第10話 野生の勘②

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 ……その日の夜。


 草原の真ん中に一本だけ生えた木の下でようやく纏まった休憩を取ることが許され、ロルカは柔らかな草の上に横たわって瞼を閉じていた。


 けれど村を――すべてを失ったロルカの胸には深い傷が穿たれており、体が酷く疲れているにも関わらず簡単に寝付けそうにもないほど意識が張り詰めている。


 見張りは交代で行うことになり、いまはニーアスが起きているはずだが――ロルカは規則正しい呼吸を繰り返し感覚を研ぎ澄ませていた。



 ……すると。



 音もなくニーアスが動く気配があり、ふわりと空気が揺れた。


 続けて耳に触れる、キン、という刃の擦れる微かな音。


 ニーアスが腰に下げているナイフを抜いたのだろうと当たりをつけたロルカは息を殺す。


「…………」


 見なくてもわかる。


 いまこの瞬間、ニーアスは飄々とした空気ではなく触れたものを斬り裂く刃のような空気を纏い、狡猾で用意周到な獣のように爛々と紅眼を光らせているのだと。


 ロルカの喉元に触れるか触れないか――感じるのは冷たいナイフの切っ先で、彼は瞬きひとつせずにロルカを見下ろしているのだと。


「…………は」


 しかし次の瞬間、小さな吐息とともに気配が離れた。


 ロルカは薄く瞼を開けたが、ニーアスはすでに背中を向けて胡座を掻き、俯いている。


 己の勘に従ってじっとしていたロルカは知らず強張っていた肩の力を抜き、細く息を吐く。


 ――理由を聞くのは……いまじゃないな――。


 なぜだかそう思い、ロルカは今度こそ眠るためにきつく瞼を閉じた。




 翌日のニーアスはいつもの飄々としたニーアスだった。


 けらけらと笑っては、商人らしくやれどこの商品は質がいいだの、あそこの食料は日持ちがしないだの、いろいろな話題をロルカに提供する。


 どういう意図があるのかロルカにはわかるはずもなく、ともすれば本当に意図などないのかもしれないとも思えた。


 ――俺を助けてくれたのはニーアスだ、それは間違いない。でも昨日のことを思うと警戒すべきなのか……?


 己に問いかけても無駄なのを知りながら考えたロルカは、その瞬間、ニーアスが投げて寄越した干果物を慌てて掴んだ。


「それ、保存食にしては美味いし栄養もあるんだぜ。行商では必須だ。覚えておいて損はないかもな」


「え、あ……あぁ、ありがとうニーアス」


 ――とりあえず……なにもしないうちは傍観するしかない、な……。


 ロルカはため息を吐き出して干果物を口にし……目を瞠った。


「本当だ、美味い……」


 甘く、想像よりずっと柔らかい。


 なによりもこんな状況で『美味い』と思えることが衝撃的だった。


 まだ生きているのだ、自分は。ロルカはそう思う。


「だろ? 町に行けば温かいもんも食えるだろうし、楽しみにしとけよ?」


「……あ、うん――わかった」


 ニーアスに返したロルカは……ぎゅっと拳を握り締めるのだった。

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