第12話 野生の勘④
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「はい。こちらが依頼受領書です。完了時には完了書を発行し報酬とともにお渡しいたしますが、そのときに依頼受領書の提示が必要ですのでお持ちくださいね」
柔らかそうなふわふわした髪の女性が手際よく書類に印を押しロルカに差し出した。
宿を取り、ニーアスの案内で依頼斡旋所――通称『宿り木』へと赴いたロルカはその場で依頼を請けたのだ。
「……町の花壇の種撒きねぇ……お前、園芸なんてできるのか?」
「いや、やったことはないけど……。土掘り返して種を植えればいいっていうからさ」
ロルカはお礼を言って書類を受け取り、懐にしまいながら答える。
とはいえ、ロルカとて考えなしに請けたわけではない。
依頼を利用して町の地図を把握し、
花壇は町のあらゆる箇所に点在していて数日かけて整備するらしいので都合がよかったのだ。
「で、次はどうすんだ?」
「ええと、依頼人に会いにいって、そこで一緒に仕事する人と顔合わせだって。丁度このあとみたいだから行ってくるよ」
「……大丈夫とは思うが、警戒は怠るなよロルカ。宿の場所は覚えてんな?」
「わかってる。俺、子供じゃないんだから……」
「ははっ、大して変わんねぇよ。んじゃあ俺は物資調達と情報収集だな――っと、その前に飯だ。そんくらいの時間あんだろ? お前、ろくに食ってねぇし」
ロルカは頷いてニーアスと一緒に昼食を取ることにする。
ニーアスが選んだのは柔らかく煮込まれた麺と呼ばれる食べ物の店で、自慢だという優しい味付けの汁はロルカの体に沁みるような美味さだった。
「……美味い……こんなものがあるんだ」
「だろ? ここで採れる作物が原料の麺だ。お前全然食べられてねぇし、いきなり肉ってわけにもいかないからな……」
「もしかして俺のこと気遣ってくれてたのか。……助かるよ」
「本当ならお前が自分で気遣えよって話だぜ、ロルカ」
ここで倒れるわけにはいかない。そう思ったロルカの言葉にニーアスはしれっと応えて麺をすする。
苦笑したロルカは「お金を払いきるまでは気を付けるよ」と言って同じように麺をすすった。
……そうして。
腹を満たしたロルカはニーアスと別れて依頼人のもとへと向かった。
この町は近くに川があり、そこから水を引いているらしい。
その水は町だけでなく町の外で栽培されている作物にも使用され、この町の生計に必要不可欠なものだった。
「貴方たちには町に設置された花壇に新しい種を撒いていただきます。そのとき、町の水源から水を持ってきて与えることも忘れないようにしてくださいね」
依頼主は町長で、説明を行うのはその代理だという眼鏡の女性だ。
ロルカは頷きながら配られた地図に目を落とし、町の大雑把な形を頭に入れる。
川は町の南側を西から東へと流れ、川沿いに大規模な畑が広がっているようだ。
「日数は最長十日としていますが、おそらくそれほど掛かることはないでしょう。終わり次第、報告してもらってかまいせん。種はこちらに。では、説明は以上となります」
差し出された種を受け取ったのはロルカと一緒に仕事をする少女だった。
薄紫色をした美しい髪と目をしており……おそらくロルカよりは年下だ。
――綺麗な色だな、初めて見た。渡り鳥かな?
見詰めていると種に視線を落としていた少女が顔を上げる。
整った端正な顔立ちはその美しい色合いの髪と目によって見るものをより惹き付けた。
そこでロルカはまだ名乗っていないことに気が付いて右手を差し出す。
「俺はロルカ。数日間よろしく――ええと」
「私はシャルロ。よろしくね、ロルカ」
どこか寂しそうに微笑む彼女はあまり元気がないように見え、ロルカは首を傾げる。
するとシャルロと名乗った少女はロルカの差し出した右手がそのままになっているのを見て、慌てたように握った。
柔らかそうな手は予想に反して少し硬い。これは剣を握る手だとロルカは思った。
「……えっと。君は渡り鳥?」
「え? ……えと、その。私は……」
「あ、そういうのって聞かないほうがいいことなのかな? ごめん、俺……あんまり町に来たことがなくて」
「…………」
「えぇと――とりあえず、どの道順で回るか予定を立てるのはどうかな。数日はかかるみたいだし、待ち合わせの場所とか時間も決めておこう」
「え? 予定? 待ち合わせ? ……あ、うん……」
「――あの。俺、なにか変なこと言ったかな?」
「あっ、ううん……その、私。てっきり別々に行動するものだと思っていたから……」
「え? 水も運ばないとならないみたいだし、一緒のほうが効率がよさそうだと……もしかして普通は協力しないものなのか、渡り鳥って……」
慌てたように眉尻を下げたロルカに……シャルロはどこか安心したように肩の力を抜いて首を振った。
「あなた変な人だけど……なんだかいい人だっていうのはわかった。きっと私のほうが年上だから私がいろいろ教えるね。ひとりより気が紛れる気がするし……」
その瞬間、ロルカは眉間に皺を寄せて渋い顔をする。
溌剌とした輝きを放つ大きな翠色の瞳は彼を幼く見せることもあり、威厳を纏った凛々しい男を目指すロルカにとって悩みの種でもあるわけだが……まさかこんなところでそれを言われるとは思っていなかったのだ。
「――あのさ、俺よく年下に見られるんだけど……たぶん君のほうが年下だよ、シャルロ」
目を丸くした彼女の表情でさえ綺麗なものだと――ロルカはどうでもいいことを思って項垂れた。
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