第14話 野生の勘⑥
……そうして花壇に種を蒔き水をやること五カ所。そこで今日はお開きとなった。
日は暮れて町には夜の帳が下りようとしている。
茜色から濃紺へと塗り変わる空は美しく……瞬き始めた星が存在感を増していた。
「私、なんだか楽しかったなぁ……ありがとうロルカ。久しぶりにたくさん笑った気がするの」
「こちらこそ。――俺もさ、つらいことがあって……自分じゃ気付かないうちに結構へこんでいたみたいなんだ。シャルロのお陰で感情を取り戻せたかもしれない」
素直に口にしたロルカにシャルロは驚いた顔をする。
まさかそんなことを言われるとは微塵も思っていなかったからだ。
「感情って……大袈裟だよロルカ。……でもそれなら私も似たようなものかも。仕事っていうか、やらなきゃならないことっていうか……それがうまくできなくて、怒られて。――指示は間違っていないってわかっているのに体が動かなかったの。だから覚悟が足りないのかなって思っていて……」
「…………?」
ロルカは背を向けたシャルロを見詰め、少しだけ考えてから言った。
「よくわからないけど……俺の『野生の勘』はシャルロの気持ちを尊重しろってさ。体が動かなかったのは気持ちが拒否したってことだ」
「――え?」
「俺の『野生の勘』は当たるよ、シャルロ。それじゃあお疲れ様。また明日もよろしく!」
「あ……」
思わずシャルロが振り返ったときには……すでにロルカは踵を返していた。
その揺れる黒髪が赤髪の女性を庇った女性と重なって――シャルロは眉尻を下げると泣きそうな顔で
「私の気持ち……なんて。だってそれだと狩人失格なんだもの……
伏せられた薄紫色の瞳にはまだ迷いが濃い影を落としており、小さな呟きは誰に聞こえることもなく……喧噪に溶けて消えていった。
******
ロルカはシャルロと別れたあとで町の南へと足を伸ばした。
念のため警戒し、武装した人々と擦れ違うときは目立たないよう注意する。
思いのほか広い畑に到着した頃には星々が空を埋め、あたりは真っ暗だった。
――今日じゃないのは間違いなさそうだけど……虚無がいつ来るかわかればいいのに。
ロルカはそう思いながらぐるりと見回す。
正面は大きな川で、背後にある町はレンガ造りの
ロルカが出てきた南門には見張りが立っていたが、ここまで離れるとちらちらと篝火が見えるだけで人の姿は視認できない。
――やっぱり戦うならこの畑になるか。作物は駄目にしてしまうけど……謝るしかないよな。
「…………」
ロルカは土の香りがする空気を思い切り吸い込むと……ふと立ち止まり、その場で空を見上げた。
――あぁ……ひとりになったから、かな……。
村が繭狩りの粛清にあってから七日。十分に堪えたよな、と……ロルカは自嘲する。
シャルロのお陰で薄れていた感情を呼び覚まされたことも要因のひとつかもしれないが――もう耐えられそうにない。
けれど、ここで苦しみを吐露するのは悪いことではないと――彼はどこかで理解していた。
だから。ロルカは込み上げるものを受け入れる。
見えていたはずの星々が滲んで見えなくなり、熱いものが頬を滑り落ちていくのを拭いもせずに。
「……う、うぅ、……うぁ……」
つらかった。なにもかもをなくしたことが。
自分ひとり逃がされて、ここにいるということが。
神繭はどうして存在するのだろう。
羽化して立派な神になれと村の皆は言ったけれど……こんな思いをするくらいなら……。
ロルカはそうやって何度も同じ考えを巡らせては――違うと首を振った。
――俺が残されたのは……命を散らしてでも繭狩りの喉に噛み付いて喰い千切ってやるためだ。糾弾してやるんだ、皆のために……俺が。
嗚咽を漏らし、必死で息を吸い込んでは吐き出しながら――弔うことも許されなかった村の人々を思う。
安らかであれと願って泣いたときの気持ちをもう一度胸に刻み込む。
……やがてロルカは乱暴な手付きで目元を拭い、翠色の瞳を大きく開けて再び空を振り仰いだ。
その瞳は力強い光で満ちており……輝く星のようだった。
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