第15話 野生の勘⑦

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 その翌日……シャルロはロルカの顔を見て薄紫色の瞳を陰らせた。


「えぇと……ロルカ。その、どうかしたの?」


「ん……?」


「瞼――腫れてるよ……?」


「えっ、本当か? しまったな、念入りに冷やしたつもりだったのに」


「なにかあった? あの、私でよければ力に……なれるかはわからないんだけど」


「ふ、なんだそれ。大丈夫。昨日話したつらいことっていうのかな、あれを思い出しただけ」


 ――たぶんニーアスも気付いていたんだろうな、なにも言わなかったけど。


 それは彼の優しさなのかもしれない……とロルカが思ったとき、シャルロが眉を寄せてずいと身を乗り出した。


 ロルカは突然のことにギョッとして上半身を引き、頬を引き攣らせる。


「え……なにかな?」


「それ……大丈夫じゃないよ。私もそういうときがあったからわかるの。そういうときは……甘いものを食べよう! 時間はあるから今日の種撒きはお昼からにして。行こう!」


「え、甘いもの? いや、でも朝飯食べたばっかり――ちょっとシャルロ!」


 有無を言わさず歩き出す彼女の薄紫色の髪を慌てて追うロルカに町の人の好奇の目が刺さる。


 ――弱ったな、目立ちたくはないんだけど……。


 そんなロルカの気持ちなどつゆ知らず、シャルロは開いていた店に入っていく。


「……あ、シャルロ待って! しまった、俺……お金なんて持っていないよ……」


 ほとほと困り果てたロルカはしかし、店でとんでもない思いをすることになる。




「…………」


 あれよあれよと運ばれてくるのはクリームたっぷりの甘そうなケーキやぷるぷると震える見たこともない透き通った食べ物。


 お金は持ってきていないと告げたロルカに「ああそっか、借金」と酷いことを呟いたシャルロはそれでもさらさらと注文を重ねた。


「さあロルカ。私がご馳走するからたくさん召し上がれ!」


「…………これ、なに?」


「? なにってゼリィだけど――まさか知らないの⁉」


「え……うん……」


「そんな、ゼリィを知らないなんて……」


 彼女は驚愕した表情でしなやかな腕を持ち上げると、そっと自分の分と思しきゼリィをロルカの前に寄せる。


「食べて、ロルカ。……あのね、元気ないときはこうやって甘いものをたくさん食べるの。そうしたらきっと元気が出るよ」


「たくさん……」


 テーブルを埋め尽くすものがすべて甘く芳醇な香りであることは間違いない。


 しかしロルカはどちらかというと森で採れる木苺で育ってきたのもあって……動揺が隠せなかった。


「皆、こんなことしているのか……勉強になるよ。ありがとうシャルロ」


 ロルカは意を決して手元にあるゼリィとやらから口に含んだ。


 ゼリィとやらは――とても甘かった。




 ……斯くして。


「……」


 ロルカは花壇の土をほぐしながら未だ呆然としていた。


 ――村の外の人はこんな苦行をしていたのか……俺は甘すぎるってことなんだ。甘いものをたらふく食べることでそれを思い知るための儀式なんだな――あれは。


 ロルカにとっては正直、夕食もいらないほどの満腹感だ。


 息をすれば己から甘いクリームの香りが漂うというのは生まれて初めての経験である。


 そんな彼の状態を知ってか知らずか、同じように甘いものを食したはずのシャルロは軽い足取りで花壇の傍にやってきた。


「土ほぐせた? 種、蒔いちゃうね」


「……ああ、お願いするよシャルロ」


「ロルカはどう……? 元気出たかな」


「……もっと頑張らなきゃいけないって思った。ありがとう」


「え、頑張る……?」


 訝しげな彼女の薄紫色の瞳に、ロルカは深々と頷いた。


「こんな経験ひとりじゃできなかった。くよくよしている場合じゃないと思うくらいには……なんていうか刺激的だったよ」


「よかった、元気出たのね! ……じゃあ今日の種蒔きが終わったらまた行かない? 私もう少し食べたかったの」


 ぱっと花が咲くような笑顔を見せたシャルロは土で汚れた両手を胸の前で合わせる。


 ロルカは双眸をこぼれそうなほどに見開いて首を振った。


「えっ……さすがにそれは……」


「遠慮しないでいいよロルカ。私がご馳走するから!」


「そこじゃないというか……なんというか……」


 思わず肩を落としたロルカは……それでも嬉しそうに笑うシャルロにつられ口元を緩めるのだった。

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