第20話 防衛戦④

「黙ってろロルカ。おい繭狩りのシャルロ。ここ三日間じっくり観察させてもらったが……お前ロルカの追手じゃねぇな? 一緒になって楽しそうに甘いもん食ってたし?」


「……な⁉ どういうことだよニーアス! ……観察って……」


「だから黙ってろって。……まぁ予想はついているぜ? 繭狩りのシャルロ。おおかた村の人間狩れずに帰されたってとこだろ」


「……! あなた誰、なんでそのことを――」


 シャルロが剣を引いて顔を顰めるが……ロルカはその瞬間、吐き気を帯びるほどの奇妙な揺らぎに蹈鞴を踏んだ。



「……ッ、……ニーアス、シャルロ、離れて。…………来る」



「は……? ちょっと待てロルカ! 来るって……お前、繭狩りのシャルロに会いに出てきたんじゃないのか……⁉」


「話は終わっていませんッ、あなた一体――!」


 ロルカは思い思いのことを口にするふたりに構うことなく、剣を抜き放った。


 感じたことのない勢いで自分と世界の境界が曖昧に歪んでいく。


「――くそっ、ふざけんなって話だぜ」


 ニーアスはシャルロを無視してロルカの隣に並ぶ。


「ちょっと……!」


 なおも問い詰めようとしたシャルロは――息を呑み、双眸を見開いた。



 川から這い上がる黒い、黒い、影。



 それは……見たこともないほどに巨大だった。


 ザブ、ザブと水を掻き分け、ぬっと出された前脚が川縁にめり込む。


「――そんな、本当に虚無ヴァニタスが……どうして、こんなところに……」


 シャルロの呟きに応えるものはいない。


 巨大な三つ頭を持つ亀のような影はそれぞれの頭を別々の方向に揺らしている。


 ロルカはちらと横目でニーアスを確認し、やはりその腕が震えているのに気付いた。


「ニーアス、無理しないでいい。ここから離れて」


「……は、馬鹿言ってんじゃねぇぞロルカ――あれのどこが……虚無なんだよ……」


 ロルカはニーアスの返しに眉をひそめる。


 なにを言われたのかわからなかったからだ。


 ニーアスは震える右腕を左手で握り――ぎり、と歯を鳴らした。



「ふざけんじゃねぇぞ……あれは――堕神おちがみだ」



「――え……」


「感じねぇのか? この禍々しい空気……虚無なんて比じゃねぇだろうが! くそ、なんだってこんなところに……! 虚無が活発化してんのはこいつが生み出したからか」


「――お、堕神――? こ、こいつが? だって、人ですらない――」


「ばぁか。神の力に堕ちるってのはそういうことなんだよ! そんなことも知らねぇで…………あぁくそ、ちと想定からは外れたが準備しておくに越したことはねぇな!」


 言うが早いがニーアスはベルトのポーチから革袋をさっと取り出す。


「くれてやる! そらッ!」


 彼の言葉と同時、上空に弧を描いて投げられた袋から小さな黒いガラス玉のようなものが散ったのが星明かりでかろうじて確認できる。


 それが堕神に到達した瞬間、パパパパパ! と軽い音が弾け、白い煙が広がった。


 ニーアスは一度瞼を閉じて深呼吸すると体の前に震える両手剣を構える。


「目眩ましだから多少の時間稼ぎ程度だぜ。――で、一応聞いてやる。どうしたいんだ、ロルカ?」

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