第21話 防衛戦⑤

「……! た、倒さないと……必ず。町の人には――シャルロ、君が警告して」


 そこで急に自分に声が掛かり、呆然と立っていたシャルロが我に返る。


「な、なにを言っているの? どうして私に……」


「どうしてもなにも、そんな場合じゃないだろ」


「で、でも――」


「シャルロ。町の人の命が掛かっているのがわからない君じゃない――そうだよな?」


「……っ」


 柔らかな口調でロルカに言い切られ、シャルロはぎゅっと唇を噛む。


 信用されているのだ。彼を狩ろうと剣を向けたのに。


 神繭カムンマユラの言うことを聞く必要が本当にあるのだろうか――一瞬でもそう考えた自分を彼女は酷く情けなく……恥ずかしく思った。


「町の人を逃がしてほしい……お願いだ。シャルロ」


「……はい」


 ロルカの真摯な言葉に、シャルロは今度こそ小さく返事をすると踵を返して町へと走りだす。


「ま、賢明な判断だろうな」


 落ち着きを取り戻したらしいニーアスはこんなときでも飄々と口にすると震える手を隠すように剣をひと振りして笑う。


 離れていくシャルロの薄紫色をした髪を視界の端で確認し、ロルカは地面を蹴った。


 白い煙が薄れ、動きを止めていた堕神の三つ頭がゆっくりとロルカを捉える。


「はあぁ!」


 気合いを入れて走り込んだロルカはまず堕神の右脚を斬り付けた。


 ロルカの背ほどもある脚とくれば堕神おちがみの大きさが浮き彫りになるというものだろう。


 ギィンッ


「く、硬ッ……」


「退いてろ!」


 鈍い音とともに腕に走る痺れ。


 ロルカが眉を顰めたところに、ニーアスが右足を踏み込みながら肩の高さからの一撃を突き出す。


 体重を載せた切っ先は狙った脚にずぶりと沈み、痛みに耐えかねたの堕神が足を引き上げようとした。


『ブオオオオォォォ!』


 鼓膜をビリビリと震わせる咆哮。


 ニーアスは剣を引き抜くとガタガタと震える右腕を同じように震える左手で掴み、舌打ちをして飛び離れる。


「――くそっ」


「このッ!」


 ロルカはそのあいだに堕神の左前脚へと移動して突きを繰り出した。


 しかしうまく体重を載せ切れず、刃は堕神の脚の表面を削っただけ。


 ――駄目だ、ニーアスみたいにはいかない……!


 思わず胸のうちでこぼしたロルカの背後から切羽詰まった声が轟く。


「離れろロルカ!」


「!」


 咄嗟に堕神の胴体の下を潜って左側へと駆け抜けたロルカは――見た。


『ブオオオォォォォッ!』


 耳を塞ぎたくなるほどの重低音。


 腹の底を震わせる咆哮のなか、三つのうち一番右の頭が大きく口を開いて煌々と燃える塊を吐き出す。


 地面で弾けたそれは畑の作物を巻き込み、あっという間に燃え上がった。


 その炎は白っぽくさえ見えるほど。


 ロルカの肌はじりじりとした熱さを訴える。


「ブレスじゃないだけ運がいいぜ――残りのふたつの頭にも気を配れ! 脚を使えなくして動きを止める!」


 ニーアスはそう言うと吐き捨てるように続けた。


「――くそっ、なんだって俺が戦わないとならないんだよ――」


 彼を巻き込んでしまったロルカはその言葉にぎゅっと眉を寄せ、眦を歪めて悲痛な顔をする。


 自分がなんとかしないと、という焦燥感。


 ロルカは弾けた炎の塊を避けながら再び左脚目掛けて剣を振るう。


 しかしどうしてもニーアスのようには傷が穿てない。


 それを見たニーアスは鼻を鳴らして仏頂面で髪を掻き上げると……剣の柄を握り直し、震える腕で持ち上げた。


「……ロルカ。剣は腕だけで振るな。……よく見ておけ」


 彼はそう言うと腰を落とす。


「……いくぞ。膝、腰、肩ッ……全身を連動させろ!」


 その言葉をなぞるように、足の踏み込みに合わせて両手剣が右上から左下へと振り下ろされた――体の捻りが加わることで刃に体重が載って強力な一撃となるのだ。



 ズダァァァンッ



 結果、ロルカの剣では出せたことのない音で堕神の左脚が斬り裂かれる。


 ニーアスの体の芯はブレることなく、目線は常に敵を捉えていた。


 穿たれた傷口からは血液ではなく黒々とした靄がどばりと溢れ、怒り狂った堕神は左の頭でニーアスを狙う。


『ブオオオォォォッ、オオォッ!』


 吐き出されたのは白く煙る塊。


 それが凍てつくほどの冷たさであることはすぐにわかった。


 飛び退いたニーアスのすぐ横で弾けたそれの周り――土がパキパキと高い音を立てながら霜で覆われていく。


 空気が急激に冷え、露出した肌が切れそうなほどだ。


 ――炎と冷気……あと一個の頭はなんだ――?


 ロルカは白い息を吐き注意深く様子を窺いながら、ニーアスの攻撃を真似て果敢にも堕神に斬り掛かった。


 両手で握り絞めた剣を振るその瞬間、体の芯はそのままで……捻りを加える。


「うおおぉぉッ!」


 ……手応えは、あった。


 ニーアスの一撃ほどではないが左脚に傷が走り、堕神の巨体が傾ぐ。


「いいぞロルカ! 次は右脚だ!」


「わかった!」


「……って、おい馬鹿ッ……!」


 ニーアスの声にロルカが立ち止まって頷いた瞬間、三つ目――中央の頭が持ち上がり、その顎が開かれる。


「――!」


 反応が遅れたロルカが膝を曲げて前方に跳ぼうとしたとき、堕神の頭にニーアスの投げた小さな玉が炸裂した。


 パァンッ!


「こっちだ、のろま亀ッ!」


 弾けた玉から炎が踊り、中央の頭がニーアスへと狙いを変える。


 ニーアスは次に吐くのはなんだと身構えたが……しかし。


「――が、はっ…………」


 堕神の口から発せられた――いや、飛び出したのは――伸縮性を備える鋭い槍状の舌だった。


 ほかのふたつの頭とは違う、獲物を一撃で仕留めるための物理的な攻撃。


 それは瞬きすら間に合わないほどの速さでニーアスの左脇腹を貫き、一気に地面にまで到達していた。



「う、あ……ニーアス――ッ!」

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