過激迷惑ユーチューバー
「こんな面白い情報があるんだけどさ」
ヨージが持ち出してきた動画だ。これは、少し前の動画で、今はもう再生できないように削除されているらしい。しかし、動画を保存していたヨージが自分のパソコンを見せてきた。
動画ユーチューバーの面白動画がバズったという情報だ。それは、実際に深夜12時14分に呪いの子どもを呼び出す儀式を実況中継するというものだった。呪われるのは死んでもいいという相方のユーチューバーだった。正直本気で死にたいというよりは、動画をバズらせたいとか、有名になりたいという思惑が感じられる。
迷惑系過激系ユーチューバーの二人組の映像だ。実際、今までも迷惑かつ過激な動画が話題となり、注目を浴びていた。でも、もっと有名になりたい、広告収入を得たい。それが、一線を越えて恐怖の世界へ足を踏み込むことになったきっかけなのだろう。
正直、たいていの都市伝説をやってみた系では何も起こらなかったことのほうが多い。危険度は極めて低いものが多い。しかし、呪いのアプリは確実に死人がでており、実在するのかと気になる者はたくさんいる。迷惑系過激系ユーチューバーは以前からそのことを宣伝していたので、実況を見ようと生放送を見るために彼らのチャンネル登録者数は短期間に劇的に増えた。思惑通りだと思われる。
ユーチューバーの二人は「過激組」というコンビで元々はお笑い芸人を目指していた。しかし、テレビに出るようなタレントには程遠く、結果的に動画を中心に活動を行っていた。思ったよりも動画広告収入が入ることが面白く、様々なやってみた系の動画や危ないと思われるケガをするような行為、他人に色々な意味で迷惑をかける行為もいとわない勇敢で馬鹿な精神を持っていた。バイトの傍らできるというのも彼らには魅力ある仕事となった。
人々は自分ができないことをやっている人にどこか興味を持つ。そして、見たいと思う好奇心が刺激される。沈めていた何かがうずくかのように噂に呼び寄せられる。実際に死人が多数出ているアプリをどうやって呼ぶのか。その動画を警察関係者をはじめ様々な人々が見ていた。この行為自体が警察で取り締まるような管轄でもなく、ただ見ているしかないというのが警察の本音でもあった。そして、彼らを通して、知りたいということもあった。
過激組はAとBというタレント名で活動していた。
「では、Aが呪いの子どもをよびだしまーす」
太ったほうの青年がAを名乗り、明るいジェスチャーで実況を始める。
「呪われる方は俺、Bのほうでーす」
痩せたほうの男がBと名乗る。Bは少し暗そうな雰囲気だが、この二人はかなり過激な精神の持ち主だ。
悲壮感など全くない。そう、ただ、目立って登録者を増やして金を得る。それしか彼らの頭にはなかった。
「色々調べたところ、実際に呼ぶには12時14分ぴったりに呪いの子どもを呼ぶ儀式があるっぽいです。まずは、呪いの掲示板を検索します。その掲示板は14分の1分間にしかネット上にありません。そこに、呪いの子どもと書き込みます」
「噂が本当なら、俺らどっちか死ぬな」
笑いながら二人は話す。ただ、面白がっているだけという彼らの本心が見える。多分、死なないんじゃないか。そんな風に思っていたのかもしれない。
「俺らは過激で勇敢な過激組!! 何にも怖くない」
二人そろってのいつもの合言葉だ。いつもならば、馬鹿な企画だが、今回はシリアスな雰囲気が漂う。書き込みには――
『楽しみ、やってみてほしい』
『やめとけ、死ぬぞ』
『マジでやばいって』
『すげー登録者数。呪いのアプリ効果(笑)』
そんな書き込みがどんどん重ねられる。ほんの数分のうちに登録者は何百人も増えていて、トレンド入りしている。
「13分になるので、そろそろ検索かけます」
「まだ、出てきませんね」
もう一度検索をかける。
「14分です」
「出るかな?」
視聴者たちはどうせ出ないだろうと思っている者が多かった。好奇心で見ている者が多く傍観する分にはタダなので、リアルタイムの視聴率は軒並み高かった。流行の本気ネタを仕込む者はたくさんいるが、自らの命をかけてまで実行する者はなかなかいない。
息を呑んで見守るコメントが多数書き込まれていた。すごい数だ。
「出てきました」
【呪いのアプリへようこそ】
真っ黒な画面に白い文字が浮かぶ。そして、自動的に扉からギギーッと音を立てて、呪いの子どもが出てくる。無表情で、まばたきをしない男の子。見開いたまあるい瞳と真っ赤な血染めのTシャツを着ていた。昭和感のある風貌は子どもだからこそ怖い。
「こんにちは。僕には名前がない。みんなには、呪いの子どもと呼ばれているよ」
