昔からずっとそれを重んじてきた者たちの場所なんだ、ここは。お年寄りも多いから全員で逃げるなんてできないしね。ならここで迎え撃つ――全員でそう決めた」


「全員でって……ロルカのやつは知っているのか?」


「あぁ、ううん。そっか、ロルカは知らないから全員じゃないね。あの子、知ったら逃げてくれないから――。そうだ、あなたロルカの様子を見にいってくれないかな。……きっとあたしたちはもう会えないから」


 きっぱりと言い切るアルミラは悲しげで……それでもすべてを受け入れる決意を秘めた紅色の瞳をニーアスに向ける。


「――会えないって……わかってんなら……」


 ニーアスは彼らの選択に衝撃を受け、ゆるゆると首を振って呻くように口にした。


 このときばかりはいつもの飄々とした態度を貫くことができなかったのだ。


「わかっているからこそ戦うの。お願い、ニーアス」


「ニーアス君、私たちからもお願いします」


 そこに集まってきたのは村の人々だ。


 懇願され、結局ニーアスはふたつ返事で隣村に逃がされたロルカの様子を見にいくことを承諾した。……するしかなかった。


『見にいくだけだ、俺はなにもしないぜ』と何度も念は押したが……村人はそれでいいと言う。


 彼らとともに繭狩りと戦う勇気はニーアスにはなかった。


 逃げないなんて考えられなかった。


 どうなるかはわかっているのだから。


 ニーアスはロルカがひとりになってしまうことを考え……せめて装備くらいはくれてやろうと準備を進め、馬と馬車は村に置いていくことにした。


 誰かが逃げたいと思ったときに使えばいいと……どこかで思ったからだ。



 ……ところが蓋を開けてみればロルカは繭狩りに売り渡される寸前。



 ロルカの状況に少なからず罪悪感を抱いていたニーアスは彼を助けることを決める。


 けれど彼を助けて移動する道中――ニーアスは思い直してナイフを取った。


 あろうことか「命を散らしてでも繭狩りの喉に噛み付いて食い千切る」などと啖呵を切ったロルカに……家族と一緒に死なせてやるべきだったんじゃないか? ……そう思ったから。


 繭狩りを憎むが故に堕神になって虚無を生み出すことなど村の誰も望んでいない――そのはずだと思ったから。



 ――だけど……俺にはできなかった。本当にだせぇ。だせぇよ。



 ゆるりと瞼を上げた彼は――左腕で目元を覆い小さく息を吐いた。


 まなじりからじわりと熱いものが滲んでくるのはいつぶりか。


 それが腹を突き破られたいまこの瞬間だなんて……酷く滑稽だなと自嘲する。


 みっともなく生きてきた。ずっと――堕神や虚無と戦うのが恐かった。


 そんな己をロルカに重ねて――みっともなく生きる自分を肯定する糧にしようとしていた。


 それなのにロルカは堕神や虚無から逃げることを拒否し、繭狩りを糾弾して自分の命を散らすつもりだという考えを曲げたりしなかった。


 ならばせめて王都までは。堕ちない限り助けに――そう思ってこのザマだ。



 ――俺も……もう逃げてはいられないのかもな――。

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