第22話 防衛戦⑥
ほんの少しのあいだ留まっていた舌は叫んだロルカを嘲笑うかのように突如引き抜かれ、踏鞴を踏んだニーアスの腹部から夜闇でもはっきりとわかるほどの鮮血が溢れて地面を染める。
「がッ……ぐ、うッ……」
「ニーアス! ニーアスッ……」
「来るな――」
駆け寄ろうとするロルカを右手で制し、ニーアスは左手で地面に剣を突き立て体を預けるとポーチから革袋を引っ張り出した。
「――このッ……」
投げられた袋から小さな黒いガラス玉のようなものが飛び散り、最初と同じように音を立てて弾けたと思うと白い煙があたりを覆う。
ロルカは視界が煙るなかで剣を収め今度こそニーアスに駆け寄ると、その右肩の下に自分の肩を入れて引き摺るように
彼の剣は地面に突き立ったまま置いてくるしかなかったけれど――いまはどうしようもない。
「ニーアス……手当を――!」
「は……だっせぇ……あぁ、だせぇ……最悪だ」
「しっかり! すぐ手当する、大丈夫――」
「手当なんざ必要ねぇよ……はぁ、は……くそ……だせぇ」
「……ニーアス……うわッ」
ニーアスは左手で傷口を押さえて呻くと、足をもつれさせて柔らかな地面に転げた。
ロルカはニーアスに巻き込まれるようにしてガクンと膝を突くと、ぶんぶんと首を振る。
「ごめん……ごめんニーアス。君が戦うことなんてなかったのに――」
自分のせいだ、と思った。
なぜ彼がロルカを助けたのかはわからない。
けれど、ニーアスはこうして戦ってくれた。震えているくせに――戦ってくれたのだ。
「……おい、ロルカ」
ニーアスは荒い息を吐き出してロルカの後ろを見遣る。
その紅色の瞳はいまだギラギラと光っており、ロルカは唇を引き結ぶとその視線を辿った。
視界が晴れ始めた暗い畑。
ロルカとニーアスから興味を失った堕神が町へ向けて歩きだそうとしているところだった。
ニーアスは深く息を吐き出すと血に染まった己の右手を突き立ったままの剣に向ける。
「――戦うなんざ、俺のやることじゃねぇ、と……思ってたんだ」
「ニーアス……うん。もういい、もういいんだ……ごめん」
「――――少し、眠る。いいか、堕神の――脚を――止め……」
「うん……大丈夫、俺が――俺がなんとかするから。必ずあの堕神を倒すから――」
ロルカの大きな翠色の瞳から……堪えきれずに大粒の雫がこぼれ落ちる。
ニーアスはそれを見て小さく笑うと、瞼を下ろした。
「――頼んだ……ぜ」
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