第10話 シオンside: 潜む迷宮のプレハブ小屋
シオンの記憶が更に
潜ると
そこは、
蒸した暑さが こもる部屋の天井。
カラフルなドレスの裾が
天蓋ベッドのように
つられて
さわさわと、揺れていた。
『ああ、そうかー 天国じゃなくて
ここ、アザミちゃんのプレハブ』
蓋をした記憶を覚醒しさせて、
シオンは
ゆっくりと 辺りを見回す。
『シオンちゃん。起きたのね。』
上品で落ち着いた声が
シオンの耳に届き見ると
アザミに良く似た顔の、
彼女の母親が、
膝に レースたっぷりの
純白のドレスを乗せて
シオンをのぞいている。
『シオンちゃん、大丈夫よ。
ほんの30分かしら? それ
ぐらいしか 寝てなかったから。』
緩いロングパーマの髪を 簡単に
まとめて、
綺麗な顔だちに
疲れを滲ませている。
『気を使って手伝ってもらって
悪いわ。アザミも、さっき
息抜きに 外 出て行ったから。』
『それでも、ちゃんと夕食の
肉じゃがを食べさせて貰った
から、キリのいいとこまで
手伝ますよ、おばさん。』
シオンは 、
アザミの母親に
さっきまで 手伝っていた
ドレスのレースだけを
取り上げ、手縫いする。
窓の外は暗いはずなのに
街のネオンに照らされ
ガラスも
ドレスもカラフルだ。
『今週中に、8着仕上げなのよ。
これで、なんとか間に合うわ。』
天井から吊り下げられた、
優雅な スタンダードドレス。
ワルツにタンゴ、ベニーズ、
フォックッストロット、
クイック。
長めのドレスを纏う淑女と
燕尾服の紳士が
ホールドしたまま踊る
スタンダード社交ダンス。
貴族の舞踏会のような
ドレスは その衣装達だ。
『昔、私の母がね。女学校を
抜けてダンスホールで踊った
話してくれた ドレスが
忘れられなくて、社交ダンス
始めたのよ。笑うでしょ?』
アザミだけじゃなくて、
アザミの母親も 踊っていたと
聞いて、シオンは
眩しそうに 目を細めた。
オーダーメイドドレスの
デコレーションといわれる
飾り付けは、全て
手作業。
アザミの母親は、ジュニア大会で
踊るアザミのドレスの
デコレーションを
裕福な時でも、
自らから 趣味でと、やっていた。
『まさか、趣味の延長で、
デコレーションの内職が出来る
なんてね。人生何があるか
わからないわ、シオンちゃん。』
手元で手伝う、
シオンのレース縫いを
指示しながら、アザミの母親は
今の潜伏生活を支える
内職話を 可笑しそうに
シオンに喋る。
『アザミと、2人でやるけど、
どうしても、ギリギリの締め切り
になるでしょ?寝不足よね。』
ドレススタジオから
宅配で届けられる内職は、
デザイン画に指示と、材料が
詰められ、
顔を出さなくて
やり取り出来る分、
仕事の締め切りも シビアだ。
『あら、縫い付け終わったのね。
丁寧に出来てる。じゃあ、
そろそろアザミに、次の作業
してもらうわ。あら、そう?」
シオンは、変わりに
アザミを呼びに出るからと
立ち上がって、
プレハブ小屋の引戸を開けた。
ビルの送電線から電気を
もらいながら
クーラーが付いてると いえど、
駅ビル群の屋上に建てた
夏のプレハブは、
どうしても 昼の暑さを
こもらせる。
ぬるいビル風で、今は
外のほうが 涼しく、
屋上に出ると、
非現実な景色に
どこか 気持ちが スッキリする。
『アザミちゃん!』
屋上の電飾看板裏に 囲まれた
スペースは、
アザミの黒いシルエットを
浮き上がらせて、
彩るネオンを 反射させていた。
シルエットの令嬢は、
プレハブ小屋の前に、
広がるネオン色の 屋上で
夜の街をBGMに、
ソロで、踊っている。
くーーーるーーんんん、、
ゆるやかにカーブを
滑る。あれは、
フォックストロットのターン。
スローモーな流れで
つむじ風そのものになったような
体躯。
ソロで、夜と ダンスする
アザミにシオンは
もう一度声を掛けた。
『気がつかなかったな。』
少し伸びたショートヘアの
シルエットが、
シオンの方へ歩いてくる。
『アザミちゃんっ。縫い付けっ
終わったから、そろそろビル
出るねっ。石付けまでやれたら
良かったんだけど。もう行く』
プレハブの引戸を
開けると、シオンは
『影の学校』の教材が入る
鞄を掴んで、
アザミの母親にペコッと頭を
下げる。
『肉じゃが、ごちそうさま
でした。美味しかったです。』
ポケットのカードキーを
確かめるシオンに、
『途中まで、見送るね。』
アザミが フード付きパーカーを
深く被って いつものように、
引戸の鍵を掛けた。
屋上のプレハブ小屋は
電飾看板で、周りの建物から
死角になる。
中心地に立つビル群の屋上は
夜も電飾や、ネオンで
暗くなることはない。
そして、
このビルには屋上への
出入口も ない。
アザミを先に、
シオンも プレハブの裏に
回る。
そこは、屋上の柵があるが、
本来あるはずの ない
扉が外側に 付いている。
屋上の外に扉が付いてるのだ。
その不可思議の答えは
簡単。
隣の駅ビルと1メートル離れて
隣接しているこのビルは、
屋上から 隣に鉄筋の橋が
掛けられいた。
元不動産王と呼ばれた
アザミの父親が仕掛けた
潜伏場所。
15階にある この橋を
最初シオンは、渡るのに
かなりの勇気がいったが、
今は慣れたものだ。
柵の鍵を開けて、
下からの風に煽られたら
橋を渡る。
到着は 隣の駅ビルの
途中階にある、外階段踊場。
その柵扉を開ける。
ネオンとドレスが
はためく シンデレラ隠れ家は
ここまで。
この外階は、非常使用で、
普段は閉鎖しているが、
カードキーでタッチする。
そこは
『陰の学校』がある
フロアで、『学校』は24時間、
電気がついている。
アザミは、外階段の扉の前まで
いつも送ってくれる。
『今日はさ、ありがとう。
シオンちゃん、気を付けてね。』
アザミに手を振って、
シオンは 『学校』に来た通りの
道順を戻る。
最新鋭エレベーターに
カードキーをタッチして
下に降りれば、
非常灯に浮き出す 扉がある
あの踊場に エレベーターは
止まる。
サンクチュアリー聖域との
境界になる ドアノブを
回せば
年季の入った 駅ビルの
レトロな雰囲気漂う リアル世界。
灰色で四角く追い立てられる
オフィスフロア。
ここの事務所も、どこの部屋も
いつも電気がついてるが、
そんなに、忙しいのだろうか。
いつも、そんな
どうでもいい事を考えるのは
シオンが、向こうの物陰に
2人のスーツ男を見つける
からか?
彼らが、いる限り
アザミの所には 決して
泊まれは しない。
アザミの潜伏先が、
『陰の学校』の間近だと
知られることに
ならないように。
肩に力を、足に気合いを。
何故なら、
今日も、後ろから
『今、学校から出てきました、
どうぞ。』
『了解。』
これ見よがしなやり取りが、
聞こえてくるのだから。
あの頃の
シオンとアザミには、
外の世界は 灰色で、
その外の世界から
自分達を
四角いコンクリートの箱庭に
隠すような場所が、
駅ビルの迷宮で、
橋は、綱渡りのような
日常だった。
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