第11話 野生の勘③
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それから五日後の昼前。
天気の崩れもなく無事に小さな町に辿り着いたロルカは感嘆の吐息をこぼした。
各家は軒先や窓に色取り取りの布……というよりは旗を下げることで個性を出し、目抜き通りにはロルカからすれば信じられないほどの数の露店が並んでいた。
「町は初めてか?」
「うん。すごいな、人がいっぱいいる……」
「ははっ、この程度でいっぱいか。王都はもっとすげぇぜ?」
ぼーっと突っ立ているロルカを覗き込んで笑ったニーアスはそう言うと蜂蜜色の髪を手で掻き上げてレンガ通りを歩き出す。
「まずは宿の確保。それから物資調達だ。宿代と食事代くらいは出してやる。ほかは後払いに追加しとくからな」
「えぇと。ニーアス……俺、そこまで払える気がしないんだけど……なにか方法はあるかな?」
「ふふん、それなら心配すんな。町には簡単な依頼事もある。小遣い稼ぎくらいにはなるから、お前がそれを請けて報酬を支払いに当てる――どうだ? 悪くない案だと思うぜロルカ」
「依頼事? そんなものがあるのか?」
「ま、いわゆる渡り鳥向けだけどな。長く滞在はせずに旅する冒険者のことだ。聞いたことくらいあるだろ?」
「あぁ、それなら。そっか、渡り鳥は各地で依頼を請けて路銀を稼ぐんだな」
「そういうこった」
――俺は王都まで行ければそれでいいけれど。もしニーアスが本当に後払いを望んで付いてきているなら、なんとかしたほうがいいかもしれない……。
あれからニーアスがロルカにナイフを向けることはなく、彼の飄々とした態度が崩れることもなかった。
だから……というわけではないのだが、ロルカはニーアスに誠意を持って金を返す姿勢を貫いている。
彼が金で満足すれば繭狩りとのことで要らぬ迷惑をかけないで済むかもしれない。
あれこれ考えながら先に歩いているニーアスに続き、ゆっくりと右足を踏み出して――――ロルカは硬直した。
突如――視えたのだ。
満天の星空の下。頭が三つある巨大な亀のような――
ロルカが立っているこの目抜き通りも。並ぶ露店も。逃げ惑う人々も。すべてを破壊し、呑み込み、暴れ狂う影。
ところが額に噴き出した嫌な汗にロルカがごくりと喉を鳴らした瞬間……その景色は溶けるように掻き消えた。
止まっていた空気が動き出して喧騒が戻り、ロルカは大きく息を吐き出す。
――なんだ、いまの……『野生の勘』なのか? こんなにはっきり視えたのは初めてだ……。
「おい、ロルカ。さっさと行こうぜ」
「あ……いま行く」
――この町にあの影……
なぜかはわからないがロルカには確信が持てた。
彼は腕で額の汗を拭って歩き出し……『戦わないで逃げればいい』と言ったニーアスの言葉を思い返す。
――ニーアスには言えない。でも、やっぱり放っておいて自分だけ逃げるなんて――俺にはできそうにない。そんなことをしたら村の皆に合わせる顔がないもんな……それなら俺がその
自分だけが逃がされたことへの贖罪か、それともロルカの性格ゆえの正義感か。
ロルカは落としていた視線を上げ、ニーアスの背に言葉を投げた。
「ニーアス、その依頼を少しやっていこうと思うんだけど。どこで請けられるんだろう?」
その言葉にニーアスは足を止め……眉を顰めて振り返る。
「……ここでか?」
「え、そう……だけど……」
「お前、自分の状況わかってんの? ――いや、そうだな。少し休むってのはありか……」
ロルカは自分に追手が掛かっていることを思い出して苦虫を噛み潰したかのように唇を引き結んだが、ニーアスにもなにか考えがあるようだ。
「よし。宿とったらまず依頼を見にいこうぜ。それから物資調達でもなんとかなるはずだ。商人仲間も何人かいるはずだから情報も集めて……ってな感じか」
「ありがとうニーアス」
ロルカはほっと息を吐き出して町を見回した。
行き交う人々は楽しそうで、あちこちから食欲をそそるいい香りが漂ってくる。
ここを守らなければ。虚無をなんとかしなければ。ロルカはその思いに突き動かされるように歩み出す。
――皆、ごめん。早くなんとかして必ず繭狩りのところに行くから待っていて。
胸のなかで呟いて、ロルカはひとり頷くのだった。
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