呪いの子どもが話し始めた。
「パソコン越しに会話できますね」
実況は続く。
「俺、Aっていうんだけど」
「Aさんは呪う人の連絡先ってスマホに入ってる?」
「もちろん入ってます」
Bが少し小声で実況を続ける。
「今、Aが呪いの子どもと名乗るキャラと会話をしています」
「僕、呪いの子どもって言われているけど、本名はないから好きに呼んでね。今日は実況中のユーチューバーかな。それはかまわないけど、どっちかが死ぬよ」
抑揚のない話し方をする。
「本気なの? 相方なんでしょ? 呪い主になるということは、呪いをかけた相手が僕に呪い主の本名を言うと死んじゃうよ」
意外と丁寧な説明だ。
「わかってます」
「呪いたいのは?」
「ここにいるBを呪います」
「Bは14日後に死んじゃうよ。相方なんでしょ? いいの?」
再度確認する。
「本当に死ぬのか体験するのが俺たちのやり方なんだ。呪い君のことも一気に有名にしてあげるって」
呪い君と勝手に名付け、親しみを持った接し方をする。さすが度胸だけはある。
「Bに言っとくね。Bが死なないためにはアプリがインストールされたらAの本当の名前を僕に言えばAが代わりに死ぬよ。友達同士の友情が試されるね」
「友達っていうか俺たちは命張ってる同志だからさ」
Aは勇敢な様子を全国に中継する。大きな体で大きな勇気を見せつける。
「どちらかが14日後に死んじゃってもいいという確認だけするよ。OKならば、インストールされるけど」
呪いの子どもは案外丁寧な説明をする。
「もちろん、いいよ」
二人とも同意する。
「今、俺のスマホに呪いのアプリがインストールされました!!」
何かの祝いのように喜ぶB。
Aものぞき込む。
「本当だ、入りました!! 呪いのアプリです!!」
誇らしげに掲げる。スマホをみんなに見せる。まるで宝物でも入手したかのような嬉しさすら漂う。動画視聴者はどんどん増える。書き込みコメントもすごい反響だ。群がるハイエナはどこにでも存在する。
「呪われた人は14日以内に呪い主を特定してね。君のスマホの中の連絡先アドレスに入っている誰かが呪い主だよ。その中から3人まで選ぶことは君の権利だよ。呪い主が当たれば、呪いは解けるよ。でも、3人目を間違えたら、君はすぐに死ぬよ。呪い主は誰?」
呪いの子どもがインストールされ、カウントダウンが始まる。
「これからBが14日後に本当に死ぬか実験しまーす」
「呪いの子どもとの会話も実況するんで、みんなチャンネル登録してね」
お祭り騒ぎのようにネット上がざわつく。
しばらく毎日何度も実況を繰り返し、呪いの子どもとの会話はマスコミにも取り上げられた。実際は、本当に死ぬのか、ということに注目されていた。
この動画は大変バズり、大反響で一躍有名人になった。しかし、彼らはのちにどうなったかというと――
「Bだけが14日後に生き残ったんだ。Aは13日目に心臓が停止して急死した。絶対にBのせいだよね」
ヨージが悲しそうな顔をする。
「あれ? 呪い主はAだよな?」
カルトは問いかける。
ヨージは説明をする。
「呪いの子に呪い主の本当の名前を言えば、死ぬのはAってことだよ。つまり、相方をBは殺したんだ。計画的なものだったのか、怖くなって13日目に名前を告げたのかは不明だよ。でも、実際、Bの口座には大金が振り込まれていた。動画広告収入はBに入金され、一躍有名人となったが叩かれまくることになり、彼は今は動画活動は辞めたらしい」
一躍有名になった二人の末路は悲惨そのものだったらしい。
「じゃあBは今どうしているんだ?」
カルトが質問する。
「どうしているのかはわからない。顔出ししていたせいで、実生活で自宅を特定され、コンビの相方を殺したという中傷や嫌がらせが続いたらしいしね。まぁ、身から出たさびじゃない? 顔を変えて身近にいたりしてね。これで、呪い自体は本物だということがわかったね」
そんなことを面白そうに話すヨージはふとした一瞬だけ、どこか人と感性が違うような気がする。たまに彼の倫理観に違和感を感じるカルトだったが、今は大切な情報源でもある。
「素朴な疑問だが、呪いとITが同化するなんてことが普通あるんだろうか?」
カルトは神妙な顔をする。
「呪いなんてどんな形でもいつの時代でもあるんだしさ。藁人形がアプリになっただけっしょ?」
相変わらずノリが軽いのが秋沢葉次。こう見えて日本一難しいと言われる大学に主席合格だから、普通じゃないのは仕方がないのかもしれない。天才と言われる人はたいてい変人だ。
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