第7話 繭狩り②


「……なにかご用ですか、繭狩り」


 まだ薄暗い森のなかにある小さな村で、どういうわけか村人たちは繭狩りたちを待ち構えていた。


 多くは武装していたがなにも持たないものも数人。そのうちふたりは黒髪の壮年男女で、言葉を発したのはその女性のほうだ。


 繭狩りたちは彼らと対峙する形で展開し……村人の前に眼帯の男が歩み出る。


「これはこれは。まさか村人総出でお迎えしていただけるとは。――単刀直入に聞く。神繭カムンマユラはどこだ」


「さあどうでしょうね。僕たちがそれを教えるとでも?」


 次に答えたのは黒髪の男性。彼が村長むらおさだろうかとシャルロは考えた。


「――舐めた口を利く」


 瞬間、シャルロは息を詰め薄紫色の目を瞠る。


 眼帯の男が突如、己の武器のひとつである楔のような小さな投げナイフを放ったからだ。



 ギィンッ



 しかし鈍い音とともに投げナイフは弾き返され、くるくると回って地面に突き刺さった。


「――いきなり攻撃してくるなんて、いくらなんでも頭おかしいんじゃない? 神繭カムンマユラよりもあんたたちのほうがよっぽど危険だと思うけど」


 それを弾いたのは両手剣を構えた血のような赤い髪を持つ気の強そうな女性だ。


 彼女は体の前で剣を構えたまま続けた。


「神繭だってあんたたちと変わらない――いえ、もっと優しい。神繭が堕神おちがみ虚無ヴァニタスを狩って平和を護ってるっていうのに……人間か神繭か、ただそれだけで狩ろうというなら、あたしが相手になる」


 ――この人が神繭……? それとも……。


 シャルロは油断なくあたりを窺うが、どの村人の露出部分にも神繭の印である『特異紋』は見つけられなかった。


 それどころか誰ひとりとして羽化する素振りもみせない。


「……戯れ言を。――交渉決裂だ。粛清を始めるとしよう。いけ!」


 眼帯の男の号令で繭狩りによる粛清――狩りが始まりを告げる。


 いつもなら羽化した神繭か虚無を相手に剣を振るうが、今回はまったく様相が違う。……だというのに繭狩りたちは躊躇いなく次々と村人を屠っていき、その動きに迷いはなかった。


 ただひとり、シャルロはどうしても動けず……噛み合わない歯をカチカチと鳴らすだけ。


 すると――しばらくして。その目の前に村人がひとり……突き倒されるように転がされた。


「――やれ、シャルロ」


「お、おさ……」


 転がされた村人は背中を斬られており、痛みに顔を歪ませてシャルロを見上げた。泥まみれの男性だった。


 その表情は悲痛で……シャルロはかぶりを振る。


 ――違う。この人は神繭じゃない……怪我が治っていかないもの……!


 神繭は類い希なる治癒力を持つために、傷を付ければ『特異紋』を確認せずとも見分けられるのだ。


「だ、駄目です長。彼は違う、一般人です……!」


「言ったはずだ。今回はすべてが狩り対象だと。お前は繭狩りだろう? 狩れ!」


「……させないッ! はあぁッ!」


 そこに飛び込んできたのは赤髪の女性だった。


 眼帯の男がさっと身を躱したところに別の村人が攻撃を仕掛け、そのあいだに赤髪の女性は膝を突いて倒れた村人を抱き起こす。


 呆然と見下ろしているだけのシャルロを反対に見上げた彼女は――深紅の瞳を悲しそうに眇めた。


「……あんた、まだ子供じゃない……。どうしてそんなことしているの」


「……え」


 話しかけられていると気付いてシャルロは一歩後退る。


「やめなよ、繭狩りなんか。この村に暮らしていただけの私たちに――こんなことをするのが正しいって本当に思っているの? 誰かが堕神や虚無を狩らなきゃならないのに――争う理由がどこにあるの?」


「わ、私……」


「シャルロッ!」


 眼帯の男の射るような怒鳴り声。


 ビクッと首を竦めたシャルロの前、女性は傷付いた村人に肩を貸したままなんとか移動しようとしていた。


 なおも動けないシャルロをどう思ったのか、攻撃を仕掛けた村人を易々と斬り捨てた眼帯の男は剣を振り上げて赤髪の女性に襲いかかる。


「――くっ」


 女性は身を捻って村人を庇おうとしたが……刃の前に身を挺したのは別の黒髪の女性だった。


 最初に言葉を発した人だ、と……シャルロが認識するのと同時。


 その胸元に下がっていた翠色の石のペンダントが大きく揺れて――眼帯の男の剣を受けた女性は地面に叩きつけられるように倒れ伏し、そのまま動かなくなった。


「おば様――ッ!」


 赤髪の女性が悲鳴を上げる。


 シャルロはその瞬間、反射的に耳を塞ぎ、へたりとその場に座り込んだ。



『――おかあさん!』



 そう叫んだ幼い自分がなぜか重なってしまったのだ。


 ――違う。狩りは正しい。神繭も虚無も狩るべき存在なの――!


 思えば思うほど体が硬くなる。


 そんなシャルロの目の前、次にどさりと倒れ込んできたのは……赤髪の女性だった。


 致命傷――シャルロにはそれがわかる。


 眼帯の男はまるで汚いものでも見るかのような冷たい目で赤髪の女性を睨め付けると、鼻を鳴らして踵を返し次の獲物へと走っていった。


 シャルロは……どうしていいかわからず、目の前の女性を見詰める。


 まだ息があった赤髪の女性は深紅の瞳にシャルロを映すと……薄く開いた唇を震わせた。


「ろ、……か……」


 伸ばされたのは血濡れた右手。


 口にしたのは人の名前だろうか。


 シャルロにはよく聞き取れなかったが、誰かと間違えているのだとわかった。


「…………」


 シャルロは黙ってその手をそっと握る。


 死の寸前にあって見えているものは――いまこの場所ではない。それは救いなのだろうか。


 ――いままで狩った神繭たちは……どうだった……?


 自分への問いかけには当然答えなどない。



 程なくして女性は息を引き取り――粛清は完了された。

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